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優しき殺人者  作者: けせらせら
17/41

3-5

 警察に電話をして約5分ほどで最初のパトカーが現れた。すぐに救急車もやって来たが、雄一郎の死を確認することしか出来なかった。

 しだいにパトカーの数が増えるにつれ、家の周りには多くの野次馬が集まり始めている。

 2階は今、警察官による現場検証が行われている。

 すでに午後9時を過ぎている。

 尚子たちはやってきた若い刑事に簡単に事情を訊かれた後、関係者として皆、一階のリビングで待機させられていた。

 誰も何も喋ろうとはしなかった。

 雫は青ざめた顔でソファに蹲り、ぎゅっと両腕を自らの身体に巻きつけ震えている。その身体には雄一郎の身体を抱き起こした時についた血がべっとりと付着している。真由はその雫の傍に心配そうな表情をして寄り添っている。

 岬もまだ暗い表情でうなだれ、その横で谷口が見守っている。

 ふと横に座っている如月を見ると、ズボンの左膝の部分がほんの少し切れているのが見えた。

「先生、膝……切れてますよ」

「ああ、さっきガラスで切ったんだろ」

 如月は自分の膝をちらりと見て言った。

「大丈夫ですか?」

「ちょっと切っただけだから大丈夫だよ」

 その時、大柄な刑事がドアを開け、リビングに姿を現した。王子署の桜木健吾という名前であることはさっき警察手帳を見せられて知っている。袖の部分が擦り切れたようなグレーのスーツを着込んでいる。その姿は小説に出てくるようなキレ者の刑事というイメージではなく、ただどこにでもいるような中年のサラリーマンに見える。

 尚子は改めて、これは現実の殺人事件なのだと自分自身に言い聞かせた。

「それでは申し訳ありませんが、これから皆さんに事情を聞かせていただきます」

 桜木はそう言って、ぐるりと部屋を見回した。

「あの――」真由が小さく手をあげて立ち上がった。

「なんですか?」

「先生を休ませてあげてもらえませんか?」

 震えてソファに座る雫にちらりと視線を向ける。

「そうですねえ――」

 桜木は困ったような顔をした。警察が最も事情を聞きたいのは雫なのかもしれない。

「……大丈夫よ」

 雫は青ざめた顔で真由を見上げた。「心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから」

 そして、雫は真由の手を握って、彼女を隣に座らせた。

 雫の言葉を聞いて、桜木もほっとしたような顔になった。

「手短に済ませますので、ご協力お願いします」

 桜木は丁寧に雫に頭を下げ、改めて一同を見回した。「みなさん、今日はどんな集まりだったんです?」

 そう言って桜木は雫に視線を向けた。

「雫の誕生パーティーです。ああ……あなたたちの前では本名の北畠亜希子って呼んだほうがいいのかな?」

 雫を庇うように如月が答える。

「いえ、杜野雫の名前で結構ですよ。そのほうが話をしやすいですからね。あなたは……如月さんでしたね」

 桜木はちらりとメモに目を向けると言った。すでに皆、名前や住所といった簡単な項目は別の刑事によって訊かれている。

「如月さんは……今日は遅れて来られたそうですね」

「ええ、ちょっと仕事が残っていたので」

「ここには何時に?」

「そうですね……だいたい7時頃だったと思います」

「雄一郎氏とはお会いになられましたか?」

「ちょうど私が来たときに、雄一郎さんはお兄さんと一緒に上に上がっていったようです」

「川島誠司さんですね。彼とはお知り合いだったんですか?」

「私と雫とは高校の同級生なので、一応、知ってました」

「なるほどねぇ。他の皆さんは川島誠司さんと会ったことは?」

 皆、首を振った。

「兄とは……つい最近まで連絡も取っていませんでしたから……」

 雫がぼそりと答える。その手はずっと真由の手を握り締めている。

「どのくらい会っていなかったんです?」

「十年……くらいです」

「ずいぶん長いですね」

「実は私が十年前に兄には内緒で家を出まして……それ以来です」

「ほお……それでいつ連絡を?」

「二日前、兄から電話がありまして……それで今日会うことになったんです」

「それじゃ雄一郎氏は――」

「兄と会うのは今日が初めてでした」

「そうですか。お兄さんはどちらに住んでるかご存知ですか?」

 桜木の問いかけに雫は首を振った。

「いえ、以前、一度だけこちらから連絡を取ろうとしたことがあるんですが、その時には兄は引っ越していて連絡が取れなかったんです。今はどこに住んでいるかわかりません。そういうことも含めて雄一郎さんが今日、兄と話をすることになっていました」

「それでは事件の時のことを教えていただきたいのですが――」

 桜木は雫の顔を見た。

「それについては私から説明しましょう」

 雫の心情を気遣ってか、如月が口を開いた。「構いませんね」

「ええ」

 桜木は頷き、如月へ顔を向けた。

「さっきお話したように、私がこの家に着いた時、雄一郎さんと川島誠司さんは二人で2階に上がられました。その後は、我々がここに残って雑談をしてたわけです。その後、8時過ぎになってから真由ちゃんがデザート代わりにバースデーケーキを出そうとして、一度、雫さんが雄一郎さんを呼びに行きました」

「8時過ぎ? 正確には?」

「確か8時5分……いや7分くらいだったと思います。ちょうどあの時計で確認しました」

 真由は壁にかかった時計を指さした。桜木はすぐに自分の腕時計と合ってることを確認した。

「その時、雄一郎氏はどうされてました?」

 桜木はちらりと視線を雫へ向けた。雫はわずかに顔をあげ――

「上の部屋で二人でお酒を飲んでました。ケーキのことを話すと、わざわざ降りて行くのも面倒だから俺たち抜きでやってくれって言って……」

「その時、お兄さんはまだ部屋にいたんですね?」

「はい」

「その時の様子はどんな感じでした?」

「兄はだいぶ酔っていたようです。ただ、心配していたほどではなく、普通に話をしているように見えました。兄が私に早く下に行くよう言ったので……それで下に」

「それで?」

「その後、雫先生が戻ってきたので、ケーキを出しました」

 真由が言った。

「それは何時頃です?」

「先生はすぐに降りてこられたので……その後すぐ」

「たぶん8時15分くらいだったんじゃないかと思います」

 沢登が口を出した。「偶然ですが、時間を確認しましたから」

「そうですか」

「ちょうどその時、2階でガラスの割れるような音が聞こえて、雫と入江さんが様子を見に上に行ったんです――」

 それを聞いて桜木は入江加奈子に視線を向けた。

「それじゃ最初に雄一郎氏が倒れているのを見つけたのはあなたですか?」

「いえ、違います。先生がドアを開けようとしたら開かなかったんです」

「開かなかった? 鍵がかかっていたんですか?」

「いえ」

 と如月が答える。「鍵がかかっていたのではなく、ドアの内側に倒れた棚が邪魔していたんです」

「なるほど」

 と桜木は大きく頷いてみせた。だが、既に現場を確認しているはずで、棚のことも理解しているうえでの反応だろう。

 桜木はさらに――

「倒れていたあの棚には何か入っていたんでしょうか?」

「いえ、何も入ってなかったと思います」

 すぐに真由が答えた。「先日から模様替えをするといって部屋を片付けていて、あの棚も隣から持ってきたばかりなんです」

「そういうことですか」

 桜木はまたも大きく頷いた。「では、お二人が最初に倒れている雄一郎氏を見つけたわけですね」

「いえ、最初に目にしたのは俺だと思います。俺がドアを無理に押し開けましたから」

「あなたはどうして2階に?」

「雫の声が聞こえたからです。その声に驚いて、皆、2階に駆け上がりました」

 と如月が言う。

「皆、一緒に?」

「俺が先頭で、その後は……ほとんど差はありませんよ」

「一階に残った人は?」

 その桜木の質問に、皆、顔を見合わせた。

「いや、おそらく全員が2階に上がったと思いますよ」

 全員を代表するように如月は言った。

「では、その時、お兄さんが出て行くところとか見ませんでしたか?」

「いえ……」

「上に続く階段は一つですね」

「はい」

「ちなみに3階は? 先ほど3階の部屋に行ってみたところドアには鍵がかかっていたようですが……」

 家のなかでも、ほとんどの部屋には鍵は取り付けられていないが、3階の雫と雄一郎の寝室と1階にある真由の寝室には鍵が取り付けられている。

「3階は寝室になっているので、日中は鍵をかけてあります」

「その鍵は誰が?」

「私と雄一郎さんが……でも、雄一郎さんはいつも部屋に鍵を置きっぱなしにしているので……」

「それじゃ、今日鍵を持っていたのは先生だけですか?」

「……たぶん」

 その答えに桜木は表情を固くした。

「……おかしいですね。物音が聞こえて、みなさんはすぐに2階に上がられたわけですよね。いったい川島誠司はどこへ行ったんでしょう?」

「確か……現場の窓が開いていましたよね?」

 如月も険しい表情で訊いた。だが、桜木はその問いかけに大きく首を振った。

「そうですね。だが2階にはベランダがなく窓伝いに逃げるのは無理です。すると……飛び降りて逃げたということになってしまいますね」

 桜木はぐるりと一同の顔を見回した。「では事件の後、我々が来るまで一人で行動された人はいますか?」

「いえ……それはいないはずです。雫先生と如月先生の二人が2階の書斎に残り、他は皆、ここに戻りました。あの状況のなか、あの部屋にいつまでもいるわけにいきませんからね」

 財部が答えた。

「お二人が上に残ったのはなぜです?」

「雫先生が雄一郎さんと一緒にいたいと思うのは当然でしょう。如月先生は雫先生を心配して残ってくれたんです」

「なるほど」

 と桜木が頷く。「では、いったい川島誠司はどこへ消えてしまったんです?」

「『消えた』というのはオーバーですね」

 如月が口を挟む。

「それじゃ、彼はどこへ行ったんです?」

「窓から逃げたのかも」

「確かに。そう見えます」

「違うとでも?」

「いえ、そうかもしれません」

 桜木はさも納得したような顔をした。

「やっぱり兄が雄一郎さんを刺したんでしょうか?」

 雫が顔をあげた。

「さあ……今はまだ何とも言えませんが……何か思い当たる事でも?」

「あの……」

 雫は言いにくそうに視線を動かした。

「何です? 何かあればお話していただけませんか?」

「実は……兄は雄一郎さんにお金の無心をしに来たんです」

「え?」

「先日、電話があって……自分の仕事にお金が必要だから出してくれないかと言ってきたんです。雄一郎さんは一度ちゃんと話をしたいということで、それで今日、兄を呼んだんです」

「私も後で話に加わる予定になっていました」

 沢登が口を挟んだ。

「そうでしたか」

「……まさか、こんなことになるなんて」

 そう言って雫は再びその手で顔を覆った。

「先生――」

 真由がその雫の肩を抱きしめた。その姿を桜木がちらりと見てから、不思議そうに真由の顔を覗き込んだ。

「あなた……本条さん?」

「は……はい」

 真由も驚いたように桜木の顔を見る。「何か……」

「あ、いや……」

 桜木は視線を逸らした。


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