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異世界人と勇者の剣   作者: とんび
第三章 動乱編
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第41話 異世界人たちと森の中の死闘(1)

 


「オラ、来いやあぁ!」


 威勢の良い声を上げてアスベルさんが盾を構える。

 その向かい側からは、体高が人の二倍はありそうな巨大な猪が迫っていた。

 

「ブギィィィイイイ!」


 そして数瞬の後。

 身体強化フィジカルブーストを発動させ速度の乗った猪と、突破バーストを発動させ、赤い光の塊と化したアスベルさんの「衝破噴撃ブレイクバースト」が激突する。


 両者の体重差は十倍を超えるだろう。しかし、鈍い音を残してぶつかった二者は、果たして完全に動きを止めた状態で静止する事となった。


 体重差やそれぞれの速度を鑑みれば、ありえない結果だ。でもそれこそが、無二の能力と呼ばれるアスベルさんの衝破噴撃ブレイクバーストの能力なのだ。

 受けた衝撃力を限りなく減衰させられる特殊な魔身技は、攻撃力をほとんど持ってない事もあって、対人戦では中々役に立つものでもないみたいだけど。逆に言えば、体重差があるような相手には覿面てきめんの効果を発揮するって事だ。

 要するに対巨大生物・対魔獣に特化した魔身技と言う事なのだろう。その力で他の人が狩れないような獲物を狩り続けたからこそ、アスベルさんはAランク冒険者になれたのだ。


「今だ、やれっ!」

 

 静止した状態からジャイアントボアより一瞬早く立ち直ったアスベルさんが、飛び退きながら号令を出す。私たち他のメンバーは、それに合わせるようにして、動きの止まったジャイアントボアに一斉攻撃を仕掛けた。


 突進攻撃をしている相手は普通攻撃がしづらいものだ。速度も出てるし、身体強化フィジカルブーストの防御力強化もある。常に移動を伴うから、魔法や剣の射程に留まらないのも大きい。

 それをこうして集中砲火できるんだから、Aランク冒険者サマサマである。

 まあ何が凄いって一番凄いのは、あの巨大生物の突進を真正面から受け止めようとする、アスベルさんの胆力なんだけどね。


 飽和攻撃を浴びたジャイアントボアは、その後もしばらく抵抗を続けた(流石の生命力だった)。だけど最終的には喉笛を氷柱で貫かれ、失血の後、倒れ伏すのであった。



 ======



 グリードメシリーとの遭遇から五日。

 私たちは相次ぐ野生生物の襲撃に予定を乱されながらも、着実に歩を進めていた。


「恐らくあと二日、いえ、このスピードで進めばおよそ一日で【大森林】の核まで辿り着くでしょう」


 アリーゼ姫がそう宣言した。前回までの開拓団の手による道標が、この【大森林】の中には残されている。スカウトが適宜探索を行い、見つけた道しるべから推測した結論であった。


「みなさん、ここからが正念場ですよ」


 姫様の言葉に、私たちは解体したボア肉に各々噛り付きながら、耳を傾ける。

 どうやら、ここからはこのジャイアントボアの例を見るまでも無く、生物の密度が高くなっていくらしい。

 グリードメシリーもそうだけど、ジャイアントボアクラスの敵であれば、私たちなら危険な敵と言うほどでもない。だけど油断はできないし、戦う数や回数が増えれば負担になるだろう。しかもそれ以上の相手だって、この【大森林】には存在しているのだ。


「上手く疲労を蓄積させないようにはしますが、絶え間無く戦いに身を置く事になるので、覚悟しておいて下さい。それに、まずい相手が出た場合には逃げる選択を取ることもあるでしょう。それも頭に留めておくように」


 行動計画の最後に、アリーゼ様はそんな警告を口にして締めくくった。姫様は取り澄ました顔をしていたけど、対照的に開拓団メンバーの顔は自然と引き締まる。


 生物を殺してしまうと他の生物を集める結果になる。それを【大森林】の核のそばでやってしまうと、核の破壊に注力できなくなってしまう。それゆえ核のそばにはベースキャンプを張らず、移動を繰り返しながら攻撃を行う事になる。それが【大森林】の核を破壊するための計画だった。

 要するに、一日単位での大掛かりなヒット&アウェイと言うわけだ。

 三交代制と言えば聞こえは良いけど、つまりはみんなで手分けして昼、夜無く臨戦態勢を取り続けるって事だ。いっそマラソンに近いかもしれない。もちろん、私はこんなに危険なマラソンなんて、十六年生きて来て一ミリも想像した事なんて無かったけど。


「では、食事と小休止の後、移動を開始します。各自準備を」


 アリーゼ様の言葉を聴き終え、それぞれ食事が済むと行動を開始する。

 残ったジャイアントボアの肉を焼いたり、燃え残った残滓を埋葬する穴を掘ったり。はたまた各員の水袋に飲み水を補給したり。スカウトたちはそれぞれの集めた情報を照合し、現在位置を決め、進むルートを話し合う。


 私たちももちろん働いたし、それはアリーゼ王女だって同じだ。それぞれ身分の差があっても、この【大森林】の中ではたった十三人の、ちっぽけな仲間なのだから。


 しばらくして、私たちはその場を後にした。


 



 ==========





 四日が経った。

 キツイ。


 半日(と言っても時計がないから大体だけど、多分六時間くらい)を掛けて移動し、「核」に攻撃を開始。

 スカウトの索敵の輪を広げ、伝達魔法があるまで削る。

 伝令が無くとも、六時間が経てば移動開始。

 同様の時間を掛けて「核」から離れ、野営。


 これを繰り返してるんだけど、ちょくちょく敵が現れて予定が乱される。

 そこまで大きなロスではないとは言え、それで削られるのは攻撃の時間だ。それはつまり、この長いマラソンの長期化を意味する。


 【大森林】の核は、幹の太さが十メートルくらいありそうな、それは立派な大樹だった。最初は攻撃するのが忍びないくらいだったけど、この中に「秘宝」が眠ってる可能性があるらしいと聞けば、少しは力も入ると言うものである。

 まあ、柳也がふと口にするまで、私も王様の言ってた願いが叶う秘宝の事なんて、すっかり忘れてたんだけどね。アリーゼ様が言うには「何でも願いが叶う」と言うより、「願いが叶うだけのエネルギーを保有する」魔石が、【大森林】の核の中に埋まってる事があるらしい。

 そう言えばあの時アリーゼ王女が困ったような顔してたのは、何でなんだろ。

 絶対魔石があるって言い切れないから、ちょっと控えめな感じだっただけなのかな?


 とにかく、その立派な大樹を切り倒す(正確には魔法で幹を削り倒すんだけど)のに、それはもう湯水のように魔力を使った。なにせ相手はアトムの加護の塊みたいな存在だ。上級魔法を使ってようやく、斧で一撃した程度しか削れない。魔身技を使えば多少効率は上がるみたいだけど、その方法だと武器の方がもたないらしい。

 そんなわけで私を含めた魔法使いは、倦怠感ともすっかり仲良し、お友達状態なのだ。移動と魔力の使用の繰り返しで、中々魔力が回復する余裕が無いのも原因の一つだろう。それに魔法使いの援護が少ない状態で戦う戦士たちの疲労も、少しずつ蓄積してると思う。


 それなのに、核の破壊にはまだ五分目過ぎくらい。正直たまらない。辛くてもう勘弁して欲しい。この感覚はまさにマラソンだ。この世界に来て少し身体能力が上がってるとは言え、しんどいものはしんどかった。


 そしてそれから更に三日。私たちは戦った。

 

 毎日じわじわとしか核の破壊は進まなかったけど、それでも相手は場所を移さない植物だ。繰り返せばわずかずつでも幹は削れるし、目に見えて抉れてる部分も大きくなっていく。

 もう少しだ。みんなが疲労の中でそう思った頃である。

 「奴」が現れたのは。



 ======



「伝達魔法! 内容は……」


 青い波紋が広がり、伝達魔法による短い文章が頭に浮かぶ。

 

――アカノ、リュウ、ヒコウ、セッキンチュウ


 赤の竜、飛行、接近中……?

 伝達魔法は初めに登録した者なら、多少の魔法の素養があれば受信できる。この文章は私たちのパーティみんなに伝わったはずだ(柳也はどう言うわけか受信できないみたいだったけど)。


「赤の竜……体色が赤い飛行能力を持つ竜は、火吹き竜サラマンダーかその上位種の赤竜レッドドラゴンですが……」

「レッドドラゴンなんぞ来られたらやべぇんじゃないのか?」


 アリーゼ姫の呟きに柳也が答える。

 竜種は魔力を溜め込んでも他の種のように魔獣化せず、知能を保ったまま、あるいは高い知性を有するようになって上位種へと成長する。これを至竜しりゅうと呼ぶらしい。

 強さは竜種で魔獣クラスで高い知性とくれば、まあ考えなくても強いってのは分かる。柳也の言う通り、今の私たちの戦力で戦えるのだろうか。


「いえ、それは……」


 柳也の問いにアリーゼ様が答えを返そうとした時である。


「何? 影が!」

「飛行生物! ドラゴンだ!」


 リリィさんが叫び、アスベルさんが怒号を上げる。

 そしてその言葉通り、落下してきた巨大な赤い塊は、羽ばたきと木の幹をクッションにしながら地面へと降り立った。


「これが……ドラゴン……」

「すげぇ……」


 巨大。肉体の圧力。内包する魔力。

 私はつい、感嘆の声を上げてしまった。後ろから聞こえる声は柳也で、多分同じ気持ちだろう。


「シオリ殿、後ろへ!」


 鈍く光る赤い鱗に覆われたそれ・・は、今私の目の前で火の粉を含んだ息を吐いている。竜の降りてきたところがちょうど私の近くだったのだ。対峙する距離は五メートルくらいで、ディノスさんが心配するのも無理はない。


「レッドドラゴンですね」

「姫、どうされますか」

「どうもこうも、向こうは完全に臨戦態勢です。飛行能力を持つ相手から逃げられるとも思えませんし、やるしかありません。それなら……」


 そう言ってアリーゼさまが手のひらに水の魔法を滞留させる。赤竜レッドドラゴンはそれに応じる様に、牽制でもするように火球を吐き出した。

 と言っても、そこは至竜。その火球の威力は上級魔法を軽く凌駕するだろう。私たちは示し合わせたように散開し、それを回避する。が、アリーゼ様はその場を動かず、水の魔法をキャンセルして風の障壁を展開した。


「アリーゼ様!」

「姫さん!」

「姫っ!」

 

 誰もがまさかと声を上げる。

 人一人が操る魔法障壁で耐えられる代物ではないのだ。


 しかし、アリーゼ様の展開した魔法障壁はその周囲に更に魔法の風を纏い、火球を一瞬受け止めて軌道をずらした。

 それはアリーゼ様一人が避けられる程度だったし、障壁も嫌な音を立てて砕け散った。ただ、軌道の変わった火球が向かった先には……。


 大きな爆発と、広がる炎。

 すっと息を吸い込んで吐き出しただけの火の玉なのに、恐ろしい威力だった。

 そしてその威力は、ぶち当たった先、【大森林】の核である大樹の幹を、大きく削り取ったのである。


「戦うしかないなら、利用させてもらいますよ! 全員、位置取りを確認しながら戦って下さい! ブレスは魔法障壁でカット、火球は方向を逸らせます!」

「了解!」

「アリーゼ姫、俺も突破バーストで火球を逸らすの手伝うぜ!」

「突進や尾の攻撃も、これだけ幹の削れた木には打撃を与えられるぞ、全員集中しろ! アトムの加護が無くなれば、野生動物のこいつは弱体化するはずだ!」


 姫様のファインプレーに、全員が奮い立ち声を掛け合う。誰が何を言ったかなんていちいち確認しなかったけど、まあこう言う咄嗟の状況で私と柳也が声を出せる訳もなく、私たちは頷き合って武器を握り直すだけだ。

 それでも自然と、お互いの言わんとする事は通じ合った。

 発揮するのだ。精霊から与えられた、勇者の強大な力を。


 私たちの短く長い、大森林での戦いが、今佳境を迎える。




遅くなりました。

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