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優しき殺人者  作者: けせらせら
34/41

5-4

 マンションに戻ったのは昼を少し回った頃だった。

 この時間なら恭子と真由は食事を済ませている事だろう。尚子は駅前のコンビニでおにぎりを二個買ってから部屋に戻っていった。

 エレベータを出て部屋に向かって歩き出したところで思わず足を止めた。

 ちょうど桜木が困ったような顔をして部屋の前でウロウロしている。

「あ……」

 桜木も尚子に気づき声をあげた。「良かったぁ。ちょっとお話を聞かせてもらおうと思って今、お宅にお伺いしようとしてたところだったんです」

 桜木は珍しくいつものグレーのスーツではなく、ダブルの黒いスーツを着込んでいる。ただ、ネクタイまでが黒一色でまるで葬儀の帰りのように見える。

「すいません。ちょっと出かけてたもので……ひょっとして真由ちゃんに話を聞いてたんですか?」

「いや……そのつもりだったんですが、あなたの妹さんに怒られました」

「恭子に? どうして?」

「お姉さんがいないところで彼女に質問はさせない、って言われましてね。入れてもらえませんでしたよ」

 桜木は苦笑いした。

「すいません」

「いえ、まあ彼女も今まで一緒に暮らしていた北畠夫妻が相次いで殺されたわけですからね。いろいろと大変でしょう……彼女これからどうするんでしょうね?」

「さあ……気持ちが落ち着くまではうちに居てもらおうと思ってます」

「そうですね。いくら遺産が入ってくると言っても、辛いことには変わらないでしょうね」

 すでに桜木は雫の遺言状の件を聞いているらしい。

「沢登先生から聞かれたんですね」

「ええ、昨日ちょっとお邪魔して、その辺の事情を聞かせていただきました」

「まさか真由ちゃんを疑ってるわけじゃないでしょ?」

 思わず声が厳しくなる。

「困ったな。苛めないでくださいよ」

「彼女は雄一郎さんが殺された時も、雫先生が殺された時も私の傍にいました。彼女が犯人のはずないじゃないですか。それに雫先生の遺言状のことはつい昨日まで知らなかったんですよ」

「わかってますよ」

 慌てたように桜木は尚子を宥めた。「私は単に事件のときのことを教えていただきたいだけですから」

「それについても昨日お話したはずです」

 突き放すように尚子は言った。

「けれど時間が経って思い出した事もあるでしょう」

「でも――」

「彼女にとっても早く事件を解決すべきでしょう。お話を聞かせてもらませんか?」

 桜木はなおも粘った。穏やかな言い方ではあったが、それは有無を言わさぬ強さがあった。

「……わかりました……どうぞ」

 尚子は渋々ドアを開けて桜木を中へ通した。事件のことを外で喋っているのを誰かに聞かれたくもなかった。

「ただいま」

「お姉ちゃん?」

 奥の部屋のドアが開き、恭子が顔を出した。恭子は尚子の後ろにいる桜木の顔を見て露骨に嫌な顔をした。

「先ほどはどおも」

 桜木は苦笑いしながら恭子に軽く頭をさげた。

「恭子、真由ちゃんはいる?」

「ええ」

 恭子は無愛想に答えた。そのすぐ横から真由が顔を出した。

「中に入ってください」

 尚子が言うと桜木は首を振った。

「いえ、それほどお時間をかけるつもりもないのでここで構いませんよ」

 恭子に気を使ったのか桜木は靴を脱ごうとはしなかった。

「そうですか……真由ちゃん、昨日の事件のことで刑事さんが聞きたいことがあるらしいの……いい?」

「はい」真由は素直に頷いて桜木の前に立った。

「では昨日のことで2、3教えてください。大丈夫ですか?」

「私は大丈夫です。だから早く犯人を捕まえてください」

 真由は桜木の顔をまっすぐに見据え、きっぱりと言い放った。

「わかりました。では、お聞きしますが、雫先生は携帯電話をお持ちではなかったんでしょうか?」

「ええ、持ってませんでした」

 真由が答えた。

「では、インターネットは? 先生が病院で使われていたノートパソコンを調べさせてもらいましたが、接続された形跡がなかったようですが」

「先生はそういうことをやられませんでした」

「珍しいですね」

「雄一郎さんは携帯電話を持っていましたよ」

 尚子が口を挟む。

「はい、それは警察で証拠品としてお預かりしています」

「何を聞きたいんですか?」

 桜木が何を聞きたいのかわからず、尚子は聞いた。だが、その問いかけに、桜木はすぐには答えようとはしなかった。

「先日の事件の後、雫先生はずっとホテルに泊まられていました。泊まっている間は部屋から一歩も出なかったそうです。そうですね?」

 と桜木は真由に確認をする。

「そうです」

「ホテルの電話は使用された形跡はありません。つまり、あの事件の後、雫先生は訪ねていったあなた以外に誰とも連絡を取り合っていなかったことになります。では、雫先生があの日、家に帰ることはどなたが知ってたんでしょうか?」

 その問いかけに尚子はハッとした。

「……いえ……そのことは誰にも伝えませんでした」

「誰にも?」

「ええ、誰にも伝えないようにと先生から言われました」

「本当ですよ」

 真由が言った。「先生が電話をしたのは病院のロビーからで、その時、私も先生と一緒にいましたから」

「なるほど」

 桜木は頷いた。「家に戻っていいと我々が許可を出したのがあの日の朝です。あなたに伝えた以外には誰にも伝えていないようです。では、犯人はどうやって雫先生を狙うことが出来たのでしょう? ずっとあの家を見張っていたのか、それとも雫先生を付け狙っていたということになりますね」

 確かに桜木の言う通りだ。桜木はさらに続けた。

「もう一つわからないことがあります。雫さんは胸を刺され亡くなっていました」

「ええ……」

「つまり雫さんの正面から犯人は刺したことになります。ところが門扉は閉まっていて、犯人があの高い塀を乗り越えて逃げたとは思えません。そうすると犯人は門の外にいて格子の間から手を差し込んで刺し殺したことになります。そんな状況で刺されるなんてありえるでしょうか」

 確かに桜木の言う通りだ。だが、それがどういう意味を持っているのか尚子にはまるでわからなかった。

「それってどういうことなんですか?」

「さあ、私にもさっぱりわかりません」

 桜木はそう言って尚子や真由の顔を見た。「何かご存知のことがあるかと聞いてみたんですが……」

「さあ……私たちには何とも……」

「そうですよね」

 桜木は小さくため息をついた。そして、ポケットのなかから写真を取り出して真由に差し出した。「これは雫さんが殺された現場に落ちていたナイフです。このナイフに見覚えはありませんか?」

 差し出された写真を真由はじっと見つめた。その写真を尚子も覗き込む。黒い柄がついた短めのナイフにはべっとりと血が付着している。

「……いえ」

「それじゃもともと家にあったものではないのですね?」

「はい。家のなかにあるナイフなら、ほとんど私も知っていると思います。こんなものは見たことがありません」

 真由は写真を桜木に返した。

「そうだ……ナイフからは指紋は出たのですか?」尚子が訊いた。

「ええ、川島誠司のものと思われる指紋がはっきりとね。それと予想通り雄一郎氏の血痕もナイフに付着していました」

「じゃあ、雫先生を殺した犯人と雄一郎さんを殺した犯人は同一人物ということですね」

「まあ、そういう見方になりますかね」

「川島さんはまだ見つからないんですか?」

「ええ、つい一ヶ月前までは新宿の女のところで暮らしていたそうですが、その後、行方をくらましたそうです。いなくなる寸前、仲間に大金が入ると言っていたらしいです。おそらく雫さんのことを言っていたんでしょうね」


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