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True-end  作者: 秀田ごんぞう
第二章   ――歯車のスイッチ――
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静かな空

   第二章  歯車のスイッチ



   帝国暦 508年 ライラの月 26日


 扉を叩く音がして、ナナシはページを捲る手を休めて顔を上げた。きっと、エンジュだろう。例によって、ルーフはまだ爆睡中だ。どうしてこんなに眠れるのか不思議でしょうがない。

 ナナシは読みかけの本をテーブルに置いて、扉を開けた。

「よう、おはよう!」

 元気よく挨拶をしたのはやっぱりエンジュ。今日も元気な笑顔である。

「……おはよ。相変わらず朝っぱらから元気ねぇ、あんたは」

「はっはっは! 朝の稽古が終わってさ、退屈してたところなんだ。どっかに遊びに行こうぜ!」

「イヤ」

 ナナシはそう言うなり、扉をパタリと閉めた。ガチャリと鍵をかける。

 扉の向こうではエンジュが騒いでいるが、そんなの知ったことではない。毎日毎日、冒険に付き合わされては疲れてしまう。エンジュもたまには家でのんびり遊ぶことを知った方がいいのだ。そういうわけで、ナナシはテーブルに座ると、本を手に取り、栞をはさんだページを開く。

 物語の中に意識が吸い込まれていく。外のエンジュの声も聞こえてこない。

 ナナシが次のページを捲ろうとした時、突然ガラスが割れるような派手な音がした。

「な、何!?」

 すると、窓の外の方からのほほんとした声が。

「いってきま~す」

 ルーフの声である。だが、ついさっきまで彼は熟睡中だったはずだ。

「ルーフ!? さっき、凄い音がしなかった?」

「いや~、エンジュが遊びに行こうって。それで、ナナシは家でお留守番するらしいから、窓からこっそり出て来いって言われたんだけど……。ぼく、寝起きでぼんやりしてたからさ、落っこちちゃったんだ」

 急いでドアを開け、ルーフのもとに駆け寄るナナシ。どうやら、特に怪我は無かったらしい。とりあえずほっとする。

 ナナシはふと思う。エンジュの姿が見えないのだ。

「ルーフ、エンジュは?」

「ああ、エンジュなら、ナナシの声を聞いた後、『やっべ……』とか言って、あっちの方に走って行ったよ」

 ルーフに言われた方を見ると、小走りで逃げていくエンジュの姿が発見できた。

「こら~、エンジュ!!」

 ナナシは鬼のような顔をしてエンジュを追いかけていく。

 天敵に見つかったような顔をしてエンジュはナナシから逃げる。

 追うナナシ。逃げるエンジュ。

 今日もいつものように二人の鬼ごっこが始まった。ルーフは欠伸を一つもらすと、二人の追いかけっこを遠くの方からじっと見ていた。やがて、すっくと立ち上がると、

「もう一眠りしようかな……」

 と言ってそそくさの自分のベッドに戻って布団をかけなおした。


  ◆ ◆ ◆


「……なんでこうなるのよ」

 ナナシは一人、不機嫌な顔でぶうたれていた。

 結局エンジュを説得することは出来ず、こうして冒険に付き合うことになってしまったのである。ルーフもエンジュも実に楽しそうな顔で前を歩いていた。

 何がそんなに楽しいのか、ナナシにはちっとも分からない。本を読んでいる方が楽しい。けれど、二人の楽しそうな顔を見ていると、彼女も少し楽しくなってくるのは確かだった。

 そんなわけで、三人は今、リロイル川に向かって歩いていた。エンジュの誘いでリロイル川へ釣りに行くことになったのである。

 そんな時、突然ルーフが頭を抱えて膝をつく。

「ぐッ……痛い……」

 ルーフを心配してナナシが駆け寄る。

「ルーフ、大丈夫? また、頭が痛いの?」

「うん……なんでだろう……最近多いんだ。……あ、治った」

「寝過ぎだよ、寝過ぎ!」

「そうなのかなぁ……」

「ルーフ、本当に大丈夫?」

 ナナシは心配そうにルーフの顔を覗き込む。

「心配してくれてありがとう。でも、もうこのとおり平気だよ」

「よしそれじゃ、さっさと行こうぜ」

 すっかり頭痛が治って、ナナシも一安心。だが、確かにここ最近、ルーフが頭痛を訴えることが多くなってきていた。失った記憶が戻りつつあるのだろうか?

 記憶を失う前、ルーフはどんな子だったのだろうか。お互いのことをよく知っているようで、実はあまり知らないことをナナシは認識する。

 ナナシは先を歩くルーフに視線を向ける。ルーフは呑気な顔で、ナナシを見つめ返した。


 心配しても仕方ない……か。


 一つ息を吐いてから、ナナシはルーフとエンジュの元へと駆け出した。


 やがて、川に到着した三人は、川辺に腰を落ち着かせ、それぞれ釣り糸を垂れた。ちなみに、この釣り糸はエンジュのお手製である。彼は冒険好きの性分で、釣竿などのサバイバルグッズを多数所持しているのだ。

 目の前に浮かぶ小さな浮を見つめること数分。エンジュはうずうずした顔で、ルーフは眠たそうに欠伸を漏らしながら、ナナシは退屈そうな顔で、それぞれじーっと浮を見据えていた。


   ◆ ◆ ◆


 エンジュ達が釣りを楽しんでいる頃、チコリ村村長レイモンド・ダグは、少し遅い朝食後の優雅なティータイムを楽しんでいた。

 レイモンドは窓の向こうに目をやる。

 輝くような太陽が、眩しい日差しを放っている。空は青々と澄み切っている。雲一つない快晴空とは、まさにこの事か。それにしても、いい天気だ。何か良いことがあるかもしれない。そんなことを予兆させる空模様で、自然と口がはにかんでしまう。

 子供たちは今日も無邪気に遊んでいる。実にいいことだ。

 あの紅髪の少女、ナナシをルーフとエンジュが連れてきたときは驚いたものだ。彼女が村にやって来てからというもの、二人は本当に変わった。仕事にも精を出すようになったし、エンジュに至っては、稽古にものすごく真剣に打ち込んでいる。

 変わったのは二人だけではない。村人も、ナナシが来てから変わった。何が変わったと聞かれると答えにくいが……そう、笑顔が多くなった。彼女の優しい心根に触れるにつれ、自分達もだんだん活気が湧いてくるというか……そんな感じだ。あの子には人を引き付け、あったかくしてくれる……そういった不思議な力があるのかもしれない。

 しみじみと感慨にふけりながらレイモンドは香り立つコーヒーを飲み終える。テーブルの上に置いてある使い古したキセルを口にくわえようとした時だった。


 玄関口の扉が勢いよく開け放たれた。入って来たのは村民のガジだ。

 ガジは額に玉のような汗を浮かべており、明らかに動揺した様子で言った。

「そ、村長、大変です!」

「なんだ、何があった?」

「そ、それが――」

「それは私の口から説明しましょう」

 ガジの後ろから、真っ白でゆったりとしたローブを羽織った男が顔を出した。


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