第5話 異世界人の魔法適正
貨幣単位が出てきますが、設定上あるというだけで覚えなくても大丈夫です。
読みにくさを感じたら数字のらへんはスルーする事をおすすめします。
あと、お金のところだけ算用数字(1とか2とか)を使用します。ご了承ください。
貨幣の種類は悠真の元居た世界では、国によって様々だ。しかし、この世界では人間の作り出した一種類の貨幣しか存在しないらしい。
銅貨 :1エクス
大銅貨:50エクス
銀貨 :1,000エクス
金貨 :100,000エクス
と、このような感じになっている。
1エクスが大体10円前後くらいなので、銀貨1枚でおよそ1万円、金貨1枚で100万円くらいになる計算だ。庶民が使う通貨は銅貨~銀貨で、金貨は貴族や大店の商人くらいしか使わないらしい。
さて、今しがた宿で宿泊費用、素泊まり350エクスを支払った悠真の手元には、1,000エクスほどが残っている。
「こんにちわ、また来ました!」
「おう、いらっしゃい。宿は空いてたか?」
「まぁな」
雑貨屋に到着すると、悠真は挨拶もそこそこに奥へ。店主の問いに代わりにエドガーが答えるのを横目に、お目当てのブツがある場所を目指して進む。
「さーて、どれにしようかなぁ」
悠真のお目当てとは、すなわち剣であった。
まぁ目の前にあるのは傘立てみたいな円筒に無造作に立てられた剣であり、素人目にも質が良いとは言えないものだ。若干ホコリをかぶっている辺りが、田舎の土産屋にある木刀を思わせる風情である。
しかしそれでも、悠真にとっては初めて自分のものになるかもしれない武器たちだ。さぞかしすばらしい武器に見えている事だろう。
と、剣に手を伸ばしかけた手が止まる。悠真の視線は、剣立ての隣にある棚に注がれていた。
「あ……これって……」
視線の先には赤い紐でくくられた、スクロールがあった。
スクロール。それを見て悠真が思い至るのはエドガーの言葉である。
確か、魔法を教える時にはスクロールが必要だと言っていなかったか。だとすればこの物体は、魔法に関連する品物、と言う事になる。これがあれば、エドガーは魔法を教えてくれるかもしれない。
悠真はそう考えた。
「ああ、こりゃ人語魔法のスクロールだな。こんな辺鄙なとこにも売ってるのか」
悠真の視線が釘付けになっている事に気付いたエドガーが、その商品に注釈を加える。
思った通り、それは魔法のスクロールであった。
異世界、いやファンタジーを象徴するものとしては、本物の剣よりもはるかに上位にくるであろう「魔法」。それが秘められたものが、悠真の視線の先、雑貨屋の木でできた棚の上に無造作に置かれている。
「辺鄙は余計だよ、旦那。ウチの店の規模と扱ってる商品の種類から言ったら、置いてあるのは珍しいかもしれんがな。まぁ事情があるんだ」
エドガーの暴言に苦笑しつつ、店主はカウンターから出てきて棚の上のスクロールを手に取った。そしてあご髭を撫でながら、語り始める。
「この辺は百年ちょっと前だかに開拓されたばっかりでな。気候の穏やかな平地って事で大農作地になる予定だったんだよ。その頃は獣人たちとの戦が無い時期が続いていたしな。で、ひい爺さんは開拓に必要な生活魔法とか、今で言う冒険者用の道具とかを扱って商売をしていた訳だ」
だがそのすぐ後、【大森林】が拓かれ、更に前線拠点としてモート村が作られた頃に、獣人との大戦争が始まったそうだ。
「戦争で人も物資も取られて、一時は廃村寸前だったらしい。ウチは代々商人やってるが、ここに戻ってこれたのも俺の代、ものの二十年くらい前なんだよ」
「へーぇ。それで、つまりはそのひいお爺さんの代からの商品、って事ですか?」
「まぁな……俺もこの村で店を出した時にここに置いたっきりで、これの事すっかり忘れてたぜ。どうだ、少年、買わねぇか?」
「うーん、百年前の魔法ですよね……」
「もちろん人語魔法は魔法の中でも進歩が目覚ましい分野だがな。性能がかゆいところに手が届くもんである以上、かゆいところに手が届いちまったらその後そんなに形は変わらないんだよ。この【簡易結界】の魔法もそうだ」
【簡易結界】の魔法なら悠真もよく知っている。徒歩での旅で野営をした時には毎晩お世話になった魔法だ。効果は結界内に害意あるものが侵入するとアラームがなると言う簡単なものである。
確かにあの魔法なら持っていて無駄になる事はないだろう。それに、大きく形が変わる魔法と言う事も無さそうだ。
となると、残る問題はあと一つ。
「今俺、1,000エクスくらいしか持ってないんですけど……」
「うーん、それで構わんよ。もうどうせ仕入れ値すら分からないんだ」
「ちなみに今の相場だと、一番安いスクロールでも800エクスはするな。最新の簡易結界は……確かその倍くらいだったかな」
値段の補足を入れたのは、毎度おなじみ識者エドガーである。相変わらず細かい情報をよく覚えているものだ。
古い魔法と言う事だが、入門としては悪くない買い物なのではないだろうか。
それにこれだけ講釈を聞いて、すでに悠真の頭の中は剣から魔法にシフトしている。
「……よし、買います!」
「まいどありー!」
結局その後数分悩みはしたが、そのスクロールを購入して店を後にするのであった。
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「さてと、ここらでいいか」
二人は宿屋に荷物を置き、木剣とポーション類を持って村のはずれに来ていた。もちろん第一の目的は剣の鍛錬だが、悠真の魔法習得も今回の目的には入っている。
というか悠真にとっては、簡易結界の魔法を起動させることが現状優先度第一位であった。
「エドガーさん、まずはこいつの使い方を教えて下さい」
そう言ってスクロールを突き出す。
いつもは鍛錬に対してやや受け身になりがちな悠真とは思えない振る舞いである。
「いいだろう」
対してエドガーも珍しく憎まれ口なしで悠真に同調する。もしかすると、知識欲と好奇心に火が付いた感のある悠真に、あまり絡みたくないのかもしれない。
「まずはスクロールを開いて、紙に書かれた呪文印の上に手のひらを置く」
「手のひらを置く……ほうほう」
「で、呪文を唱える。呪文は……挿入式起動、だ」
「イ、インストール!」
どもりつつ唱えた悠真の呪文にもちゃんと反応し、スクロール上の呪文印が青白く光り始める。
そしてその印がほどけるようにして宙に浮かびあがり、一つの「術式」となって悠真の額から頭の中へと吸い込まれていった。
気絶する寸前のように目の前がチカチカと光り、それが収まった時、悠真は「方法」を理解していた。
「……どうだ?」
「わかり……ました……これが魔法を覚える、という事なんですね」
「人語魔法はな。とにかく、後は実践するだけだ。やってみろ」
神妙にうなずき、地面に手を付けて結界範囲を決める起点を指定していく。
起点指定の時に、手のひらから流れ出ていく得体の知れない「力」を感じ取ることができた。
「よし、次は……」
四つの起点を指定し終えると、今度はそれらを繋いで平面を作り、それを縦に伸ばして三次元的な結界空間を作る工程である。簡易結界の魔法は「起点指定」と「結界空間の創出」の二段階に魔力を消費する魔法なのだ。
「行きます! 我が命に依りて境界し、侵入せし者あれば我に知らしめよ!」
「そんなでけぇ声だす魔法でもないだろうに……」
エドガーのそんな呟きをよそに、悠真はノリノリであった。
実際のところ、魔法は「呪文」と、引き起こす結果を想像する力、つまり「想像力」、そして「魔力操作」の三つが重要となる。この二つ目の「想像力」をジェスチャーや声の大きさで補う術者も少ないとは言えないのだ。
とはいえそれは攻撃魔法の使い手の話であって、結界(それも簡易なもの)を生成する時に大声を出すのは悠真くらいのものである。
しかも……、
「いってぇ!」
手にしびれが走ったかと思うと、「パン! プシュー!」と風船が割れるような間抜けな音を残して、結界の形成が途中で立ち消えてしまった。
形成途中の結界の青白い光が空中に霧散し、煌めいて消えてゆく。中々に幻想的な光景であったが、それを見ても悠真は呆然とするのみである。
「ぶはっ」
吹き出すような声に振り向くと、エドガーが笑うのを堪えて口を押えていた。
「わ、笑わないで下さいよ!」
「プッ、クククク……いやすまん、中々珍しい光景だったもんでな……ふはっ」
「ぐ、ぐぎぎぎぎ」
「はははは、まぁとりあえず何回か挑戦してみたらどうだ? 俺も一回見たくれぇじゃアドバイスしようにもなぁ」
「はぁ……分かりましたよ、ちゃんと見てて下さいね?」
憮然とした表情で、再度起点指定を開始する悠真。
そんな感じで何度かトライしてみたところ、六度目でようやく一回だけ成功した。
「なるほどなぁ」
「な、何か分かりましたか……!?」
「お前が魔法音痴だと言う事がよく分かったぞ」
「ええぇ、そのまんまじゃないですか! 真面目にやってくださいよ!」
とぼけた反応を返されてつい声を荒げる悠真を、エドガーが手で制する。
「まあ話は最後まで聞け。つまりお前は、魔法操作がへたって事だ。魔力の器であるお前を桶、魔力を水に例えるとだな、魔法を起動するってのは小さな杯に水を入れようとする様なもんだ。で、普通の人が杯を持って桶から水を汲むのに対して、お前は桶を傾けて杯に水を注ごうとしてる。そんな状況だ。そうするとどうなる?」
「……水がこぼれる、ですか?」
「そう言うこった。要するに、お前さんは術式に過剰に魔力を注いじまってる訳だ。特に人語魔法は規模が小さいし術式にあそびが無いから発動すらしなかったんだろう。ま、慣れりゃなんとかなるから、頑張って練習するこったな」
その言葉を聞いて、ほっとする悠真。練習すれば何とかなるなら、練習すればいいだけだ。別にいつまでにいくつの魔法を覚えろ、とか言われている訳でも無し。自分のペースで魔法を覚えて行けばいい。
その後悠真は魔力が切れるまで繰り返し魔法を使った。
そしてそれが終われば、次は剣の鍛錬である。
「そろそろいいか?」
「ちょっ、待っ、魔力の使い過ぎで体が……」
「それもいい経験じゃねぇか。じゃあ特別に、今日のノルマは俺に一撃入れるまでにしといてやるよ」
「それ一度も成功した事無いんですけど……マジ?」
「もちろん」
問答無用と言わんばかりに剣を振りかぶるエドガーに対し、悠真は地獄を覚悟し、剣を構えるしかないのであった。