6-2
事件が終わり、真由も家に戻っていった。
恭子は真由が帰っていったことが、ひどく残念だったらしく、夕食の時も元気がないように見える。ほんの短い間だったが、恭子は真由を妹のように感じていたのかもしれない。
「私もそろそろ家に帰ろうかな」
夕食後、恭子はお茶を飲みながら呟いた。
「寂しくなった?」
「違うわよ」
恭子は軽く笑った。「でも、今のまま仙台で暮らすにしても、東京に出てくるにしても、やっぱり一度はちゃんとお父さんたちと話さなきゃいけないでしょ」
「そうね」
恭子の言葉に尚子はほっとした。やはり恭子は芯がしっかりしている。「お父さんとは話していないの?」
「うん……昨日、お母さんから電話はあったけどね」
「何か言ってた?」
「ううん……やっぱりお母さんも話しづらいんじゃない?」
「やっぱり別れるのかな?」
「さあ……わかんない」
そう言って恭子は顔を曇らせた。「お姉ちゃんはいつから仕事に行くの?」
「事件も終わったし……そろそろ出社しないとね」
いつまでも仕事を休み続けているわけにもいかないだろう。「でも恭子が明日帰るなら、明日まで休んで見送りに行こうかな」
「見送りなんていいよー」
「でも、たまにはそういうのもいいんじゃない?」
「へえー、どうしたの?」
「ただの気まぐれよ」
二人とも妙に照れくさかった。
食事の片付けを済ますと、尚子は部屋のパソコンの前に座った。
雫の原稿もすぐに発表するわけにもいかないだろうが、いずれは出版することになるのだろう。真由が雫の遺言状どおりに遺産を引き継ぐのであれば、この原稿の出版についても真由と話をすることになる。おそらく真由ならば出版を快諾してくれるだろう。
尚子はパソコンの電源をいれると、雫のパソコンからコピーしてきたUSBメモリをパソコンに差込んで中に入っているファイルを開いた。
このなかから最終版と決めたものを一つ選ばなければいけない。あの夜、最終版を雫から教えてもらうはずだったが、すっかり忘れていたのだ。
おおよそのところはファイルの更新日で判断することが出来る。おそらくこのなかにある三つのうちの一つだろう。どれも同じ日付で微妙に時間が違っている。最新のファイルが最終版とは限らない。
あとは実際にプリントアウトされているものと比較するしかないだろう。だが、尚子が持っているのは低速のインクジェット方式のカラープリンタだけなので、100枚以上印刷するには会社のレーザープリンタを使う必要がある。
明日、恭子を見送りに行った帰りに会社に寄ってみようかと考えた。
(どれかな……)
どれもファイルのサイズは500キロバイト前後。
日付を見ると、雫が亡くなった日のものがある。おそらくこれが最新の原稿だろう。
雫はホテルで原稿を直すのにノートPCを使っていた。おそらくこの原稿は家に戻った後で書斎のパソコンにコピーしたのだろう。
ふと、何かが気になった。
雄一郎が殺害された夜、雫は真由と一緒にホテルへ泊まることになった。あの時、雫は書斎に戻ることはなかったはずだ。雫が持って出たノートPCはどこから持ってきたものだったろう。確か3階の寝室からだった。
普段、書斎にあるPCを使う雫にとってノートPCを使うというのはイレギュラーな出来事だったはずだ。それなのになぜ原稿がノートPCに入っていたのだろう。
その理由がわからないままに、尚子は他のファイルを開いていった。そのファイルのなかに写真が一枚含まれていた。
それは一年前に雫の書斎で撮ったものだ。雫と真由と尚子が写っている。
なぜ、こんな写真がこのなかに混じっているのだろう。
屈託の無い爽やかな笑顔。こんな事件で命を落とすなど想像もしていなかった。
尚子は懐かしくその写真を見つめた。
その一箇所に尚子の視線は釘付けになった。
(これは……)
尚子の頭のなかにゆっくりと一つの想像が浮かび上がってくる。その想像に尚子は震えた。