二話
世界は非常にそして唐突に、一人の少年から日常を奪い去る。
そんな重大な事件が始まる、ほんの数時間前、S市に今回の事件の中核を担う人物が到着した。
「てつお~まだ歩くのか?」
あどけなさが残る、甘い声で少女は問いかける。
「てつお~聞いてるのか?」
「もうちょっとだから、我慢してくれ」
「先ほどからそればっかりだのう」
「今度こそ、もうちょっとだから」
そう町のど真ん中を十二単の少女は闊歩する、見た目は幼く、真っ黒な髪が腰ほどにも続く。まるで時代を無視した服装、いでたち、口調の彼女こそ。日本古来より続く暗殺を生業とした一族。紅一族の長。紅姫だった。
「まったく……頼りない。そのような調子で、わが一族を再建できると思うておるのか?」
尊大な言葉遣いを、わきで寄り添い歩く従者に投げかけるが、物腰はしとやかで美しい、そんな紅姫は今年で21になった。
「まぁ、その、自らの、力を、試す機会が、訪れるとしたら、考えてやらんこともない」
「どういうことじゃ⁉ さっきから会話になってない。わらわの話をきちんと聞いておったか⁉」
そうトンチンカンな答えを返したのは『鋼 鉄男』身長は二メートル近くあり、筋骨隆々な彼は彼女の付き人兼、ボディーガード。
「まぁ、なるようになるさ」
「この場合、お主がそのセリフを言うのは無しじゃと思うぞ、まるで適当に歩けばUGN支部につくと言っておるように聞こえる」
そして、おそらくその不安は当たっているのだろう。S市内に入ってからかれこれ二時間は歩き通している。
「もう、疲れた、おんぶ」
「………………。……しょうがないな」
「なんじゃ、その不満そうな反応は、わらわがだれだか知っておるのか? わらわは天下の紅姫ぞ、はよ背中をかせい!」
「はいはい」
そう鉄男の背中に紅姫は飛び乗り、まるで少女のような楽しそうな声を上げる。
だが紅姫は知らないのだ、十二単を纏った自分の体重を。
文字通り鋼の男はそれを全て抱え込みながら、時々紅姫の軽口につきあいつつ、UGNを目指した。
結局、ついたのは二時間後。
汗だくになって、そこらへんでうずくまっている鉄男をしり目に、紅姫はシェイプ・エンドレストと握手を交わす。
「このたびはお招きくださりましてありがとうございます」
鉄男と接する時とはまるで別人、歳相応と言った態度で紅姫はシェイプに接する。
「いやいや、困ったときはお互い様ですから」
たいしてシェイプは困ったような表情を浮かべていた。
「どうしたのですか、シェイプ殿、何か問題があるなら、力になりましょう、我々一族を受け入れてくれたお礼に、何でも力になるとお約束いたしましたので」
その言葉にシェイプは恐縮した様子で、申し訳なさそうな苦笑いを返す。
「ちょっとやんちゃをした戦闘員がいまして、紅姫の力を見込んで治療してやってほしい奴がいるのですが……」