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十四話

四章『別離』

 三人が再び訪れた港の倉庫は夕焼けに染め上げられ、まるで陰炎の帯びているかのように歪んで見えた。

*[零・バロール・偏差把握]* 

 その倉庫に零は昼間と同じく偏差把握を放つ。

「中には誰もいないみたいだ」

 零の情報は正確だ、彼がいないと言えば確かに中には誰もいないのだろう。だがそれでも不気味な雰囲気は拭い去れない。

それは倉庫内から漏れ出る悪臭と、鳥の声一つ聞こえない静けさのせいだった。

「考えててもらちが明かない、行くぞ鉄男」

 痺れを切らしたワンは鉄男の背を押す。

「……」

 しかし鉄男は無言。

「いいから行くぞ」

 そうワンに叱咤され、しぶしぶ鉄男は扉を開けた。

 そしてわずかな隙間から濁流のように流れ出してくる匂いの本流に鉄男は顔をしかめた。

 生温かな湿り気を帯びたその風は、鉄臭さと腐った食べ物のような臭気を三人に運ぶ。

 そしてそれでも目をしかめながら視線を倉庫の中に向けると。

そこには地獄が広がっていた。

 そこは一面赤い海、血が薄く張っていて、その上に真っ白い饅頭のようなものが浮かんでいる。それはよく見れば人体のパーツだった。

 これが意味するところは、ここで想像を絶する数の人間が解体されたということ。しかも、生きたままでなければ人間の首を裂いても、天井まで血はつかないだろう。

 そしてその異様な空間の真ん中にたたずむ男が一人。

「そんな、俺が感知した限りでは人なんて」

 その人物は背を三人に向けていた、埃すらついていない金色の鎧に太陽光が反射し、輝いていた。

「お前はだれだ」

 その男はけだるげに振り向き、また向き直る、まるでつまらないものを見たような、そんな視線を三人は向けられる。

「おい、お前!」

 そう、零が男に向かって歩みだそうとしたその瞬間。轟音と共に建物が揺れた、次いで屋根が破壊され、無数の破片と共に、漆黒のシルエットが謎の男と零の間に割って入った。

 そのシルエットは一対のコウモリ羽を伸ばすとたたみ、立ちあがった。

「帝、あなたの言う通り役立たずを処分してまいりました」

 黄泉彦だった。

「てい? そうか、そいつがエンペラー」

「エンペラー?」

 戸惑う零に、向き直る黄泉彦。

「みたか、零。これは俺のやったことなんだぜ」

 そう三人は驚愕に見開いた目を泳がせる。そして鉄男はその中『顔』を発見してしまう。

 それは数日前までは、無邪気な笑顔を振りまき、母に甘えていた少女の、恐怖に歪む顔。

 つまり、その海を作っているのは紅一族の残された女子供、今日S市に越してくるはずだった、数十人の女子供を黄泉彦は虐殺したと自白したのだ。

「てめぇえ! こんにゃろう!」

 その叫びでワンも事態を察した。

「きさまぁぁ! この外道が!」

 そう激昂する二人を鼻で笑い、黄泉彦は言い放つ。

「これが俺のやったこと、お前の知らない、本当の俺がやったことだ。俺のことはこれから、アバドンと呼べ」

 アバドン、それは神話に語り継がれる破壊者の名前。彼は自分がそうだと言ったのだ、その名にふさわしいと。

「アバドンだか、バカボンだか、知らないが」

 そう話し始めようとした鉄男を、ワンの声が押しとめる。

「いや、黄泉彦。お前は小さすぎる!」

「あ?」

「お前はそんな血の海で誇らしげに笑っているが、お前がやっているのは単なる殺人でしかない」

「知ってるよそんなことは」

「そんな誇らしげに語ることじゃないって言ってるんだよ、そんなことじゃいつまでたっても、お前は二流以下だな」

「うるせぇ奴だ、これを見てもおんなじことが言えんのか」

 その途端空気が変わった、アバドンを中心に風が巻き起こり、そして変化が訪れる。その体は体毛で覆われ、爪が肥大化しまるでガントレットのようになる、翼はより強靭に変化し禍々しさを帯びた。それ全てが古より伝わる悪魔の要望そのもの。

「黄泉彦、やめてくれ、もうやめてくれ」

 そう懸命に訴える零の声は届かない、代わりに届いたのはアバドンの主である、エンペラー・ザ・マスターの声。

「アバドン、せっかくの仕込みだが今回は無しにさせてもらう、ここで発狂させろ、理性を切り崩せ、こいつらを殺し、あいつをジャームにしろ。幼少より英才教育を施された、人殺し姫をな」

 その瞬間、やっとエンペラーは三人を見た、その両眼でとらえ、認識する、獲物として。

 それだけで三人の中のレネゲイドが、打ち震え、戦えと、欲望を満たせと命じてきた。

 衝動がこみ上げる。

「うおおおおおお」

 ワンが身をくねらせる。

「どうした、ワン」

「俺の中のレネゲイドが……」

 強者のレネゲイドと相対したとき、体内のレネゲイドが震えることがある。それが恐怖からくる生存本能なのか、それとも強者を牙を交えたいという闘争本能なのかはわかっていない。

 しかし、その衝動に飲まれたものは自身の奥底に眠る衝動を御しきれなくなるのだ。

 幸いその場にいる全員が湧き上がる衝動に耐えた、しかし我に返ってみるとその場にエンペラーの姿はなかった。

 代わりに立ちはだかるのはアバドン。

「戦闘開始だ」

 そうアバドンがつぶやいた瞬間反応できたのはワンだけだった。

*[ワン・オルクス・力場の形成]*

「俺の力を零、お前に渡す」

 周囲を光の粒が満たす、ワンのレネゲイドは度重なる戦闘で研ぎ澄まされ、その力は一時的に限界を超えていた。

「ここでアバドンを倒す、こいつは野放しにしては置けない」

 そうワンが奥歯をかみしめ言った。

 それに零もうなづきを返す。

「お前らみたいな雑魚に、俺が傷つけられるとでも?」

*[零・バロール・斥力の矢 巨人の斧]*

 そして零の力も同様に、強大さを脅威を、増していた。たった一つの小石を宙に浮かばせ、それに重力の因子が何重にも絡みつく。

「黄泉彦、いやアバドン。お前はもう、許されないことをした。許されるラインを越えたんだ。ここで死ね!」

 そう零は喉がはちきれんばかりに叫んだ。

「信じていた、信じていたのに、お前は本当はいい奴だって」

 零と黄泉彦は昨日までは、普通の友達だった。

 休み時間の合間に語り、休日には遊びに行く。素行のよい生徒ではなかったが。それでも零は黄泉彦といるのが心地よかったし。こんなことができる人間だとは思わなかった。

 だが、それは思い過ごしだったと零は思った。

 黄泉彦は常に日常に背を向け、裏で人を殺し続け、零に嘘をついていた。

 それが今、わかったから。零の力はかつてないほどに、全力だった。

「この一撃でお前を倒す。俺はお前を認めない」

その声は悲痛に歪み、ただ一撃にすべてを注ぐべく意識を集中する。

 だがその力の強大さは零の体を確実に蝕んだ、コントロールの不調により、零の足が地面にめり込み、発生した重力場が床に、大蛇がうねったような跡を無数につける

*[ワン・オルクス・妖精の手]*

「零、お前の力は俺がまとめる、コントロールは考えなくていい、お前はお前の中の力を、思いを全てあいつにぶつけてやれ」

*[ワン・オルクス・力の法則]*

 その瞬間、零の作り出した重力場が収縮した、力を弱めたわけではない、全てワンの計算の元にまとめ上げられていた。ゆえに内蔵された力は壮絶と言っていいほど。光すらを飲み込み離さないブラックホールのような高エネルギーの塊が、零の両手の中にはあった。

「この一撃で決めるんだ!」

 ワンが叫ぶ。

「俺たちの恨み」

 そして鉄男が叫ぶ。

「俺たちの思いを踏みにじりやがって」

 そして零が、慟哭交じりに叫びをあげた。


「巨人の斧!」

 


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