3-6
警察の取調べは深夜に及び、全てが終わったのは深夜2時を過ぎた頃だった。
雫は真由ともに、財部に連れられて駅裏にあるホテルへと向った。
尚子たちもそれぞれ家を出た。屋敷の前には報道のものらしいテレビカメラがあったが、さすがに雫に向ってマイクをむけてくるようなレポーターたちはいなかった。
尚子は帰り道が同じである如月と一緒にタクシーに乗った。タクシーが動き始めた瞬間、それまでの耐えてきた心の糸がプツリと切れたように身体が震えた。
頭のなかに雄一郎の身体が血に染まっている光景が浮かび上がってくる。
やはり川島誠司が殺して逃げたのだろうか。もし、犯人が川島誠司ではないとしたら……?
(あの中の誰か?)
尚子はその震えを隠そうと拳を握り締めた。それに気づいたのか如月は震える尚子の手をぎゅっと握り締めた。
「先生……」
「帰ってゆっくり眠るといい」
「でも――」
「何も考えるな。考えても何も始まらない」
如月の手が暖かかった。如月の温もりに心の震えがおさまっていくような気がした。
結局、尚子がマンションに帰り着いたのは深夜3時前だった。
尚子は冷蔵庫から烏龍茶を取り出し一気に飲みほした。やけに喉が渇いていた。部屋に戻った途端に襖が開き、すでに寝ていたと思っていた恭子が顔を出した。
「ずいぶん遅かったのね」
恭子は眠そうな目をこすりながら不機嫌そうに言った。
「待ってたの? 寝てればよかったのに」
「ちょっと相談があったから」
「相談? 何?」
「いいわ……なんかお姉ちゃん疲れてるみたい。何かあったの?」
「……いろいろあったのよ」
「いろいろって?」
「それは――」
一瞬、恭子にどう説明しようかを迷ったが、尚子自身まだ頭の整理がついていない。今日起きたことが現実であることすら認識出来ていないような気がする。「いろいろは……いろいろよ」
尚子は説明するのを止めた。
「そう……」
恭子もかなり眠いのか、強いてそれ以上聞いてこようとはしなかった。「……それじゃ、私寝るから」
ぼそりと言うと恭子は部屋に入り襖を閉めた。
尚子は着替えもせずにベッドに倒れこんだ。とにかく横になりたかった。
雄一郎が倒れている姿が頭のなかに蘇ってくる。
川島誠司はどこへ行ってしまったのだろう。
あの取り調べの後、桜木が雫に確認していたが、玄関から川島誠司の靴は消えていたらしい。そうなると如月の言っていたように、川島が2階の窓から逃げたという可能性は低くなる。玄関から堂々と出て行ったということなのだろうか。2階から音が聞こえてすぐに雫と入江加奈子がリビングを出て行った。そして、その直後には皆も同じように階段を上がっていったはずだ。そんななか、誰にも見られることなく出て行くことなど可能なのだろうか。
(わからない)
普段、小説のなかでしか起こることのなかった殺人事件。こんな形で現実のものになるなどと誰が想像するだろう。小説のなかなら一つの謎が提示されるたびにワクワクすることが出来る。だが、現実の殺人事件には恐怖と悲しみだけが渦まいているように感じる。
これからどうなってしまうのだろう。
全身を疲労感が包んでいる。
財部も事情は知っている。明日は午後からの出社でいいだろう。今はとにかくゆっくり心を休めたかった。