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優しき殺人者  作者: けせらせら
14/41

3-2

 雫の家に着いたのは、午後3時になってからだった。

 尚子が訪ねていくと、ちょうど雫はキッチンで真由と二人で料理をしている最中だった。

 真由は薄いブルーのフレアスカートにフリルのついた黄色い花柄のブラウス姿でエプロンをかけてキッチンのなかを忙しそうに動き回っている。そして、雫は薄い茶色のロングスカートにベージュのニットという格好だった。

 尚子はといえば、悩んだあげく結局、尚子の持っているなかでは割と明るめの服装である、薄いブルーのロングスカートに同じ色のキャミソール、ジャケットという格好になった。

 雫はその尚子の姿を見て、目を細めた。

「あら、どこのお嬢様かと思ったわ」

「なんか似合いませんよね。私もそう思ってほとんど着なかったんですけど……」

「そんなことないわよ。すごく似合ってる。いつもそういう格好してるとかわいらしいのに」

 そして、真由にも声をかける。「真由ちゃんもそう思うでしょ」

「ええ、とっても似合ってますよ」

 真由も笑顔で尚子に言った。

「そういう女性っぽい格好のほうが尚子さんは似合うんじゃない?」

 雫はマジマジと尚子の姿を見つめた。

「ありがとうございます」お世辞とはわかっていても誉められるのは嬉しい。

「それにしてもずいぶん早かったわね。パーティーは6時からよ」

「何かお手伝い出来ればと思って。何かやることがあればおっしゃってください」

 そう言って尚子はジャケットを脱ぐと、バッグと一緒にソファの上に置いた。

「そうねぇ……でもお料理は真由ちゃんと、私とでだいたい準備はしてあるの。それに今日はあとで入江さんが手伝いにも来てくれるし」

 入江加奈子は雄一郎の病院の受付をしている。以前、一度だけお昼を一緒に食べたことがある。まだ24歳だが、すでに婚約している恋人がいるらしく、近々結婚すると嬉しそうに話してくれた。

「そうですか……今日はどんな人が来られるんです?」

「翔文堂の谷口さんと、弁護士の沢登さん。それとお友達の飛鳥岬さん。あとは白亜出版の財部さんね……飛鳥さんが来るって知って財部さん、喜んでたわ」

 翔文堂の編集者である谷口博正とは何度かこの家で顔を合わせたことがある。飛鳥岬は一昨年デビューした中高生向きのファンタジー小説を書いている作家だ。雫とは仲のいい友達で、たまに遊びに来る事もあり、尚子も何度か会った事がある。白亜出版にはまだ書いてもらったことはなく、きっと財部はこれを機会に岬に執筆を依頼するつもりでいるのだろう。

「本当は入江さんの婚約者にも来てくれるようお願いしてたんだけど、ちょっと今回は都合が悪いみたいなの……ああ、そうそう、如月君も来ることになってるわよ」

「え? 如月先生も来るんですか?」

 意外な名前に尚子は目を丸くした。

「びっくりした?」

「ええ、如月先生……こういうのって苦手な人だから」

「本人は嫌がっていたんだけど、彼は私のお願いはきかなきゃいけない理由があるの」

「理由って何ですか?」

「そのうち教えてあげるわ。高校時代の彼を知る私の特権よ」

「はぁ」

 ふと頭のなかで、高校時代の如月の姿を想像する。きっと今と変わらず愛想のない高校生だったに違いない。

「それまで尚子さんには私の原稿でも読んでてもらおうかな」

「え? もう出来たんですか?」

 雫の原稿の早さに驚いて声をあげた。予定では来月末が締め切りになっている。

「だいたいね」

「ずいぶん早かったんですね」

「尚子さんに迷惑かけないようにね」

 そう言って微笑むと、雫は手をハンカチでふきながら尚子を2階の書斎へと案内した。尚子がそのあとに続いて部屋に入ると、雫は机の上に置かれたプリントアウトされた原稿の束を尚子に手渡した。

「ちょっと慌てて書いたから誤字脱字もあると思うし、文法的におかしなところもあるかもしれないわ。ここで原稿をチェックしていてくれないかしら?」

「わかりました」

 尚子は快く返事をした。正直、苦手な料理を手伝っているよりは原稿を読んでいるほうが性に合っている。しかも、その原稿はいつも会社で読ませられている素人のものとは違っている。大好きな雫のものなのだ。これほど嬉しい事はない。

「私はもうちょっとお料理を――あ、薬飲むの忘れていたわ」

 そう言って雫は机の引出しを開けると、いつもの薬のケースからカプセルを一つ取り出した。

「なんか薬の量が多いんじゃありませんか?」

 尚子は机の中に収められた薬の束を見た。あまり薬に頼り過ぎないように、いつもはその日飲む量だけを雄一郎からもらうようにしていたはずだ。

「あの人が忙しい時、大変だから。今度からこうすることにしたの」

 雫はいつものように水差しの水をコップに注いでカプセルを飲んだ。

「そうですか」

「それじゃ、あとよろしくね」

「私、本当に手伝わなくて大丈夫ですか?」

「お料理は私の趣味だから、尚子さんは原稿のチェックお願いね」

 にっこりと微笑むと部屋を出て行った。


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