6-4
尚子は腕時計を見た。午後4時半を過ぎたところだ。
東京駅の新幹線ホームはいつもよりも人が少なめに見える。
心のなかに事件のことが大きく影を落としていたが、尚子はなるべくそれを表情に出さないように努めていた。
東京駅発仙台行き。すでに出発まであと10分を切っている。
「それじゃ、私、帰るね」
ホームに立ち、恭子は言った。来た時と同じブルージーンズを履き、ベージュのジャケットを着ている。ヒールのある靴を履いているため、向かい合うと尚子が少し見上げる形になる。
「大丈夫なの?」
「何が? 私、家に帰るだけよ。心配されるようなことないわよ」
恭子は軽く笑った。
「そうよね」
「お姉ちゃんこそ大丈夫? なんか、元気ないよ」
やはり心のなかには如月の言葉が残っている。
(忘れよう)
隠そうとしていても、知ってしまった真実は簡単に心のなかに押し込めておくことは難しい。だが、真実を暴いたところで何になるだろう。死んでいた雫や雄一郎の気持ちは……そして、真由はどうなってしまうのだろう。如月の言うように真実は忘れ去ってしまうことこそが正しい結末なのかもしれない。
「大丈夫よ」
無理に尚子は笑顔を作って見せた。それがいかに不自然なものであるか、それは鏡で見る必要もない。だが、恭子はあえてそれ以上訊こうとはしなかった。
「お姉ちゃんもたまには帰ってきてよね」
「うん」
「ま……私はもうしばらく向こうに戻って考えてみるわ」
「お父さんたちのこと、よろしくね。恭子がいれば、離婚なんてやめるかもしれないし」
「さあ、それは私にもわかんない。でも、それならそれでもいいかなって今は思ってるんだ」
「恭子……」
「私には私の人生があるように、お父さんやお母さんにだってそれぞれの人生があるんだもの。子供のエゴで離婚するななんて言うのはずるいでしょ」
そういう恭子がやけに大人びて見えた。
「そうね」
「でも、やっぱ正直言うとちょっとキツイんだけどね」
恭子は笑顔を見せた。
「そうだね」
「お姉ちゃんも辛かった?」
「……さあ……ずいぶん昔だからね。昔過ぎて忘れちゃった」
嘘だった。
――さよなら
尚子にとって優しい父だった。
父と別れたあの日のことは尚子にとって大きな傷になって残っている。だからこそ、新しい家族に馴染むことも愛することも出来なかった。
自分が愛人の子であると知ってからは、なぜ、母は自分を連れて行ったのかをずっと考えた。血の絆のない自分を連れて行くことで父に復讐しているのだと思い込んできた。
(こだわっていたのは私だったのかもしれない)
ふと涙が溢れてきた。
「お姉ちゃん?」
突然の尚子の涙に恭子は驚いて顔を覗き込んだ。「どうしたの?」
「……ううん……なんでもないの」
尚子は目頭を押えた。
(お母さん……)
両親がこのまま離婚してしまう前に、一度会いに行ってみようと思った。