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優しき殺人者  作者: けせらせら
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6-1

   6


 マンションに帰って、尚子は真由に全てを話した。

 川島誠司が死体で見つかった事。そして、川島が警察に送った手紙の事。

 その話を真由は真剣な眼差しで黙って聞いていたが、尚子の話が終わると、やがて納得したように大きく頷いた。

「やっぱりあの人が先生や旦那さんを殺したんですね」

 拳を握り締め、悔しそうな表情でぎゅっと唇を噛む。

「真由ちゃん……これからどうする? もうしばらくうちにいる? 私は一向に構わないわよ。気を使わなくてもいいのよ」

 だが、真由はそれには首を振った。

「明日、あの家に一度帰ろうと思います」

「そう……」

「じつは今日、財部さんから電話があったんです」

「財部さんから?」

「いろいろお話させてもらいました……それで……ずっと考えてたんですが、やっぱり私、大学に行こうと思います」

「そう……」

 真由の言葉に尚子はほっとした。きっと雫も喜ぶだろう。「どうしてそうすることにしたの?」

「こんなこというのはおこがましいんですけど……私、雫先生の意志を継ごうと思うんです」

「それじゃ――作家に?」

「はい、それが先生に対する恩返しになるのであれば……それに私自身、先生のような作家になりたいって夢もありますから」

 しっかりとした口調で真由は言った。

「そう……」

「そのためにはやっぱり先生みたいに勉強をしていろいろなことを知らないといけないでしょ?」

「そうね。それじゃあの家で暮らすの?」

「いえ、すぐにアパートを見つけて、一度、あの家は出ようと思います」

「どうして?」

「やっぱりあそこは先生のお家ですから」

「でも、先生の遺言状は――」

「わかっています。それはお受けする事にしました。でも、基本的に管理は沢登先生にお願いするつもりです。そして、もし私が先生に恥ずかしくないだけの作家になれた時、またあの家に戻れれば……って。なんかすごく虫のいい話なんですけど」

「ううん、そんなことない。きっと真由ちゃんがあの家を継いでくれれば、先生も喜んでくださるわよ」

 そう……これがきっと雫の望んだ一番の形かもしれない。


   *   *   *


 翌日、尚子は昼食を済ませると、真由を雫の家まで送った。

 家はシンと静まり返り、ただでさえ広い屋敷はいつも以上に寂しく感じられた。

「大丈夫?」

 尚子が訊くと真由は大きく頷いた。その瞳には強い力が宿っているように思えた。

(きっと大丈夫)

 その真由の姿に尚子は思った。

 真由の心のなかにはしっかりと雫の意思が生きている。

 桜木と会ったのは、その帰る途中だった。尚子は桜木に誘われるままに駅前の喫茶店に入った。

「いったいどうしたんです? 事件はもう終わったんですよね?」

「ええ……すでに捜査本部も解散になりました」

「それじゃ――」

「ただねえ。どうもしっくりこないんですよ」

「どういうことですか?」

「実を言うと私には今度の事件の結果に納得出来ていないんです」

「え?」

 意外な桜木の言葉に尚子は驚いた。

「もちろん事件は解決。全て終わりました。これは本部の決定です。今更私が覆す事など出来ません。けど、どこか私にはこんな終わり方でいいのだろうかって……そんな疑問が残ってるんですよ」

「事件の担当をしていたのは桜木さんでしょ?」

「そうです。ですが、捜査を指揮していたのはもっと上、本庁のほうですからね。今回のような有名人の殺人事件ともなれば一日も早く事件解決としてしまいたいのでしょう。現に杜野雫さんは有名作家。事件後はマスコミからさんざん叩かれ、上もかなり焦ってたようですからね。今更、私のような所轄の刑事が何か言ったところで発表は覆りませんよ」

 そう言って桜木はコーヒーを啜った。

「それじゃ桜木さんは川島誠司さんが犯人だとは考えていないのですか?」

「物証は全て川島誠司を指していますし、他に二人を殺すことの出来た人間もいない。ただ、あまりに解決出来ていない疑問点が多すぎるのです」

「それは?」

「そもそも川島誠司はなぜ北畠雄一郎氏を殺害したのでしょう? 言い争いになったから? それにしてはどこか計画的な犯行のように手際よく逃げている。雫先生が殺された時も同じです。どこから進入して、どのようにして逃げたのでしょう。そして、あのアパートのこと」

「アパート?」

「実は川島誠司が潜んでいたアパートの不動産屋に確認したところ、部屋を契約したのは北畠雄一郎氏だと思われるのです」

「雄一郎さんが? どうして?」

「わかりません……川島誠司が雄一郎氏を脅迫し、雄一郎氏がその見返りとして部屋を用意した……と見ている者もいるようですが、なぜ雄一郎氏は偽名を使ったのか……まったくはっきりしないことが多すぎます。浅井さんはどう思われますか?」

「さ、さあ……私にはさっぱり……」

 だが、その点は尚子もずっと疑問に思っていたことだった。「まだ捜査を続けるんですか?」

 桜木はいかにも残念そうに首を振った。

「まさか。一度、本庁が事件解決を発表した限り、それについて再捜査をすることは出来ません。ここで私が喋った事もただの一介の刑事の愚痴です」

 桜木は苦笑した。

「でも桜木さんが言っているのは、真犯人が別にいると言っていることでしょう?」

「真犯人か……さあ……そんな人間がいるのかどうか……ただ、私は失敗したのだと思います。北畠雄一郎氏が亡くなられた夜、もっとちゃんと調べなければいけなかったのです。もし凶器をあの夜に見つけてさえいれば……と思いますよ」

「すいません。意味がよくわからないんですが」

「いえ、気にしないでください。さっきも言ったとおり、これはただの愚痴ですから」

 桜木はそう言うと丁寧に一礼した後、去っていった。

 桜木が何を考えているのか尚子にはわからなかった。


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