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翌日、尚子は久々会社に出る事にした。
いつ川島誠司が見つかるのかもわからず、事件がいつ解決するのかもわからない状態でこのままいつまでも仕事を休み続けるわけにもいかないだろう。
いずれ真由も新しい人生を歩みだす事になるのだろう。その時、出来る限り協力するためにも財部にも相談しておきたいと思った。
「おはようございます」
尚子が事務所に入っていくと、そこには房子の姿だけがあった。
「おはよう。大変だったわね」
房子は心配そうな顔で尚子の顔を見た。「大丈夫?」
「ええ、私は平気よ。編集長は?」
「今、高水先生のところに言ってるわ」
「高水先生?」
高水裕は尚子が担当している作家の一人だ。「それじゃ私の代わりに?」
「尚子が持ってた仕事は編集長がやってるのよ」
「そう」
何も言わずに部下を思いやってくれる財部を尚子は改めて見直した。
「もう大丈夫なの?」
「うん、私がいつまでも休んでいても仕方ないから。雫先生のところで働いてた真由ちゃんの今後のことも編集長に相談しようと思って――」
その時、ガチャリとドアが開き、左手に茶色い鞄を抱えた財部が姿を現した。
「よお、来てたのか」
尚子の姿に気づき、財部はすぐに尚子に声をかけた。「真由ちゃんは元気か?」
「はい――そのことも含めてちょっと相談させていただこうと思って……」
「そうか……じゃ、ちょっと外に出るか」
そう言うと財部は尚子を連れて外に出た。いつもちょっとした打ち合わせをするようなときは、すぐ隣にある喫茶店を利用している。
財部は尚子と店に入るとコーヒーを注文した。
「事件はまだ解決しないのか?」
「今、警察は川島誠司さんの行方を追っているようです」
「やはりあの人か……」
思い出すように財部が呟く。
「警察はそう見ているようですね」
「ん? おまえは違うと思ってるのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……いろいろわからないことだらけで」
「現実の殺人事件なんてそんなようなものさ」
そう言って財部はタバコに火をつけた。
「そうですね」
「ところで雫先生の原稿はおまえが持ってるのか?」
「ええ」
「あれが遺作ってことになっちまったな」
「そうですね。どうしますか?」
「うーん」
財部は腕を組んだ。「まさか予定通りに発表ってわけにもいかんだろうな。一応、今のところ早川繭美という作家の小説を載せることを考えてる」
「早川繭美? 聞いたことありませんね」
「新人だからな。内容は京都で起きた実際の殺人事件をモデルにした話らしい。『催眠』をテーマにした小説で、なかなか面白いから今度読んでみるといい」
「雫先生のは?」
「事件がおさまってからだろうな」
「でも雫先生だったら発表を望むかもしれませんね。雄一郎さんが死んだ時も原稿のことを気にしていましたから」
「だからといって先生が亡くなった今、勝手に俺たちが判断すべきじゃないだろ。彼女に親族は?」
「いないようです。それと……」
言いづらかったが、雫の遺言状の件を財部に話した。
「真由ちゃんが?」
財部は驚きの表情を見せた。当然かもしれない。「今後、彼女はどうするんだ?」
「それについても相談したいんです。彼女にも家族や親戚はいないわけですから」
「そうだな……彼女が先生の遺産を相続するってことは、原稿の権利なんかも彼女が譲り受ける事になるんだろうな」
やはり財部が真っ先に考えるのは原稿のことだった。
「彼女は今のところ受け取りたくないと言ってますけど、やはり先生の意志を考えると遺言状通りに彼女が遺産を受け取るのが一番いいと思うんです。ただ、まだ18歳ですから、これからのことは少し周りで見守ってあげないと」
「うん……あの屋敷にこのまま住み続けるわけにもいかないだろうな。わかった。家のことも含めて沢登さんに一度会って話をしてみよう」




