十三話
マスタードレイクは鼻水を流しながら、上半身だけで逃げよう這いずりまわる。
「とどめを刺せ!」
そう零が叫ぶ。
「お前、なんだか染まってきたな」
そう会話する二人をしり目に、鉄男が銃を構えるが、何かの気配を察知し、鉄男は振り返る。
「いいぜ、とどめ、さしてやるよ」
そう、背後から駆け抜けていったのは、一人の青年。
「黄泉彦!」
その足は風のよう、姿は朧のようで、今まで百発百中を収めてきた、鉄男の銃弾すら当たらない。
「これだから、デスクワーク派は。獣の勘がってやつがないと。戦場では生き残れないんだよ。俗物!」
「ひぃ、ひぁぁぁぁぁぁぁ」
そうか細い悲鳴が聞こえたかと思うと黄泉彦は、食らいつくようにドレイクに覆いかぶさり。仕留めた獲物を見せびらかすように、その風穴の開いたドレイクの頭部を投げてよこした。
「何で、そんなことしてんだ、黄泉彦」
「久しぶりだな、零」
「戻ってこい、黄泉彦」
そのセリフを、黄泉彦は鼻で笑い飛ばす。
「どこに? 俺の現実は常にこっちだ。俺に日常なんてないのさ」
「お前は普通が欲しくないのか」
ワンが、諭すようにそう言った。
「バカなこと言うな、普通に何の価値がある」
「……お前の日常はこっちだろ?」
恐る恐る、零はそう尋ねた、零は気づいていたのだ、言葉を重ねるごとに、黄泉彦の目がきつくなっていくことに。
「おめでたいな、零。お前が信じてた俺は偽物なんだ。お前が信じていた日常がたやすく崩れ去ったのと同じように。お前の中の俺の虚像もたやすく、崩れ去る」
「じゃあ、今までの話したこと、笑顔、思い出は全部うそだったっていうのか」
「答えは、俺たちが根城にしていた、港の倉庫にある」
そう言い終わった黄泉彦は、間髪入れずに、ワーディングを張る。これは牽制。それに反応して動けないでいる三人を置いて。黄泉彦は背中にコウモリのようなつやのある翼をはやし。空中へ飛び上がった。
黄泉彦は飛翔する。
そのまま、振り返ることなく、黄泉彦は退場した。




