第6話 異世界人と出合いと別れ
悠真とエドガーは町を目指して進む。
結局リコットは付いては来なかった。彼女は「ごめんニャ」と言っていたが、仕事が見つかったのだからそこは喜ぶべきじゃないだろうか。それに別れると言っても徒歩で三日ほどの距離だ。
彼女は村を出る朝も見送りに来てくれて、さみしがる悠真をからかったりしていた。
徒歩での道行きはもはや3分の2ほどまで来ている。
昼は移動、夕方以降は剣の鍛錬の時間にあてた。ここのところ月が出ていないので、訓練の内容は急なエドガーの思いつきで暗がりで剣閃を見切ると言うものになっている。この訓練のミソは体重移動や手元だけを見て剣の動きを予測する、というものだが、悠真は意外な上手さを見せてエドガーを驚かせていた。
「お前は魔法はヘボだが、剣に関しちゃ中々イイ勘してるな……。手先の器用さといい、地味なのは変わんねぇが」
「相変わらず一言多いですが……褒めるなんて珍しいですね、どうしたんです?」
「いやな、お前がもうチョイでかけりゃ、すぐにそこそこの剣士になれただろうと思ってな」
お前の世界ではどうか知らんが、と前置きして、識者エドガーのいつもの講義が始まる。それによると、どうもこの世界では体重差や筋力差が実力差に直結するらしい。全ては物質神アトムの加護によるものらしいが、つまりは力こそパワー、と言う事だろう。
ちなみに体重差の壁を超えるには、かなり技術や魔力に差がなければ難しいようだ。さすがにAランク冒険者の上位陣などは人外魔境で、そういう常識は通用しないらしいが。
「まぁ成長期は過ぎてますから、身長の事は諦めてます。それにいきなり強くならなくたっていいんですよ、別に。俺は俺なりのペースでゆっくりやりますから。ゆっくりやってれば、元の世界に帰ってもこの世界に定住しても良い様に、心構えを作る時間だってあるでしょうしね」
「そうか」
その話を聞いて、エドガーは眩しそうに目を細めていた。
悠真はエドガーのこういう表情を見るたび、彼のこれまでの人生、その苦労が垣間見える気がした。人間の国では、冒険者はBランク以上になると大多数が騎士として国に召し上げられると言う。その中で、彼が騎士と言う道を選ばずに冒険者を続けているのには何か理由があるのだろうか。
実は一度聞いた事があるのだが、ばっちりはぐらかされてしまった。
なんだかんだで謎の多い男である。
だが、悠真にとってはそれで構わなかった。
ふるまいは粗野だが理屈っぽくて、すぐ皮肉を言うが傷つけるような事は言わず、依頼された以上に悠真の事を実は気にかけている。そして、悠真にとってのかけがえのない剣の師匠。それだけ分かっていれば十分だった。
そして翌朝。
町の城壁が近づいてきたあたりで、エドガーはぴたりと足を止めた。
「どうかしましたか?」
「ああ、ここらでいいだろうと思ってな」
「?」
状況が良く分からない。
そんな感じで悠真が困惑していると、エドガーはおもむろに剣を抜く。
「昨日の夜にも話した通り、町に入って冒険者ギルドの前まで送ったら、そこでお別れだ。その前に、お前にはいいもんを見せてやろうと思ってな」
そう言って悠真に離れるように促す。
悠真も特に逆らわずにそれに従った。
「見せてやるのは、剣の奥義ってやつだ。……前に魔法は魔力の精神的発露だって言ったよな? あの時は言わなかったが、魔力には肉体的・物質的な発露の方法もあるんだよ。うすうす感づいていたかも知れんがな」
「まぁ、そう言うのが出てくる物語なんかも読んだ事がありますから」
ド○クエで言ったら特技にあたるやつの事か。いやあれは魔力を消費しないが。
「魔身技とか、戦士魔法なんて呼ばれ方もする技だ。そいつをひとつ見せてやるから目に焼き付けろ。それが……俺からの餞別だ」
「はい」
神妙な面持ちで悠真は剣を構えるエドガーを見つめる。
エドガーの構えの中ではオーソドックスな型。
少し腰を落とし、足は左前。上半身はやや半身。柄の高さを顔の横あたりにし、剣身をまっすぐに立てる。八相の構えに近いだろうか。
先触れは微塵もなかった。
集中してまばたきを抑えて見ていなければ、完全に見逃していただろう。それぐらい予備動作の無い一撃。
赤い残影を残し、最初に立っていた場所から数メートル先で剣を振り切った状態のエドガーがいた。
「な、なん……え?」
動作がまるで見えなかった。
もはやコマ送り状態である。
「あ、あの……申し訳ないんですけどもう一回……」
せっかくの餞別を見逃した。その罪悪感でうろたえる悠真であったが、対するエドガーはつまらなさそうに答えるのみである。
「ふんっ、まぁ今のが見切れるようなら、俺が剣を教えなくても問題無かったろうさ。……もう一回、予備動作有りでやってやるから見逃すんじゃねぇぞ?」
そしてもう一度構え、エドガーが技を発動する。
今度はご丁寧に赤いオーラ(おそらく魔力だ)を纏う所から技が始まった。そして次に踏み込む為の足の溜め、軸となる左手から動き始める独特の剣の動き、数メートルの距離を無にする踏み込みと続く。
こうしてゆっくり行われれば、何の変哲もない。大きく踏み込むだけの袈裟切りだ。
だが、その動作どれもが全くお互いを阻害することなく、むしろそれぞれの動作がお互いの動作を補助する様な形で一本の流れになっている。
なんと洗練された剣技なのだろうか。
「剣技ってのは研鑽によって作り上げられるもんだ。即ち研鑽するための理論が先にある訳だ。そしてその理論が合理となり、体が意識しなくてもその合理にかなった動きができるようになった時、魔身技はお前のものになるだろうさ」
たったひと振りの斬撃に言葉を失う程の衝撃を受けた悠真は、その言葉に、ただ頷くのみであった。
「分かりやすく言や、考える事をやめない事、そして剣を振る事を怠らない事、だ。忘れんなよ」
そう言ってエドガーはニヤリと笑った。
そして彼らは、町の城壁の一角にある、門へと向かって再び歩き出した。
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城壁は近づいてみると、石積みで高さ五メートル、幅一メートル半と言ったところか。門のところでは衛兵が数人で通行者の確認を行っていた。
検問……通れないんじゃないの? そう思っていた時期が悠真にもありました。
なんとエドガーの身分証(Aランク冒険者のカード)でいとも容易く通る事ができたのである。悠真が人間である事は確認されたとはいえ、違う意味でマズいんじゃないだろうか。
衛兵に挨拶をしつつ城壁をくぐり、町の中へ出る。
と、賑わう町の喧噪に悠真はしばし面喰らってしまった。これまで森林、農村、街道とひと気のない所を進んできたせいだろう。
それにしても、個人の家屋が点在している事の多かった村に比べて、軒が連なる光景は圧巻そのものである。町でこれだけ驚いてたら、都とかに行った時どうするんだと、少々自分が心配になる悠真であった。
「冒険者ギルドはあっちだ」
きょろきょろと周囲を見渡す悠真に苦笑しつつ、エドガーは先に進んでいく。
そしてとうとう、冒険者ギルドの前まで辿りついてしまった。
「ここがそうですか」
「ああ、お前の旅のスタート地点だ」
何クサい事言ってんだ。と、ジト目でエドガーを見る悠真の目の前に、ずいと何かが突き出された。何だと思って見ると、その物体はエドガーが腰に帯びていた剣である。
「どうしたんです?」
「もう一つの餞別ってやつだな。ただ頑丈なだけの剣だが、お前みてぇな素人にはうってつけの剣だ」
確かに剣の扱い方に関して、刃こぼれとかを気にできるほどの腕は無いな。
そんな風に考えながら悠真が剣を受け取ると、エドガーは「剣じゃなくて魔法を買っといて良かったな」などと呟いている。恐らく結構前から悠真への餞別にしようと思っていたのだ。エドガーらしい、遠回しな情である。
「エドガーさんの剣が無くなっちゃいますよ?」
「俺は強いから問題ねぇ。それに、俺が言ってた用事ってのが、新しい剣を作る事なんだよ。だから心配すんな」
「そうだったんですか」
「ああ。……後、最後だから二、三忠告をくれてやる」
ゴホン、と咳払いをし、妙に改まった様子でエドガーが続ける。
「まずはさっきも言ったように、考える事と剣を振る事を怠けない。それから何か行動を起こすなら下調べは入念にな。それからあえて今まで言わなかったが、やっぱ舐められるから敬語は使用禁止。それから……」
以下、うんぬん、かんぬん。
結構重要な事も言ってたが、ほとんどが親の小言状態のものであった。
とは言え別れ際の忠告は心配されてるようで、何だか気恥かしいものがある。
ここはお返しをしてやらなければならないだろう。
「あーっと……エドガーさん?」
「それから……ってなんだよ」
「俺からも一つ、言ってもいいですか?」
「……言ってみろ」
「かなり前から考えてたんですけどね……今日の事で決意しました。俺は……あなたの剣を目指します。あなたの剣を基礎に剣の道を歩くんじゃなくて、あなたの剣を、目指したいと思います」
「……」
剣を教わり始めて、たった一週間少々。それでここまで言われるとは彼も思いもしなかっただろう。だが、悠真にとってここまでの旅、その中での剣の鍛錬は、彼の人生において経験した事が無いほどの密度だったのだ。
「……俺の剣技は……まだまだあんなモンじゃねぇぞ?」
「それでも構いませんよ。これまで見せてもらった剣をものにするにも時間がかかりそうですから。むしろ、修行して次に会う時には今日以上のものを引き出して見せますよ」
「はっ、言うじゃねぇか! いいぜ、次に会う時をせいぜい楽しみにしておくさ」
悠真の言葉を聞いて、エドガーはひどく嬉しそうに口角を持ちあげる。
彼は満足げに手をひらりと振りながら、踵を返して歩き始めた。
言うべき事は言った、後は別れるのみ、という風情である。
だから、悠真も同じ様にした。
少しの間エドガーを見送った後、すぐに踵を返して歩き出す。
この別れを惜しむのではなく、彼と出会えた事を誇るかのように。
これまで保護者だった男に背を向け歩く彼の瞳には、強い意志の光が宿っていた。
いつもよりチョイ短いですが、悠真にとってはひとつの区切りとなりました。
一人になった彼がこの世界【ベロムンド】をどう学び、
ここでどう振る舞って生きていくのか。
乞うご期待、です。
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