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異世界人と勇者の剣   作者: とんび
第三章 動乱編
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第39話 異世界人と生きる意志(1)


 翌日から、それまでよりは少しマシな、悠真とティファの関係が始まった。

 と言っても相変わらず悠真はクエストに出ていて、宿に居るのは二日おきくらいではある。

 宿にいる時間、一緒に食事を摂ったり会話する。そんな小さな変化ではあったが、ティファを気遣う悠真と帰ってきた彼を労わるティファを見て、ニーナはかなり機嫌を直したようであった。

 ちなみに、ニーナの機嫌の下落で最も被害を受けていたパーシーだが(何かしら酷い事を言われたらしい)、いつの間にか事が収まったのを見てしきりに不思議がっていた。何かあったのかと悠真を問い詰め、すげなくスルーされてちょっと寂しそうにしていた。


 そして一週間ほど経ったある日、悠真はティファを狩りへと連れ出した。

 現在ギルドにて取り合いになっている、日帰りで楽なクエストを受ける事ができたのが理由である。

 悠真としては十歳の少女を外に連れ出す事に抵抗はあったが、ずっと部屋の中で待っているティファに気晴らしをさせてあげたかった。またティファが来てくれれば持って帰れる素材の量が増えるし、この先野宿に耐えられる体力が付けば宿代も浮かせられると言う狙いもあった。


「わっ、わっ、虫さん!」


 町を出るまではありもしない人々の視線に怯えきっていたティファだが、森に入ると興味深げに辺りを眺め、事あるごとに驚きの声を上げている。

 彼女が何歳から奴隷身分だったのかはまだ知らないが、奴隷落ちするくらいなのだから、小さい頃から外の世界に興味を示す余裕など無かったのだろう。大ぶりの葉の上に乗った親指ほどもある大きな芋虫を掴んで声を上げるさまは、悠真には非常に微笑ましく映った。


「良い目の付け所だな、ティファ。そいつは食べられる虫だぞ。後で焼いて食べてみるか?」

「た、食べるの?」

「瓶に入れて数時間もすりゃ糞も出し切るだろうし、苦みも無くなって意外と上手いんだ。まあ葉っぱしか食ってないから、苦いのを我慢すりゃ焼いてそのまま食べれるんだけどな」

「へええぇ」

 

 悠真は空の小瓶を背嚢から取り出し、ティファに手渡す。

 うにょうにょと身をよじる芋虫を瓶に入れて蓋をしたティファは、キラキラした瞳で下から覗き込むように虫を観察している。


 町中ではともかく、悠真は二人の時や二枚舌カエル亭に居る時は、なるべく彼女に敬語を使わせないようにしていた。これから彼女をどう扱っていくのか、決めきれない部分はまだまだ多い。しかしそれは、「奴隷として扱わない」と言った悠真の一つの答えであった。

 ティファの方は敬語を使わない事に始め多少の気後れがあったようである。とはいえそれも、少しずつ慣れ始めているようである。悠真が彼女との距離を性急に詰めようとしなかった事も功を奏したのだろう。時間と共に、会話を交わす度に、二人の距離は徐々に近付きつつあった。


 その後も悠真が問われるままに動植物の話をしたり、あるいは悠真から森の歩き方を指南したりしつつ、和やかな様子で森を歩く二人。

 そしてようやくシュートラビットを見つけ、火魔法でそれを狩った直後の事である。


「毛がこげちゃってるね」

「剣が使えないんだから仕方ないだろ。むしろ昔の俺から考えたら、魔法だけで狩れるようになった自分を褒め称えたいくらいだ」

「そうなの?」

「そうなんだよ」


 ファイアジャベリンが横腹に突き刺さり毛皮の焦げたシュートラビット。それを悠真が解体する様子を、ティファが横から覗き込むように眺めている。

 それを見て、悠真は「意外と普通にしているな」などと考えていた。この辺は獣人に残る狩猟本能がそうさせるのだろうか。理科の授業の解剖とかが割と平気な悠真でも、シュートラビットくらいの大きさ(大型犬くらい)の動物の解体は最初、「うわ、グロ」と感じたものなのだが。


「そう言えば、ユーマってなんで剣使えないの? ずっと腰に付けてるのに」

「え? いや、それは深いわけがあってだな……。ん? この声……!?」


 ティファの鋭い突っ込みに若干ごにょる悠真だったが、「クゥルルル」と言う笛の音のような響きに、身構える。

 呼び合うような鳴き声。大口トカゲワイドラプターの声である。だがワイドラプターは、人間を積極的に襲うような生物ではないはずだ。それなのに、声の主は明らかに、悠真たちの方に向かってきている。

 そしてそれらは、ほどなくして藪の奥から姿を現した。


「一、二……六頭か。他の奴ら、ラプターの生息数調整サボってやがったみたいだな」 


 恐らく他の冒険者が、素材として取引される事の多い草食獣ばかりを狩ったせいで、森の捕食者・被食者のバランスが崩れたのだろう。食糧の乏しくなった状態でラプターたちが徒党を組むと言うのはあまり知られていないが、とにかく生態系が崩れないようにするのも冒険者が担う仕事の一つのはずである。

 悠真たちは、そうした怠慢のツケを負わされてしまったようであった。


「ユーマっ!」

「大丈夫」


 怯えた声を上げるティファを自身の後ろに隠しながら、励ますように悠真はそう呟いた。

 対する走竜たちは扇状に広がりながら、血に飢えた様子で悠真に詰め寄る。恐怖でか、ティファはしがみつくように悠真のマントを握りしめる。


「大丈夫、何とかするから」


 そっと、悠真はその手を離させる。


 背後には守るべき存在。敵は圧倒的に数で勝る。分の悪い戦い。

 しかしそれは、悠真が剣を、そして魔身技を使わなければの話だ。


「……」


 不快感に顔をしかめながら剣を構える。

 しかし、心は不思議と澄んでいた。

 舞う血しぶき。崩れ落ちる友人の体。

 そんなものが視界に蘇るような感覚だとしても、生き延びるためなら、と。


「はあっ!」


 気合と共に悠真が剣を振るい、その赤き光と共に戦いの火蓋が切って落とされる。

 とは言えそれは、虐殺に近かったかもしれない。


 最初の突破いちげきが二頭を屠る。

 無詠唱の火魔法が視界を埋め尽くす勢いで投射され、悠真は巧みに自身へと注意を引きつけた。

 ラプターたちの決死の飛びかかりも、悠真の目はしっかりと捉えている。

 ファイアエンチャントを無詠唱で即座に起動し、間隙をすり抜けるように一閃。

 その動作の最中さなか、悠真は無意識の内に起動型魔身技を使用していたが、それに彼は気付いていなかった。


 そうして三度目の突破バーストを振るい、悠真はすべてのラプターの命を刈り取った。


「はあっ、はあっ」


 突破バーストは上位魔身技であり、その威力ゆえに起動型魔身技の数倍の魔力を消費する。

 悠真は他人と比べて魔力が多い方だが、それでも短時間にこれだけの魔力を消費したのはゼットを殺したあの日以来の事である。特に今回はあの時のように諦念に突き動かされたわけではない。突破バーストの連続使用は精神力を大きく削り、身体に影響が出て息が切れるほど、悠真を大きく消耗させていた。


「だ、大丈夫?」

「はあっ、ふうぅっ……大丈夫……」


 心配そうなティファに対し悠真はそう返したが、辛そうなのは明らかである。

 トラウマを押しのけて剣を使った事もまた、この消耗に関与しているだろう。


「さっさとウサギを解体して、もう帰ろう。宿に戻ったら、芋虫焼いてやるからな」


 視界の芯が明滅するような不快感に苛まれながらも、悠真は笑みを作ってそう言った。

 こんな時まで律儀に芋虫の話を持ち出してくるあたりが、悠真らしいところである。しかしこの振る舞いには、「普通にしていたい。そう見せたい」と言う側面もあった。


 ティファは悠真のその意図を敏感に汲み取った。だから彼の言葉に逆らったり無理に休ませたりせず、解体されていくシュートラビットを袋に詰めるのをテキパキと手伝った。


 そして、楽な日帰りクエストだからと言う名目で出発したにもかかわらず、二人はヘトヘトになりながら、二枚舌カエル亭へと帰り着いたのであった。




実は第38話の後半部分となる予定だったものです。

展開を大幅に変えたので、分けての投稿となってしまいました。


それはともかく、感想お待ちしております。

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