第30話 異世界人と力の萌芽
ティバールに戻って、悠真はこれまで以上に鍛錬にのめり込んだ。それはゼットを止めるための準備でもあり、ある種の現実逃避でもあった。
一方で、思い出したように何もせず、宿に引き篭って一日中考え込む事もあり、やや情緒不安定なその様子は周囲を大いに心配させた。
「ユーマ、今日の日替わり定食はボア肉使うから、早く帰ってきたほうがいいよっ!」
「へぇ、じゃあ狩りは早めに切り上げようかな……」
そんな風にニーナが声を掛けてくるのはこれまでにもあった事だ。だが最近はとみに多いと悠真は感じていた。悠真が出掛ける際にわざわざ奥から出てくる事もあるほどだった。
「おうユーマ、聞いたか? ボア肉の事」
それはパーシーも同様である。この時も、二枚舌カエル亭の入口で荷入れをしているパーシーに声を掛けられた。
「らしいな。適当に狩りを切り上げることにする予定だ」
「せっかくだから、酒でも飲んでパーっとやろうぜ! たまに良いだろ?」
「……うーん。いや、やめとく。夜時間があるならトレックのところに行きたいし」
そもそもが真面目で自己鍛錬を欠かさない悠真である。こと最近は色々あったおかげで根を詰めがちなのだが、それを心配したせっかくの提案を、悠真はすげなく断った。
「そうか……」
「悪い。できたら早く帰ってくるから、遅くまで飲んでたら混ぜてくれよ」
「それ帰って来ないやつだろ。まあいいさ、二人で飲むし。俺はその方がいっそ都合良いし」
「できれば早く帰る」とは半ば本心で言ったのだが、実際トレック魔法店での魔法文字の勉強は長引く事が多い。これでは信用されなくても仕方が無いだろう。
悠真は宿の奥へと消えていくパーシーにもう一度「すまん」と言って、ギルドへと向かった。
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ギルドを訪れた悠真。ちなみに時刻は朝である。
「あ、ユーマおはよう」
「おはようライラ」
いつものようにライラが出迎えてくれる。
ギルド内はそこそこ賑わっており、ゴブリンの首領の脅威が去った事が一目で知れるほどであった。実際には度重なる討伐隊の出征によりゴブリン残党がかなり数を減らしたため、さしものリングリーダーも雌伏の時に入っただけなのだが。
ともあれゴブリンたちの目に付く活動が無い上に、騎士侯から「ゴブリンの脅威は取り除かれた」と宣言されれば、長く尾を引いたゴブリン事変も対外的には終息した事となる。後には残党狩りのために集められた冒険者が残り、各々この近辺でのクエストを受けたり、新天地へと旅立ったりしていた。
「久しぶりに来たわねー。また引き篭ってたの? だめよそれじゃ」
挨拶だけかと思ったら、ライラからの追撃があった。
「良いだろ別に。と言うか引き篭ってても何もしてない訳じゃないぞ?」
「じゃあ何してるのよ」
「魔法の鍛錬」
「一日中部屋の中で?」
「そう」
「ふーん……」
ライラは訝しげに悠真をじろじろ眺める。どうにも悠真の健康が疑わしいようだ。
「魔法の鍛錬って、最近トレックさんのとこに入り浸ってやってるやつでしょ? 根を詰めたって結果なんか出ないからやめなさいって」
「根を詰めるねぇ……」
まるで魔法の鍛錬ばっかりやってるような言い草だな、と悠真は心の中で呟いた。
確かに今悠真が力を入れているのは魔法、それも無詠唱魔法の習得である。
しかしもちろん、真面目な悠真の事である。剣の鍛錬だって継続して行っている。筋トレ用の安くてデカい金属斧を買って振り回したり、それを担いで走り回ったりと体力作りにも余念が無い。
それでも魔法にやたら時間を割いているように思われるのは、他の鍛錬に割く時間が変わっていないからだろう。
剣の型はすでに体に染みついているため、一定の数を集中して真剣に振るだけ。筋トレは負荷を上げたところで結局費せる時間は変わらない(断続的に超回復させるならやり過ぎは禁物である)。狩りの時にも実働時間を倍にして(不眠、小休止のみで二十四時間耐久など)スタミナと忍耐力の鍛錬をしているが、実際に出掛けて帰ってくる時間は変わっていない。
それに対して、魔法は暇を見つけてはトレック魔法屋に行って魔法文字を学んでいるのだ。それが目立ってしまうのも仕方の無い事だろう。
「結果はまだあんまり出てないけど、最近手応えを感じてるんだ。だから放っておいてくれよ」
「手応えって……ユーマが今やってるのって無詠唱魔法よね? あなた魔法使い始めて一年半くらいでしょ? 気のせいじゃないの?」
「何やら批判的だな。まぁ構いやしないが」
ライラにしては珍しい強い口調での批判にも、悠真は鷹揚に返す。心配されているのは分かるが、何に対して心配されているのか今一つピンと来ていないのだ。自分が強くなるのは悪い事じゃないのに何を怒る必要があるのか、なんて考えている。
それどころか批判の内容より「一年半」と言う言葉の方が印象に残ったらしく、これまでの年月を思い出して遠い目をしている。
「まったく、意外と頑固なんだから」
溜息をつくライラを尻目に悠真は依頼書を取りに掲示板へと向かった。
戻って来て依頼書を出すと、それを受け取ったライラが、今度は実に心配そうな目で悠真を見つめる。
「ねぇユーマ、ホントに大丈夫なの?」
「何がだよ。今朝も剣の鍛錬をしてきたけど、体はいつも通り動いたぞ?」
「何がってあなた……。もう、いいわよ、大丈夫だって言うなら。知らないからね」
今一つ意思の疎通ができない悠真に、ライラは唇を尖らせてちょっと不機嫌にそう言った。
「心配し過ぎだって」
「ふんっ、だ」
ライラは時折こうして子供じみた反応をする事があるが、これも彼女の愛嬌のひとつである。年の近い年下である悠真に対しての気安さが溢れた振る舞いでもあるし、年上(と言っても二つしか離れていないが)に対して失礼とは思いつつも、悠真はいつも微笑ましく思ってしまうのだ。
「じゃ、行ってくるよ」
「気を付けてね」
「ああ」
何のかんの言って最後まで心配してくれるライラに笑みを返し、悠真はクエストへと出発した。
準備を済ませ町を出た悠真は駆け足で森へと向かう。比喩などではなく文字通り「走って」である。
急ぐ理由はもちろん、ニーナのボア肉料理にありつくためだ。夕方までに戻るためには、いかに目的地の近いクエストと言えど、どこかで時間短縮を図る必要があった。
ちなみに悠真が選んだクエストは、懐かしの「エストの森の害獣駆除」である。悠真が初めてシュートラビットを狩った、ティバールから最も近くの森を対象区域にするクエストだ。
森にたどり着いた悠真は、そのまま足を止めずに適当数のウサギやネズミをさくっと狩り、ついでに小銭稼ぎのため道中見かけた薬草類を採取していく。そして帰りは三十キロ近い肉やその他素材を担ぎ、可能な限り急いで(半ば小走りで)ティバールへと帰り着いた。
必要数の害獣を狩り終えた際には小休止を挟んだとは言え、それ以外は休憩無しと言う、半日でやるにはそこそこ無茶な行程であった。普通の冒険者にとっても、できるできないは別にしてやろうとは思わないレベルの作業量だ。ただ鍛錬の一環として捉えれば、今の彼にとってはちょうど良い負荷なのである。
続けてきた鍛錬の賜物か、こうして元の世界では考えられなかった無茶をする事も悠真には可能になっていた。
街に着いた悠真は持ち帰った素材をギルドにて卸し、二枚舌カエル亭へと帰って約束通りボア肉料理に舌鼓を打つ。
充分堪能した後、悠真はトレックの元へ向かうためすぐに席を立った。
「いやー、ごちそうさん。旨かったよ。前から思ってたけどニーナってやっぱり料理上手いよな」
「そ、そうかな?」
そんな感じでニーナを褒め讃え、晩酌に付き合えない事をフォローしておくのも忘れない。
悠真らしい小細工じみた行為だが、ニーナの料理は実際かなり美味しかったので事実でもある。褒められたニーナも満更ではなさそうだ。
「じゃあ、行ってくる」
「早く帰って来れたら晩酌付き合ってよ」
「分かってる」
部屋に戻って勉強道具を取り、悠真はトレック魔法店へと向かった。
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「じゃ、これ今回の課題な」
「おう」
トレックに問題用紙を手渡され受け取った悠真は、席に着いてすぐにそれを解き始める。問題用紙には「小川」とか「大鍋に入った水を沸騰させるくらいの強火」と言った単語や短い文章、あるいは「ファイアボール」などの魔法の名前が書かれている。
それらを魔法文字で表現するのがこの課題の趣旨であった。
魔法そのものだけでなく、それに類さない自然や物質、事象そのものを描写させるあたり、かなり応用的な問題である。しかし魔法文字の基礎的なところはおよそ半年ほどで悠真が覚え切ってしまい、トレックはそれに合わせて内容をエスカレートさせたのであった。
もちろん基礎と言えど、魔法文字と言う学問は人間の英知の結晶である。本来なら基礎だけでも数年を掛けて学ぶようなレベルの高い学問なのだ。だが元現代日本人、しかも国立大に合格するレベルの悠真は基礎学力からして次元が違う。
魔法文字を使った魔法式と言うものは、文章的に意味を持ち、数式として整合性が取れており、なおかつ図形的な意味も持っている。
それに対し、文章としての理解には、国語や英語が。
数式としての整合性には、数学、化学、物理で式を扱った経験が。
図形としての意味の理解には、数学や物理の面積計算、化学や生物で出てきた化合物の構造を理解するための思考力が。
元の世界での勉強は今この時のためにあったのだと言ってしまえるほど。受験のために学んだ学問は魔法文字の理解に役立った。
この複合的で総合的で、それゆえ恐ろしく高度な学問に悠真はのめり込んでいた。「根を詰めている」と言われるほど時間を費やしても彼がそれほど苦にしていないのは、それが理由であった。(ちなみに、語彙はまだ足りないながら、語句さえ分かれば人語魔法を自分で作れるくらいにはなっている)
「ユーマ、ここの修辞の使い方おかしいんじゃねぇのか?」
「いやこれは、こっちに掛かってるんだよ。図形的に綺麗に収めようって意図なんだが」
「あー、なるほどな。それでも良いが、修辞する語が遠いとむしろ魔力の無駄が多くなるんだよ。事象を説明するだけなら問題なくても、魔法として発動させるなら必要魔力は少ない方が良い」
「なるほど……」
課題の解説をしながら、トレックは魔法文字の最適な取扱いのコツを教えていく。悠真が「自分なりのやり方」を持ち始めている事もあり、久々に魔法の高度な会話ができて魔法バカのトレックもご満悦である。
「それで、無詠唱魔法の方はどうなんだ?」
ひとしきり解説を終えて一旦の休憩とし、出がらしの茶を淹れながらトレックはそう尋ねた。
無詠唱魔法の習得は悠真が魔法文字について勉強し始めた動機である。勉強する事そのものにも夢中になっている悠真だが、もちろん無詠唱の練習も欠かしていない。
「ふふふ、聞いて驚け。昨日何回か成功した」
「マ、マジかよ!」
悠真の答えに、トレックは驚きに目を見開いて声を上げる。
昨夜悠真は、いつものように執拗な書き取りで魔法式のイメージを補強しつつ、無詠唱魔法の練習を行い数度の成功を収めた。ライラにはどうせ信じてもらえないと言わなかったが、彼の感じた「手応え」とはこの事である。
成功率自体はまだおよそ一割ほどと散々だが、大きな一歩と言って良いだろう。
「どうやったんだよ。何かコツとかあんのか!?」
「トレック先生、落ち着きたまえよ」
「もったいぶらずにさっさと言えよこの野郎ぉ!」
芝居がかった様子でドヤ顔の悠真に、トレックが言葉も汚く詰め寄る。無詠唱魔法はトレックとて使えないのだから、彼が天狗になるのも無理もない。
「コツ、かどうかは分からないんだが、ちょっと気が付いた事がある」
「ほう、ほうほう!」
「実はな……」
師エドガーを真似てか、指揮棒のように人差し指を立てて振りながら、悠真は語り始める。
彼が無詠唱魔法について気が付いた事。
それは無詠唱での魔法の発動に、「魔法文字のゲシュタルト崩壊」が必要である、と言う事であった。
魔法文字が作られた背景は、人間が精霊魔法を再現しようとしたところにある。
精霊魔法は、生命以外の万物を司る精霊との繋がり(あるいは契約)の下、魔力を対価にして発動する。あくまでも魔法が生じる基盤は精霊の方にあり、本来的にはイメージと魔力のみが精霊魔法に必要なものなのである。(呪文はイメージを補強するもの、という位置付け。人のイメージ力には限界があるので、普通は不可欠なものである)
その精霊魔法を再現しようとする魔法文字、魔法式に必要な事。それは「人間が理解できるもの」であり、かつ「精霊が理解している事」を表現している、と言う事であった。
具体的に言えば、魔法文字の持つ文章的・数式的な意味は、人間の理解を論理を以って助けている。そして魔法文字の図形的な意味は、精神構造の異なる精霊の理解している事を、その抽象性を以って表現しているのだ。
では、これをゲシュタルト崩壊させるとは。
いったい如何なる事を意味しているのか。
ゲシュタルト崩壊は文字を繰り返し書いたり使ったりする事で、その文字の持つ意味が薄れ、形として捉えてしまう意識上の錯覚である。これを魔法文字に当てはめれば、人間が理解するための文章的・数式的、つまり論理的な意味が薄れ、後には図形的に表現された「精霊の理解」のみが残る。
要するに無詠唱魔法とは、「人間ができ得る限り極限まで精霊の精神に近づいた時」に成功するものなのである。
「……と、言うのが俺の考えた理屈なんだが、どう思う?」
「うーん……」
悠真の話を聞き、手をあごに当ててトレックは考え込む。
「つまり、魔法文字の図形的な意味だけを学んでおけば良いって事なのか? そりゃいくらなんでも、簡単すぎるぜ。そんな程度の事、もう誰かがやってるはずだ。俺だって考えた事くらいはあるし」
「その辺は俺も思ったな。ただ、この理屈を考えついてから図形的な意味だけを思い浮かべてやってみたんだが、まったく成功しなかった。その辺詳しくは分からないが、たぶんゲシュタルト崩壊して意識が錯覚する、ってのが重要なんだと思う」
「ふーむなるほどなぁ」
なるほどと言いつつも今一つ納得がいかない様子のトレック。それを見て苦笑を浮かべながら、「まぁすぐには納得できないだろうな」と悠真は考えていた。
悠真とて自分が無詠唱に成功した時は驚いたのだから無理もない。ゲシュタルト崩壊が要因である、と言う話もまだ推論の域を出ていないし、首をひねる要素はまだまだ残っている。
「って言うか意味は理解できたが、ゲシュタルト崩壊なんて言葉聞いた事ないぞ。そんなの誰に教えてもらったんだ? まさか自分で考えついた訳でも無いだろ」
納得いかないところはひとまず保留としたのか、トレックは気を取り直すようにそう言った。
それを聞いて、固有名詞だから翻訳されないのか? と悠真は一瞬首を傾げる。
ファイアボールなどが大丈夫な以上、日本語だろうが外国語だろうが翻訳はされているはずである。日本のことわざを言って理解されなかった事もあるし、それと同じようなものだろうか。(ちなみにゲシュタルトはドイツ語で「形、形態」と言う意味である。「ゲシュタルト崩壊」と言う心理学用語として捉えれば固有名詞と言えなくもない)
「それはあれだ、俺は異世界人だから、元の世界の言葉だよ」
良く分からない翻訳の基準に相変わらずもやもやしたものを感じつつ、悠真はいつもの注釈を付け加えた。言い方がやや投げ遣りな感じなのは、エドガーと別れて以来、誰にも悠真が異世界人であると言う事実を信じてもらえていないからだろう。
「え、あの話マジだったの?」
トレックにも以前話していたはずだが、やはり信用していなかったようである。
「俺は一度たりとも嘘だって言ってないし、冗談めかしても無いんだが」
「うっわ、マジだったのか……。異世界人なんて初めて見た」
「知り合ったのは一年半も前だけどな」
流石に魔法に関するの話をしていて茶化したりはできないようで、トレックはようやく信じたようである。悠真が溜息を吐きながら最初に会ってからの年月を告げると、彼は申し訳無さそうにぼりぼりと後ろ頭を掻いた。
「いやあ、すまん。異世界人は数百年に一度って言い伝えが頭にあってな。十年前に現れた勇者が異世界人だって話を聞いてたから、お前の方は騙りだろうって思い込んでたんだよ。実際勇者が居た頃はそう言う騙りも多かったし」
「え、十年前の勇者って異世界人だったのか? それ初耳だぞ」
「まあ噂だけどな」
「そうなのか……戦争の後その勇者ってどうなったんだ?」
「行方不明って話だな」
「ふーん……」
もしかして元の世界に帰ったのだろうか。帰る方法がある、のだろうか。
それは、いつの間にか忘れていた目的のひとつだ。だが今の悠真にはそれほど重要なものであるようには思えなかった。
この世界で生活してそろそろ二年弱が経とうとしている。その中で得た能力やしがらみ、繋がりは、悠真の元の世界に帰ろうと言う意志を薄れさせていた。
(それに……)
今の悠真には目的がある。
前回は手ひどくやられたが、ゼットを止めると言う意志はまだ萎え切ってはいなかった。
「さて、じゃあ続きやっか……と言いたいところだが、お前もう帰れ」
一つ伸びをした後、トレックはそう言って解説に使った資料を片付け始める。
「えぇ? 何でだよ。まだ時間あるし、いつもならこれから実践練習だろ」
唐突に言われ、悠真は困惑する。無詠唱魔術の話をしたのだから、絶対にそれを見たがると思っていたのだ。
「だってお前……来た時から思ってたが、ひでぇ顔してんぜ?」
「顔が悪いのは生まれつきだよ」
「いや、冗談じゃないって。なんかやつれてるし、目元もどんよりしてるしな。流石にそんな奴に何回も魔法を使わせるほど鬼じゃねぇよ。今日はぐっすり眠って、明日も一日何もせずにゆっくりしたらどうだ?」
悠真の冗談めかした返しにも付き合わず、トレックは彼を席から立たせ、戸口の方に押し促す。中庭に通じる方のいつもの扉でなく、店の入り口の方に向かわせられれば、帰宅以外に悠真が選べる選択肢は無かった。
「ええぇ、そんな事言われても……」
「帰っても今日は魔法使うなよ? それに明日もな。それから魔法の事考えるのも禁止だ。とにかくボケっと過ごせ。分かったな?」
「無茶言うなよ」
「宿の食堂で酒でも飲んでくだまいてりゃあ、一日なんてすぐだって」
「うわ、タチわりぃ」
抗議の声を上げながらも特に抵抗せず、背中を押されるままに悠真は店を出た。
振り返れば戸口には、ここは通さんと言わんばかりにトレックが立っている。
「はあ……じゃあもう帰るよ。またな」
「おう、帰れ帰れ」
結局、色々注文を付けられた上に追い出される形で、悠真は魔法屋を後にするのであった。
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帰り路の最中、悠真はある事を考えていた。
考えるなボケっとしろ、と言う魔法の師トレックの言葉はさっそく無視されているが、これは律義さを勤勉さが上回った事と、彼の悩み症ゆえの事であった。
悠真が考えていたのは、彼の中にあるひとつの予感である。
(おそらく……魔身技は)
魔法式のゲシュタルト崩壊と無詠唱魔法の関係。その概念は、魔身技の習得にも当てはめる事ができるのではないか。無詠唱魔法の時のように論理を脱した先に、魔身技を会得する鍵があるのではないか。
その推量の果てに、自身の魔身技習得は近いという予感が彼にはあった。
エドガーは魔身技に至る道のりを、鍛錬する論理を持ち、論理を合理に鍛え上げ、合理を体に覚えさせた先にあると言っていた。
論理とそれを鍛えた合理はある。エドガーに与えられた剣技は恐ろしく理にかなったものだ。
その次の「体が合理を覚える」と言うステップはどこまでを指すのか。それは悠真には分からなかったが、彼自身の主観ではもうかなりのところまで来ている。エドガーの剣技は、毎日なぞっている内に悠真の体に適応して若干変化しており、既に悠真の剣技と言っても良いほどなのだ。
準備は既に整っている。しかし実現が叶わないのは、きっかけが無いからだと悠真は思っていた。そのきっかけこそが、無詠唱魔法習得の概念であった。
ゲシュタルト崩壊するように、剣技が合理のまま、それを脱ぎ捨てて身に沁みつき、意識せずそれを実行できるようになれば。
そして、
「魔身技さえあれば、俺は……」
そんな悠真の呟きは。
その言葉の先にあるものは。
それ以上悠真は口を開かず、言葉は意味を持たないまま、夕闇の中へと消えていった。
設定回じみてますね。
目が滑りまくってたら申し訳ないです。
とにかく今章のラストまで、カウントダウンの始まりです。




