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異世界人と勇者の剣   作者: とんび
第一章 異世界導入編
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第3話 異世界人と馬車の旅路(1)

 馬車での旅は出発した日を含めて四日。

 その間悠真は、昼は寝ているかエドガーやリコットと話をして過ごした。夜はエドガーの不寝番に付き合いつつ、素振りをしたり、エドガーにボコボコにされたりして鍛錬に時間を費やした。


 二日目の昼。雑談の中で、悠真は不思議に思っていた事について尋ねてみた。


「商人の人がすごい偉そうにしてましたけど、リコットさんよく怒りませんでしたね。なにか事情でもあったんですか?」


 その問いに答えたのはエドガーで、彼女は困ったような笑顔で話しづらそうにしている。


「この世界じゃ、獣人は差別を受けているんだよ」


 そう端的に言われリコットの方を見ると、彼女は小さく頷く。

 

「まぁいい機会だ。歴史の講義といこうか。お題は……人間と獣人の関係についてだな」


 そんなリコットを尻目に、エドガーは荷台の壁に背を預けていたのを起した。非常に鷹揚な様子である。

 どうやら何か教えてくれるらしいが、聞き出そうとしないと教えてくれないなんてひどい教師も居たものだ。


「……ていうか俺が言い出さなかったら教える気なかったでしょ? シルディアさんとの約束はどうなったんですか!? 報酬だってあったんですから仕事してくださいよ!」


 悠真が抗議の声を上げると、エドガーは小馬鹿にしたように鼻で笑う。


「ハッ、言うじゃねぇか。ここ二、三日剣で小突きまわしたお陰で遠慮が抜けてきたみたいだなァ? 今まで主張の一つもねぇから頭が木偶並みなのかと思ってたぜ」

「そりゃあんだけ殴られりゃ遠慮どころか、いっそ憎しみレベルまで行きますよ。しかもポーションと軟膏漬けで無理やり続けるし……というか小突くってレベルじゃないですからねあれは」

「はっはっはっはっ! 痛い思いするのはお前ぇが弱いのが悪いんだよ。ちなみに? 報酬はほとんどお前の薬代に消えたから、もし俺が講習に金をとってたらお前、既に赤字だぞ?」

「う、うぐぅ」


 それはエドガーが自分を痛めつけるせいではないか、と言いたいところをぐっとこらえる。どうせ弱いだのと言う話になって話が堂々巡りするだけだ。しかもエドガーの剣の鍛錬が充実したものである事は悠真にも自覚があるため、どうにも声高に反論しづらい。


 エドガーの言うように、悠真から遠慮が抜けてきたのは確かだった。

 とはいえ、今までにこうした口論の経験がない上にエドガーは口が上手く(時折正論を混ぜてくるからやりづらい)、やり込められてしまう事がほとんどである。

 文句を言い合いつつ過ごす。

 それは経験がないゆえの新鮮さはあったが、悠真としてはこんな新鮮さはご免こうむりたい気持であった。


「と、とにかくさっさと講義を始めてください!」

「ったく、お前ぇがふっかけて来たんだろうが……」

「こ、これは仲が良い……のかニャ……?」


 こんな時どんな顔をすればいいのか分からない、と言った感じに、リコットが呟いた。

 

「まあいい。とりあえず神話時代の話からひとつずつ講義するとしようか」

「ニャ?」


 リコットは思っていた話題と違うのか、怪訝な顔をしている。

 それを認めつつ無視して、エドガーは語り始めた。



 ======


 

 昔の話である。創造神アトムが様々な人の形を作り、精神の神エーテルが自我と理性、そしてささやかな文化を人類に与えた頃。


 かつて人間は、この世に存在していなかった。その時代の人類は獣の頭を持つ人(今でいう源獣人)、竜人、そして今では亜人と呼ばれるエルフ、ドワーフ、オーガやゴブリンなどであった。

 その当時、最も大きな勢力だったのは源獣人の群れであった。彼らの元になった獣の種類は様々(例えば猫、豚など)で、それぞれの集落に別れて暮らしつつも、外敵に対抗するために時に協力し合いながら暮らしていた。


 ある時、集落同士の結びつきを強めようと、集落間で婚姻を結ぼうという動きが出始めた。

 多くの源獣人たちはこの考えに賛同し、各集落、各家族の間で様々な婚儀が結ばれ、多くの混血児が誕生した。

 ところがここで、予想外の事が起こる。それが現在の獣人と呼ばれる者たち、毛の無い顔を持つもの、合いの子クロウサーと呼ばれた存在の誕生である。

 合いの子クロウサーたちは源獣人たちと同等の肉体を持ちながら、彼らよりも高い魔力、高い魔法適正を持っていた。もともと混血の推進は結束力の強化、ひいては外敵への備えが目的だったため、合いの子クロウサーの高い戦闘適正は非常に歓迎された。


 こうして急激に数を増やした合いの子クロウサー、獣人たち。彼らはしばらくの後に一大勢力を築き、逆に源獣人たちの支配層となっていく。


 もちろん、その支配に、源獣人たちの不満が溜まり、怒りが爆発するにはそれほどの時間は掛からなかった。源獣人と獣人の戦争はしばらくの間続き、それぞれの陣営を大きく疲弊させた。

 そしてその戦争のさなかに、人面の獣人たちの子として「毛の無きもの」「白き人」、つまり人間が現れ始めるのである。



 ======



「そっからは、源獣人たちが獣人を産み落とした後の焼き直しだ。しかも白き人は身体能力こそ獣人に及ばなかったが、最も魔力と親和性の高い種族とされるエルフ族に匹敵する魔力量、そして魔力を扱う適正を備えていた」

「そうだニャあ、あと人間は増えるのも早いニャ。万年発情期だニャ」


 エドガーの説明に、苦々しげな様子でリコットが付け加える。基本的にニコニコ笑顔のいつものリコットとは違い、吐き捨てるような言い様であった。

 やはり、人間からの差別には腹に据え兼ねるところがあるのだろうか。


「ははは、違いねぇ。だが、俺以外にはそういう言い方はしねぇ方が身のためだな。強く差別する人間族はそれほど多くねぇが、やはり獣人を下に見ている者は多い。そう言う奴らに差別する口実を与える事にも繋がりかねんからな」

「わかってるニャ。旦那だから言ったのニャよ。人間族が獣人から生まれたって説を当然の様に話す人間は旦那くらいのものニャからね」

「ま、普通の人の感覚から言えば、差別対象の獣人が人間の起源だとか認められんだろうからな」


 で、エドガーはその普通の感覚からはズレている、と言う訳か。

 とはいえエドガーの意見は非常に公平で、話しぶりを見ていても人間や獣人どちらかを意図的に持ち上げも貶めもしていない。あくまで単一の情報源からの意見である以上鵜呑みにする事もないだろうが、貴重な意見として心に留める価値はあるだろう。


「あの、一つ質問なんですけど。人間って増えるの早いんですか? 獣人が獣に近い種族だとすれば、発情期の期間の違いを考慮してもそっちの方が増える速度は早そうですけど。例えば、多産とか早産とか。もちろんそう言うのがあれば、ですけど」


 ここで一丁前にこんな質問が飛び出してくるあたりが、優等生タイプの悠真らしいところである。理科の受験科目で生物を選択していた事もあるし、こういう話が好きなだけかもしれないが。


「そうだな。リコットの言う万年発情期ってのは人間が増える一因でもあるが、それよりも大きな要因がある」

「それって、なんです?」


 勿体をつけるエドガーに、催促するように問う。リコットも興味深げだ。

 エドガーはニヤリと笑いながら話を続けた。



 ======

 


 「白き人」は数を増やした理由には様々なものがある。

 その中でも最も大きな理由は、血統の強さ、だろう。


 源獣人と源獣人の間には、源獣人か獣人が生まれる。

 源獣人と獣人の間にも、同じく源獣人か獣人が生まれる。

 獣人と獣人の間には、獣人か「白き人」が生まれる。


 源獣人、獣人、「白き人」の血統はこの様に繋がってきた。これを考えれば、「白き人」は獣人族の末裔だと言う事も可能だろう。

 しかし、混血の在りよう、血統の強さには大きな違いがあった。

 「白き人」と獣人、あるいは「白き人」源獣人の子は全て「白き人」だったのである。

 しかも「白き人」は血が混じる事がないと言われてきた亜人たちとの間にも子を成す事ができた。


 この血統の強さに誇りを持つようになった「白き人」たちは、自らを「人の間に君臨するもの」とし、「人間」あるいは「人間族」と自称するようになるのである。



 また人間が大きく数を増やした理由の二つ目は、身体的な弱さ、にある。

 

 弱い、と言うのは獣人や亜人の様に得意な土地、環境を持たないという意味である。

 したがって人間族はどの様な場所においても、自分たちの住みやすい環境を「作り出す」必要があった。そのための工夫が、様々なものを生んだ。


 例えば道具。必要な環境を作り、効率的に維持する道具が必要であった。その他にも作業効率を上げたり、精密で複雑な作業を簡易化する様々な道具が生み出された。


 例えば共通語の整備。原始的な「音」、つまり鳴き声での意思疎通が一般的であった獣人は、例えば猫と豚の獣人では意志疎通が図りづらかった。その獣人たちの中で生まれた人間族も初めは同様であったが、共通語を整備する事で意思疎通を簡単にし、集団の結束と組織化を進めた。また文字が生まれ、記録する文化が生まれた。


 例えば人語魔法。神の領域に挑む行為だったが、自身の魔法力を更に活かすための工夫であった。


 これらは全て人間族の功績であり、その多くは現在他の種族でも使われているほど世界に対して影響力の強いものであった。


 以上、血統の強さ、そして工夫する文化を育んだ身体的特徴が、人間族が数を大きく増やした理由である。



 ======



「なるほどニャあ。源獣人はどうか知らニャいけど、ワタシみたいな獣人は人間とつがいになる事も多いし、そりゃ増える訳ニャ。あと弱っちい人間だからこそ工夫して色んなところに住めるようになった、ってのもよくよく考えればその通りだニャー」


 納得しきりに、フムフムとリコットが頷く。


「まあ道具自体は獣人たちの集落でも作られていたし、山岳で生活するドワーフなんかは世界最高の技術力とそれを活かす特有の道具文化を持ってるんだがな。それでも道具の多様性や汎用性で言えば人間には及ばない。建築を発達させたのも人間だし、精神の神エーテルに与えられた【文化】ってもんを最も花開かせた種族って言えるだろうな」


 多少話しの主軸からズレている気がしないでもないが、非常に納得のできる、面白い話である。

 しかし相変わらず、こんな話を一介の冒険者が良くもまぁ詳しく知っているものだ。

 いや、むしろこれが一般的で、常識レベルの知識なのだろうか。リコットが興味深げに聞いているところを見るとそうでもない様に感じるが……。


 リコットも同じ事を感じたのか、困り顔でエドガーの知識量に尋ねていた。


「しかし旦那は博識だニャあ。それともワタシが田舎もんだから知らないだけで、町や都の人はみんな知ってる事なのかニャ? だとしたら勉強しニャいとヤバいニャ」

「ん? いや、俺のこの知識は趣味で集めたもんだぞ? 俺くらい強いと生活に困る事もほぼ無ぇからな。こう言う事に時間も金も労力も掛けれるって訳だ」


 この男、間違いなく能力の無駄遣いをするタイプである。

 とは思ったが、口には出さない悠真であった。


「ちょっと話がそれちまったから、閑話休題だな。じゃあ続き行くぞ?」



 ======



 源獣人の混血が進み、獣人が生まれた。

 獣人は数を増やし、一度は源獣人の支配層となった。

 獣人の支配に対する源獣人の反乱のさなか、獣人の子に「白き人」が生まれた。

 そして「白き人」はその血統の強さから数を増やし、自らを「人の間に君臨するもの」として「人間」を名乗る様になった。


 以上がこれまでの話の経緯である。


 源獣人から派生した三つの人類は、覇権を得るために初め三つ巴の争いを繰り広げていた。しかし魔法適性に加えて優れた武具を作る事のできる人間の軍勢が他を圧倒する事が多くなり、しだいに源獣人と獣人は手を取り合う様になった。

 この源獣人・獣人の連合と人間との戦い、という構図は現在にまで至る。どちらもお互いを滅ぼしきれない、長い長い闘争の歴史が始まったのである。


 この長い闘争の歴史の中には、和平の取り決めがされ平和な時代もあった。

 あるいはまた、小競り合いから大戦争に発展し、両者共に大きく数を減らした事もあった。亜人たちがこの時に覇を唱えようとすれば、もっとややこしい事になっていただろうが、その様なチャンスにも、彼らの動きは無かった。


 そして、10年前。人間族に英雄が現れ、とうとう均衡が破られたのである。

 

 英雄の活躍で人間族は獣人連合を打ち破った。そして、獣人たちを隷属させた。

 戦勝国である人間が敗戦国の民を隷属させる流れは当然のものであった。だが、人間の国の王は、獣人たちをただ処罰したり奴隷にしたりせず、ある仕組みを作って支配した。

 それは源獣人を国や貴族の奴隷とし、獣人を低賃金労働者に固定する、という方法である。

 搾取が行われる事自体は単なる隷属と同様であったが、獣人に「自分より下がある」と思わせる事で悪感情を散らし、労働の効率を上げる事が目的であった。またさらに言えば、獣人と言う低所得層を人間の国民のそばで生活させることで、同じように国民の国への不満を散らす、という効果もあった。

 

 英雄による均衡の打破、そして仕組まれた身分差が、人が獣人を差別する事があたりまえの社会を作った要因であった。



 ======



「こ、こんな話リコットさんにしちゃってもいいんですか?」


 エドガーの話を聞いた悠真の最初の感想がこれであった。こんな支配側の裏話的な事を聞かされて、彼女はこれから色々とやりづらくなるんじゃないだろうか。


「大丈夫だって。獣人たちもこの構図には気付いてるよ。な?」


 そう言ってリコットの方を見ると、いつもは糸目の目を開き、キョトンと不思議そうな顔をしている。


「ふぇ? ワ、ワタシは知らなかったニャ。とってもびっくりニャ」

「お、おいおい……」

「あ、あははは」


 悠真もエドガーも苦笑するしかなかったが、世間知らずなその様子に、真面目な話をしてシリアスっぽくなっていた空気は和んだ。

 

「こりゃ真性の田舎モンだな。ニャーニャー言ってるのは伊達じゃないって訳だ」

「う、うるさいニャ! ほっとくニャ!」


 からかう様な調子でエドガーが言うと、リコットは恥ずかしそうに反応する。

 

「ニャーニャー言うのと田舎者とどういう関係が?」


 照れ隠しに彼女がエドガーに猫パンチをくれる様が面白く、悠真はつい話をつなげてしまう。


「今俺たちが話してる言葉を作ったのは人間だからな。本来獣人は鳴き声で意思疎通するもんなんだよ」

「ワタシたち獣人にとっても、共通語は便利ニャのよ。でもワタシのおじいちゃんが古い人だったもんで、村では鳴き声で話しするのを強制されてたニャ」

「へぇ、まだそんな人が居るんだな。もうすっかり廃れたもんかと思ってたぜ」

「廃れてたらよかったのに……おじいちゃんのせいでワタシは同じ獣人にもからかわれるから難儀してるのニャ」


 がっくりと肩を落とすリコット。

 


 こんな調子で、馬車の旅は続いていく。







 ちなみに、猫パンチはエドガーのテンプルとジョーを的確に捉えて繰り出されており、意外と痛そうだった(でもエドガーは平然と笑っていた)。




今回はいわゆる設定回でした。

なるべくただの設定の羅列にならないように気をつけてはみましたが、いかがでしょうか。


感想、アドバイス等お待ちしております。

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