4-8
雫のマンションを出ると、すぐに財部に電話して事情を説明し真っ直ぐ如月のもとへ向うことにした。
駅前の立ち食い蕎麦で急いで昼食を済ませてからマンションを訪ねた。
「何しに来たんだ?」
如月は尚子の顔を見るなりそう言った。パソコンを前にしたその姿はどこか不機嫌そうに見えた。
「そんな嫌な顔しないでください」
「別にそんなつもりはない。ただ、何しに来たのか聞いただけだ」
「編集者が作家を訪ねるのにいちいち理由を説明しなきゃいけないんですか」
「暇なのか」
「暇じゃありませんよ」
「暇なら雫の様子でも見に行ってやれ」
「ちゃんと行ってますよ。その雫先生から頼まれたんです」
尚子はバッグのなかから『盲目のアマディウス』を取り出して如月に差し出した。「これを届けに来たんです」
「本?」
「ええ、雫先生が気にされて急いで返したいって。如月先生から借りたって言ってましたよ」
「……そう」
如月は無表情のままに手渡された本をじっと見つめた。
「どうかしました?」
「いや、雫の様子はどうだった?」
「思いのほか元気そうです。ホテルでもずっと原稿に向ってますよ」
「大丈夫なのか?」
「私もちょっと心配ですけど、雫先生にとっては雄一郎さんのことを整理するためにも必要なのかもしれません」
「そうか」
如月は視線を落としてパラパラと受け取った本を捲る。「雫は他に何か言ってなかったか?」
「いえ……別に。どうしてですか?」
「いや。あんなことがあったから気になってるだけだ。他に俺に何か用が?」
「いえ……別に」
「じゃ、俺は仕事させてもらう」
如月はそう言って尚子に背を向けた。
まるで尚子に帰る様に伝えているようにも思えた。その態度があまりに冷たく感じ、尚子は少し不快になった。
それでも、作家が仕事に向うといっているものを邪魔するわけにもいかない。雫のことも気になる。
仕方なく、尚子はすぐに部屋を後にした。
駅のホームで電車を待っていると、携帯電話が鳴った。
それは公衆電話からのものだった。
何かあったのだろうかと、尚子は急いで電話に出た。
――尚子さん?
それは雫の声だった。雫はイマドキにしては珍しく携帯電話を持っていない。きっと病院の公衆電話からかけてきたのだろう。
――まだ如月君のところ?
「いえ、もう如月先生のところは出ました。今、駅です」
――ねえ、今夜、ウチに来ない?
「今夜ですか? でも、家って?」
――実は今日、家に帰れることになったの。ずっとお願いしてたの。やっと警察から許可がおりたわ。
「でも……」
事件のあった家に戻って大丈夫なのだろうかと、尚子は少し不安になった。
――大丈夫よ。こんなところに引きこもっているほうがずっと気がめいるわ。ねえ、お願い。
家に帰りたいとは言ったものの、やはり雫にとって事件のあった家で暮らすというのは少なからず抵抗があるのかもしれない。
「わかりました」
少しでも雫の力になりたい。
尚子は心からそう願った。




