十五話
「甘いんだよ、この雑魚どもが」
打ち出された弾丸は、周囲の空気、分子、原始を吸い込みながら音速を超えて飛んだ。
それをアバドンは真っ向から受け止める。
「この程度! お前らがいかに弱いかを証明する材料に、なる、だけだ!」
だが次の瞬間爪がはじけ飛んだ。
「何?」
気が付いたときにはもう遅い。足が宙に浮きあがり、それでも威力を殺そうとはばたかせた羽根は、ちりじりに千切れて、ブラックホールに飲み込まれていく。
「うおっ」
そして、回転力に負け、両腕がはじかれた。遮るものを亡くした黒い球体は、加速度を失うことなく、アバドンの胸に突き刺さるように直進し、ひしゃげた音を鳴らした。
「これが思いの力だ!」
黒い球体はアバドンの体を決して離さない。その身にため込んだエネルギーは黄泉彦の全てを食らいつくさんと、轟轟と音を立て、アバドンの体をえぐる。
「くっ、う。あ。うおおおおお」
そして、黒い球体がはじけた、内部に押し込められていたものが強風圧と共に解放される。
小石が、鉄片が、ガラス片が、銃弾のような速度で、黄泉彦の至近で四散したのだ。
黄泉彦の体はズタズタになった
「く、こんな、こんなこと……」
アバドンの腹部をえぐり、そして衝撃。
弾き飛ばされたアバドンは、なんどもなんども、コンクリートに打ち付けられ、血しぶきを舞わせて、止まった。
黄泉彦はピクリとも動かない。
それを三人は茫然とみつめていた。
この光景を。
ワンは思う、この力はなんだ。
たとえ自分が力をコントロールしたからと言って。マスタークラスにも匹敵する手練れのアバドンを、何の抵抗も許さず倒してしまうこの力。
そして何より。重力操作できる量。ブラックホールを創れてしまうほどの高重力など操れる人物を、ワンは見たことがなかった。
(神の領域だぞ、こいつは化け物か)
やがて一人だけ我に返った零が、アバドンに駆け寄る。
「黄泉彦!」
黄泉彦は血まみれだった、床にこびりついた血の上をはねたせいでもあるが、口から大量に血を吐いていた。毛が抜け落ちた腹部には目をそらしたくなるような紫色のあざがあり、器官に入ろうとする血液を吐き出すたびにいたむのか、顔を何度もしかめた。
「これが、お前の……。臨んだ未来か」
零がアバドンを抱き起し、そう問いかける。
「お前がこっち側に来なけりゃ、俺たちはまだ友達でいられたのかな」
そう、かすれた声で囁くアバドンを見下ろし、ワンがつぶやく。
「人殺しに発言権はない」
それを鉄男がいさめ、ワンを二人から遠ざけた。
「俺はお前とずっと親友だとおもってた」
そう、零は頭を垂れて、まるで懺悔でもするように黄泉彦に囁きかけた。
固く結んだその拳の振り下ろし先を、零は見つけられないでいる。
「これからも変わらない。だが、遅すぎたんだ、黄泉彦」
「生きろよ、お前は……」
「黄泉……彦?」
抱え上げて、涙を流す、そして叫んだ。もうすでに声の届かなくなった、たった一人の親友に対して。
「黄泉彦ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」




