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優しき殺人者  作者: けせらせら
33/41

5-3

 翌朝、尚子が目覚めると、食パンの焼ける良い香りが部屋を満たしていた。

 ふと横を見ると、その香りに誘われて真由も目を覚ましたらしく、目をこすりながら上半身を起している。

 まだ7時を過ぎたばかりだ。

「恭子なの?」

 声をかけると、ドアが開いて恭子が顔を出した。

「あ、起しちゃった? 今、朝食の支度してるから。もうすぐ出来るわよ」

「……どうしたの?」

 これまで恭子が朝食の準備をしたことなどなかった。

「たまには作ろうかと思って。食べないの?」

「食べる」

 そう言って尚子はソファから起き上がった。

 その瞬間、携帯電話が鳴り出した。

(警察からかもしれない)

 尚子は慌ててバッグに手を伸ばし、携帯電話を取り出した。

――浅井さん?

 桜木の声ではなかった。

「岬さん?」

 それは飛鳥岬からだった。「どうしたんです?」

――警察の人から話を聞いたんだけど……大変だったわね。

「いえ……」

――それでね、ちょっと話したいことがあるんだけど……。

「私にですか?」

――ええ、今日、どこかで会えないかしら?

「いいですよ。どこに行けばいいです?」

――それじゃ――

 と、岬は自分の住む六本木にある喫茶店の名前を言った。

 尚子は真由を部屋に残したまま、岬に会うために出かける事にした。

 真由のことは恭子に任せておけば良いだろう。恭子はまるで妹が出来たかのように、真由と仲良く話をしている。

 ワイドショーでは相変わらず雫の殺されたニュースを取り上げている。

 人気作家の殺人事件ということで、事件は多くのマスコミの注目を受けている。初めは客観的に報道していたマスコミも、雫が殺され連続殺人となった時点で、一転、警察の捜査の不手際を追及する姿勢に変わった。どこからか雫が義兄の川島誠司から脅迫を受けていたことが漏れたらしく、その状況のなかで雫が殺されたのは警察の不手際だと各局、こぞって報道している。マスコミはその名前こそ出さないが、すでに事件の犯人が川島誠司であると断定しているかのような報道を繰り返している。

 尚子はそれを複雑な思いで眺めた。

 午前10時30分。

 尚子は岬に言われた六本木にある喫茶店に着くと店内を見回した。窓際の席で岬が手を振っているのを見つけ、尚子は店のカウンターにいた店員に紅茶を注文して岬のいる席に近づいて行った。

 岬は長い髪を後ろでまとめ、顔を隠すようにサングラスをかけている。

「こんにちは、わざわざごめんね」

 尚子がテーブルにつくと岬は言った。「雫の事、警察の人から聞いたわ」

「いえ……岬先生も大変なんじゃありませんか?」

 よくテレビにも出演している岬は顔も知られており、事件関係者ということでマスコミの注目も高い。

「騒がれるのには慣れてるわ」

 岬は肩を窄めた。

「ところで話ってなんですか? 何か事件に関係あることですか?」

「さあ……実際に事件と関係あるかどうかはわからないんだけど……私と雄一郎さんの関係は、たぶん警察の人から聞いてるでしょ?」

 岬もさすがに言いづらそうだ。

「え……ええ、前に婚約してたってことですよね」

「そうなの。警察じゃ私を疑っているのかもしれないけど」

「そんなことないですよ」

 とは言ったものの、その言葉には何の確証も無い。警察は、川島誠司はもちろん、事件関係者全てを疑っているはずだ。その中には当然自分自身も含まれているだろう。

「もともと私と雄一郎さんは近所に住んでいて、私にとって雄一郎さんはお兄さんのような人だったの。それで私のほうが勝手に雄一郎さんを好きになって。婚約したって言っても、私が小学生の頃の話なの。私がわがまま言って、雄一郎さんは子供の私に話を合わせてくれてただけなのよ」

「そうなんですか」

 ウェイトレスが紅茶を運んできて、岬は一度話を切った。尚子は運ばれてきた紅茶にレモンをいれると一口飲んだ。

「だからね――」

 と岬は再び話しはじめた。「雄一郎さんが雫さんと結婚するって聞いた時も別にそんな驚きはしなかったのよ。もちろん少しくらいはびっくりもしたし、ちょっと寂しい気もしたけどね」

「あの……べつに私、岬さんが雄一郎さんを殺したなんて思ってませんよ」

「そうね、なんか言い訳みたいになっちゃってるわね。――でね。私、雄一郎さんのことは昔から知ってるんだけど……他にも私、雄一郎さんの友達とは知り合いなの。その人、萩原さんって人なんだけど、その人、医者をやってるの」

「はぁ……」

 尚子にはまだ岬が何を話そうとしているのかわからなかった。

「で、昨日、萩原さんと話をしたんだけど……雄一郎さん、夏前から通院していたらしいのよ」

「病気だったんですか?」

「ええ……胃癌だったらしいの」

「胃癌?」

「しかも末期だったって……もって一年だったらしいのよ」

 意外な話に尚子は面食らった。

「そ、それを雄一郎さんは知っていたんですか?」

「告知されてたらしいわ」

 一年の命。雄一郎が遺言状を作ったのは川島誠司のためではなく、自分自身の死期を知ったからなのだろう。

 タバコを止められない、といって苦笑いをした雄一郎の姿が頭に蘇ってくる。

「雫先生もそのことは知ってたんでしょうか?」

「さあ……でも、当然話してたんじゃないかな」

 雄一郎が癌だと知って、雫は何を考えただろう。「これって何か事件と関係あったりしないわよね」

「え……ええ」

「そ、そうよね……なんかその話を聞いた時、事件と関係あるんじゃないかって気になっちゃって」

 岬は緊張をほぐすかのようにコーヒーを口にした。

「そういえば雫先生はもともと雄一郎さんの患者さんだったそうですね」

「そうよ」

「岬先生と雫先生ってその頃からのお付き合いだったんですか?」

「私が訪ねていったら雫ちゃんが入院しててね。すぐ仲良くなったわ」

「じゃ、如月先生ともその頃からの? 如月先生も雫先生も昔のことはあまり話してくれなかったから」

「きっと、あの頃のことはあまり話さないようにしてるんじゃない? やっぱり雫ちゃんにとっても思い出したくないことだと思うから」

「そんな酷い状態だったんですか?」

「その辺は私もあまりよくわからないのよ。雄一郎さんも如月先生も、雫ちゃんの病気に関しては喋ってくれなかったから。でも、私と話してるときの雫ちゃんは別にどこも悪いような感じがしなかったんだけどね」


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