2-6
夕陽が商店街の向こうに沈んでいく。
珍しく陽が落ちる前に帰宅することが出来る。
マンションへの道を歩きながら、尚子はぼんやりと如月の部屋にあったファイルのことを思い出していた。
なぜ如月は本条真由の母親が通り魔に殺された事件の新聞記事の切り抜きなど、ファイルにしているのだろう。あの時の犯人はまだ捕まっていない。
(なぜ?)
小説の題材に使おうとでも思っているのだろうか。作家として過去の事件や事故と題材にして小説を書くということは考えられないことではない。ただ、あのファイルはあまりにも古いもののように見えた。切り抜かれた新聞はその当時のものだろう。まるでリアルタイムでずっとあの事件を追いかけているような感じがする。
それとも如月自身、あの事件に何か関係しているのだろうか。普段ならどんなことでも平気で訊くことが出来るのに、さすがにこのことは訊くことが出来なかった。
あの時、如月は間違いなくファイルが机の上に置かれているのに気づき、それを机のなかに隠したように見える。
尚子はぼんやりと如月のことを考えながら、ゆっくりと足を進めた。
その時――
「お姉ちゃん!」
その声にはっとして振り返ると、恭子が早足で駆け寄ってくるのが見えた。
「どこ行って来たの?」
「いろいろとね」
「いろいろって?」
「あとで話すわよ。今夜、ご飯どうする?」
「そうね……何か買っていかないと」
いつも深夜になってからの帰宅が多いため、あまり生鮮食品は買い込んでいない。恭子がいるのだから、インスタント食品を温めるだけ……というわけにはいかないだろう。
尚子は恭子とともにマンション付近のスーパーに入り、2、3日分の食料を買い込んでから帰宅した。すぐに夕飯の支度に取り掛かろうとキッチンで準備を始めると、部屋から恭子が声をかけた。
「ねえ、これ見てよ」
「何?」
尚子が部屋を覗き込むと、恭子がテーブルの上にパンフレットを並べている。都内にある大学のパンフレットだった。
「今日、これをもらいに行って来たの」
「え? 恭子……あなた本気でこっちに出てくるつもりなの?」
「当たり前じゃないの。冗談だと思ってたの?」
あっけらかんとした態度で恭子が答える。
「いや……でも、そんな簡単に決めていいの?」
「簡単じゃないわよ。ずっと考えてたことだもの。本当は高校の時から考えてたのよ。ただあの時は家を飛び出す勇気がなかっただけ」
「だってもう10月よ。今からじゃ入試に間に合わないでしょ」
「1年浪人して、来年、改めて受験するわ」
「そんなことお父さんたちが許さないでしょ」
「お父さんたちの人生じゃない。私の人生よ。私がどう生きたっていいじゃないの」
口を尖らせて恭子は言った。
「生活はどうするの?」
「バイトするわよ。お姉ちゃんだってそうやって大学行ったんでしょ」
「私の場合は――」
そうするしかなかった……だが、それを恭子に言うわけにはいかない。
「お姉ちゃんの場合は、私が家にいたから出られたって言うんでしょ。そんなのずるいわ。私も自分のやりたいようにやる」
尚子は大きくため息をついた。
「それじゃ好きにしなさい。その代わりちゃんとお父さんたちに説明しなきゃだめよ」
「どうして?」
「どうしてもよ。でなかったら私はあなたの応援はしないからね」
恭子は不機嫌そうな顔をした。