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桜木が帰ると如月はソファに身体を凭れさせ、ぼんやりと宙を見つめた。
如月はディスクの引き出しからタバコを取り出すと、一本咥え火をつけた。普段はタバコを吸うようなことはなかったが、締め切り前などに行き詰まる事があると極稀に吸うことがあった。
「なかなか頭の良い男だな」
紫煙を吐き出しながらぽつりと如月が呟く。おそらく桜木のことを言っているのだろう。
「警察は私たちのなかに犯人がいると思っているんでしょうか?」
「え?」
「さっき桜木さんが言ってましたよね。8人全員がずっとあの場所にいたと言えるのかって。確かに私はあの時、如月先生と真由ちゃんがずっとあの場所にいたことは自信をもって言えますけど、他の人たちは……」
「あれは俺たちを試しているんだよ」
「試す?」
「あの時の状況はみんなに聞いているはずだ。警察なら当然だろう。そのなかで本当に雄一郎さんを殺す可能性がある人間がいるかどうか判断しようとしてるだけだ。何より、あの時集まっていた人たちに雄一郎さんを殺す理由がある人なんていないだろ」
「あの……」
恐る恐る尚子は口を開いた。「先生は……雫先生とお兄さんとの関係を知っていたんですか?」
「関係?」
「あの……」
どう言えばいいか、尚子は戸惑った。
「ひょっとして雫から何か聞いたの?」
やはり如月は知っているのだ。如月の顔を見て尚子はそう思った。
「は……はい」
思い切って尚子は雫から打ち明けられたことを如月に話した。話し終わると如月はマジマジと尚子を見つめた。
「そう……あいつ、ナオに話したのか。よほどナオのことを信頼してるんだな」
「あれって本当のことなんですか?」
雫が嘘をついてるとは思っていない。だが、あまりのことに信じたくないという気持ちが強かった。
「俺は高校の時に雫から打ち明けられたんだ」
「雫先生……かわいそう」
「あいつは最低の男だ」
普段、感情を表に出すことの少ない如月が珍しく苛立ったような表情を見せた。「だからこそ俺はあの兄貴のところから離れることを勧めたんだ」
「それで先生はお兄さんのところから逃げたんですか?」
「そうだ。引っ越してすぐに腕の良い精神科医を捜して通院させた。それが雄一郎さんなんだ」
「それじゃ如月先生もその頃から雄一郎さんのことを知っていたんですね」
「雄一郎さんは親身になって雫の治療にあたってくれた。それがきっかけで二人は付き合って結婚することになったんだ」
「お兄さんとはそれっきりだったんですか?」
「兄貴のほうは雫がいなくなってしばらくの間は興信所を使ったりしてかなり雫のことを探しつづけたらしいよ」
「それで先生はマスコミの前には姿を出さなかったんですね。でも、どうして今ごろになって?」
「この前発売された雑誌の記事を見たんじゃないか。雫の小説が映画化されるってことで、いくつもの雑誌に雫の写真が載ったからな。それで杜野雫が川村亜希子であることを知ったんだ。きっと雫が人気作家になっていることを知って良い金づるになると思ったんだろうな」
「お兄さんはどこへ行ったんでしょう?」
「さあな」
「また雫先生のところに来るつもりなんでしょうか?」
「これほどしつこく追いかけてきたくらいだからね。きっとどこかに隠れていて、ほとぼりが冷めたころに出てくるつもりかもしれない。もともとチンピラみたいなことをやってた男だ」
吐き捨てるように如月は言った。そして、タバコの火を灰皿でもみ消した。
「心配ですね」
「……ああ」
そう答えて如月はじろりと尚子を見た。「なあ、ナオ」
「なんですか?」
「ナオに頼みがあるんだ」
「え?」
「せめて2、3日。ずっと雫の傍にいてやってくれないか? たぶん雫も心細いと思うんだ」
如月がこんなことを言うのは珍しかった。
「そんなことですか。私は構いませんよ。でも先生がどう思うか――」
「あいつには俺から電話して言っておく。あいつだってナオが傍にいてくれれば心強いだろう。頼むよ」
「わかりました。明日、もう一度伺うことにします」
如月に信頼されているような気がして嬉しかった。




