4-11
尚子の連絡に、桜木たちはすぐに駆けつけてきた。
尚子はリビングの隅で、床に座って真由を抱きしめ続けていた。
真由は尚子の胸に顔をうずめて、ずっと泣きじゃくっている。そんな真由を桜木は困ったように見下ろした。
「なんてこった……」
二人目の犠牲者が出たことに桜木は呆然として呟いた。
「凶器らしいナイフが駅に向う途中に落ちていました」
そっと若い刑事が近寄って桜木に声をかけた。
「すぐに鑑識に回せ。北畠雄一郎氏が殺されたのも同じ凶器かもしれん」
憮然とした表情で桜木は若い刑事に指示を出すと、尚子のほうへ顔を向けた。「事件当時のことを聞かせてもらえませんか?」
「……私は構いません」
すると真由がはじめて顔をあげた。
「先生を殺した犯人を早く見つけてください」
真由は訴えるように言った。その目は真っ赤になっている。
「わかってます」
桜木は大きく頷いた。「ところで浅井さん、今日はどうしてここに?」
「雫先生に頼まれたんです」尚子は答えた。
「雫先生に?」
「家に戻れるようになったから、今夜、ここに泊まらないかって。それで今夜はここに泊まらせていただくことにしたんです」
「なるほど。浅井さんはどこの部屋に?」
「夕食の時に、先生が一緒に寝ようって言い出して、それで今夜は3人で先生の部屋に泊まることになりました」
「じゃ、事件の時は先生の部屋に?」
「はい。ちょうど12時に先生が急に何か物音が聞こえるって言い出したんです」
「12時ちょうど? それはどうしてわかったんです? 時計を見たんですか?」
「いえ、先生の寝室にはアンティークの壁掛け時計があるんです。それが12時ちょうどに鳴るんです。先生が物音が聞こえるって言ったのはその音が聞こえた直後でした」
「それで?」
「私たちが見に行くと言ったんですが、先生はご自分で見に行くと言って部屋を出て行きました……その後、5分ほど待っても先生が戻ってこないので不安になって、それで先生のことを捜しに行ったんです」
「それで彼女が殺されているのを見つけたんですね」
「はい」
「誰か人の姿は見ませんでしたか?」
「いえ、気づきませんでした」
「門扉には触られましたか?」
「いいえ。どうしてですか?」
「門扉の鍵がかけられていたようですので」
「いつも夜になる前に門扉の鍵はかけていたようです。たぶん、今夜も真由ちゃんが鍵をかけたんだと思います」
「そうですか」
桜木は腕組みをして唸った。
その時、ドアが勢いよく開き、弁護士の沢登が姿を現した。
「雫先生が殺されたっていうのは本当ですか?」
沢登は桜木に向かって訊いた。深夜だというのにベージュのスーツをきっちりと着込んでいる。
「はい」
桜木は部屋の隅を指差した。毛布をかけられた雫の死体が横たわっている。沢登はそれを直視出来ずに顔を背けた。
「なんてことだ」
沢登は肩を落とした。「……雄一郎さんに続いて雫さんまでもこんなことになるなんて」
うめくように沢登は呟いた。
「今、その時の状況をお二人に聞いていたところですよ」
桜木の言葉に沢登は初めて尚子と真由の顔を見た。
「真由ちゃん……大変なことになったね」
「ところで先生は今夜どちらにいらっしゃいました?」
桜木の問いかけに、沢登は顔を真っ赤にした。
「家にいましたよ。まさか私を疑ってるんですか。そんなくだらない取調べなんてやっていないであの川島誠司って男を捕まえればいいじゃないですか! もっと早くあの男を捕まえておけばこんなことにはならなかったんだ!」
温和な沢登には珍しく声を荒げた。
「先生、落ち着いてください。別にあなたを疑っているというわけじゃない。確認させていただきたいだけですよ。それに、まだ川島誠司が犯人と決まったわけじゃありません」
それを聞いて沢登はますます顔を赤くした。
「何を言ってるんですか。あの男が犯人に決まってるじゃないですか! 雄一郎さんも雫さんもそれを予感してたんですよ!」
「え? それはどういう意味ですか?」
「二人は3週間前に、あの男が現れたことで不安を感じて、私に依頼して遺言状を作ったんです」
「それは本当ですか?」
「ずっと脅迫されていると言ってました」
「だったら、なぜ言ってくれないんです?!」
桜木も思わず怒鳴った。それでも沢登はさらに続けた。
「じゃあ警察が何をしてくれるって言うんです? 脅迫されているといっても証拠も何もない状況じゃ警察は何もしてくれないでしょう。あの二人は脅迫されている証拠を集めるために、あの日、あの男をこの家に呼んだんですよ!」
「沢登さん……あなたなぜそれを今まで黙ってたんです?」
「私は弁護士です。守秘義務というものがある!」
沢登は桜木の顔を睨みつけた。
「くそ!」
桜木は頭を抱えこんだ。
沢登は振り返るとしゃがみこんで真由の顔を見た。
「元気出しなさい」
「……先生」
「君のことは雫さんからも頼まれている」
「先生が?」
「ああ……明日にでも改めて話をしよう」
優しげな眼差しで沢登は言った。




