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異世界人と勇者の剣   作者: とんび
第二章 冒険者編
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第29話 異世界人のポイントオブノーリターン(2)

 十日後である。

 宿屋の二階に宿を取り、悠真は商人の邸宅を伺っていた。

 

 奴隷を扱っているからなのか、はたまた商人の才覚かは分からないが、ティバールでは見ないレベルの豪邸である。

 外から見える護衛の数はそれなりで多いと言う印象はない。メインターゲットの商人自身は出かけているが、家族共々皆殺しにされた商人の話は有名な事件であるため、護衛がこれだけという事はないだろう。出張ってきていると言う騎士が商人の方に行っているとしても、おそらく屋敷の中にはそれなりの数が詰めているはずだ。


 しかし、ここをゼットが襲撃すると言うのだろうか。

 悠真の中には未だにそんな疑念が残っていた。

 自称情報屋に教えられた日時は今日この時間で間違いない。だが戦えない者を狙い撃ちにするなど、誇りを重視する獣人には有り得ない行為にも思えるのだ。

 

「……いや、大事なものを奪う事こそが目的……なのか?」


 呟いた悠真が思い浮かべたのは無念の中で処刑されたイゴールだった。

 ゼットをはじめ、人間に大切な人を奪われた獣人は数多くいるだろう。その彼らの意趣返しだと考えれば動機は立つ。

 それほどまでに獣人は追い詰められ、虐げられてきたのだ。その事実を、改めて目の当たりにしたような気分だった。


「ふぅ……」


 思考を一区切りさせる。

 外から気付かれないよう窓際に寄せていた身を離し、一息つく。


(完全なエゴだと分かってはいるんだけどな……)


 ゼットがこれ以上道を踏み外さない内に、と今日この日に臨んだ悠真だが、自分の行動の不合理さは理解している。

 獣人を説得するなど、この国の大多数の人には理解されない行動だ。護衛に事情を話しても当然門前払いだろう。それゆえ悠真はゼットと接触するために襲撃時の混乱を利用する事を考えていた。

 もちろん、そんな事をすれば余計に混乱を加速させる事になるのは想像にかたくない。護衛側にとっては明らかな妨害行為だ。それが原因で犠牲が増えるかも知れない。

 だが。

 それでもやる。

 他人の迷惑を顧みない程度には、悠真はゼットを説得する事に対して強い執着を持っていた。


(……さて、もうすぐ時間だな)


 悠真は装備の最終チェックを始める。強襲装備のため、武器と防具以外は、右腰のベルトの上に縛り付けた中級ポーションの細い小瓶のみである。


(あのオッサンは……なんで俺に教えてくれたんだろうか)


 スケイルメイルに近い帷子かたびらを着付けを確認しながら、悠真は情報を与えてくれた男の事を考えていた。個人的事情とは言っていたが、あの男にはかなりの事情を話している。悠真がその情報を使って場を引っ掻き回す事くらいは想像が付いたはずだ。

 それでも尚、自分に情報を与えてくれたのは何故だろう。

 悠真は少しだけ疑問を感じる。


 だが悠真がその疑問に対しての考えをまとめる前に、にわかに商人の邸宅が騒がしくなった。


「来たか……!」


 そう呟いて、悠真は部屋から飛び出した。



======



 商人の邸宅では人間と獣人の戦いが繰り広げられている。すでに門番も戦いに加わっており、塀の中を容易に覗き見る事ができた。


 目の前に広がる光景を、この時悠真はほとんど現実感なく受け止めていた。

 狩りをしている時は野生動物が相手であり、闘技場でも一対一が普通なのだ。こうして獣人と人間が入り乱れるようにして争う光景は、この世界に来て荒事に慣れた彼にとっても、非日常以外の何ものでもない。


 その非日常の中を、悠真はそっと進む。

 ゼットと幾人かの獣人が護衛を突破して屋敷の奥へと進むのを見やり、それを追う。


 屋敷に入ると、悠真はゼットを見失ってしまった。

 どこへ行ったのか。

 広い屋敷だが外で行われている戦いに比べて中はまだ静かなものだ。

 悠真は耳を澄まして居場所を探る。戦いが始まれば、音が聞こえるはずだ。


「い、いやあぁあぁぁぁ!」


 聞こえた悲鳴はそれほど遠くではない。悠真は悲鳴が聞こえた方向に走る。


 屋敷の広い廊下の先、扉の前にはいくつかの死体が転がっていた。

 人間が四人に獣人が一人。赤く染まった廊下。激しい闘争の跡だった。

 

 扉を開ける。


「何だ、まだ護衛が居たのか。だが遅かったな」


 こげ茶色の毛並の獣人が、倒れた女と金切り声を上げてそれにすがり付く少女を見下ろしていた。

 獣人の風貌は筋肉の隆起した体格、面長で鬣のような髪型からおそらく馬の獣人だろう。


「お母さん! おかあさぁぁぁん!」


 泣き喚く少女の言葉から、女と少女は奴隷商人の家族である事が分かった。

 商人の妻の傷は深く、今尚出血は続いている。血溜まりの広がるスピードから悠真はもはや助かる余地は無いと直感する。そして少女も、獣人が今にも振り下ろそうとしている大剣によって命を刈られようとしていた。


「くっ、ファイアスプラッシュ!」


 悠真はとっさに短縮詠唱を行い、飛び出す。注意を引き付けるならファイアバルーンが適切だが、悠真は他の獣人を呼び寄せる事を嫌ってファイアスプラッシュを使用した。


「ちいっ!」


 火球が弾け、撒き散らされた散弾に獣人が動きを止める。

 ダメージはほとんど無いだろう。しかし心構えの無い状態で浴びせれば、火魔法は最初の一度限り、相手を怯ませるのに高い効果を発揮する。


 生まれた一瞬の隙に少女と獣人の間に体を滑り込ませた悠真は、再度振り上げ叩き付けられた大剣を受け止めた。


「ぐうっ……」


 衝撃はギリギリで間に合ったファイアエンチャントにより減衰される。しかしそれでも、いなす余裕が無かった悠真の骨が軋むほどの威力であった。

 

「邪魔しやがって、キサマも殺してやる!」


 身体強化フィジカルブーストの赤い光を立ち上らせながら、獣人が大剣を振りかぶる。

 悠真はそれを、剣を構えて迎え撃った。


 そして数合、魔法と剣戟の火花が散る。

 繰り広げられた戦いは、悠真本来の戦いとはかけ離れたものであった。


 少女を後ろに背負って戦ったせいで、身体強化フィジカルブーストを使った獣人と「打ち合う」と言う愚を犯す羽目になったのである。

 最初の数合はなんとか受け流したが、肩や二の腕を衝撃の緩和に使っても、無事でいられたのはわずかに二合。その後は片腕が痺れて使い物にならなくなり、最後には大振りの薙ぎ払いをまともに剣で受け止めてしまう事になった。


「ぐぁっ! くそっ……」


 何とか剣は取り落とさなかっただけでも僥倖だと言えるほど。

 状況は最悪である。


 後ろには未だ泣き喚く少女が居る。片腕は動かす事もままならない。

 頼みの魔法も、広いとは言えない室内で身体強化フィジカルブーストを使う獣人と相対しては、闘技場での戦いほど役に立たない。

 そもそも悠真が戦いの中で使える魔法は牽制以上の意味を持たない。身体強化フィジカルブーストの防御を突き破って実ダメージを与えるクラスの魔法は、まだ剣を持った状態で発動する事ができないのだ。


 しかしそのような状態でも尚、悠真は少女を庇おうと動く。

 他者の迷惑を顧みない意志を持ってここにいる悠真だが、目の前で殺される少女を見殺しにできるほどの覚悟は無かった。


「魔身技も使えない雑魚が」


 獣人は吐き捨てるように言って再々度剣を振りかぶる。

 だが、部屋に入ってきた者に反応して馬の獣人は手を止めた。


「おい、ガスパー、まだ終わらねぇのかよ。もうすぐ騎士が来るぜ?」

「……ゼットか。もう終わる。待ってろ」


 ガスパーと呼ばれた馬の獣人はゼットを一瞥して剣を握り直す。

 一方双剣を構えた状態で入ってきたゼットは、悠真を認めると目を見開いた。


「ユーマ、お前、何でこんなところに……!」

「あん? 知り合いか? 人間だぞ」

「ああ、冒険者やってた時に付き合いがあってな……」

「そうかい。じゃあお前に任すわ・・・。先に行ってる」


 馬の獣人は含みを込めてそう言うとさっさと部屋を立ち去って行った。

 「任す」と言う言葉に込められた意味は、少女の始末か悠真の始末か、はたまたその両方だろうか。


 ゼットはガスパーが部屋を出て行くのを見送り、悠真へと向き直る。


「よぉ、久しぶりじゃねぇか。ここに居るって事は奴隷商に雇われたのか?」


 声色はごく普通の様子であった。だが表情からは憎悪がにじみ出るようで、瞳に映る光も暗い。

 本当にこれを説得できるのだろうか。

 本人を目の前にして、悠真は改めてそう思った。

 だがやらねば、彼を止められる可能性はゼロなのだ。

 このまま何もせず、ゼットが人と獣人の闘争に巻き込まれて行くのを止めたい。そしてもはや数ヶ月も過去の事になってしまったが、ミグスを弔い、できればミグスが居た頃のような関係を取り戻したい。

 その想いを胸に、悠真は口を開く。


「違う。俺はお前を説得しにここまで来たんだ」

「説得だぁ?」

「そうだ。俺は、お前にはこんな事をして欲しくないんだよ。そりゃ俺は力を持たないただの冒険者だけどな。一緒に旅して、一緒に冒険したやつが復讐に捉われてるなんて嫌なんだ」


 剣を杖にして立ち上がりながら話す悠真を、ゼットはじっと見つめている。


「……なあゼット、彼女を見ろよ」


 悠真は剣を床に突き刺し、手のひらで指し示す。そこには母の遺骸に縋り付いて泣く少女の姿があった。


「彼女とその母親は戦う力を持たない弱者じゃないのか。それを積極的に襲おうなんて、獣人の誇りはどこに行ってしまったんだよ。復讐なんてもう止めろ。それは誇りを捨ててまでやる事じゃない」


 手の痺れと薙ぎ払いを受けた時に痛めた脇腹の痛みに顔をしかめながら、悠真は懇願するように言った。 


「誇り、誇りか」

「ゼット……」


 だが悠真の言葉を聞いたゼットの口元には、皮肉気な笑みが浮かんでいた。


「くくく、誇りをどこにやっちまったかだって? 今ここを襲ってる獣人だってな、元々はどいつも誇りを持って生活していたさ。誰もが皆どれほどに虐げられようと、馬鹿にされようと誇りを捨てず生きていた。俺たちは、人間と戦争をして負けた。家族を失ったのはお互い様だし、負けた方がその恨みを受ける羽目になるのだって理解できていたんだよ! ……けどな」


 笑みは獰猛な怒りへと変化する。

 見ればその瞳には、凄絶な憎悪の光が揺らめいている。

 

「お前ら人間は戦争の恨みじゃねぇ。苛めたいから苛める、貶めたいから貶める。俺たち獣人を自分の欲望のままにぶっ壊しても良いと思っていやがる!」


 ゼットはイゴールの事を思い出しているのか、剣を握る手がぶるぶると怒りに震えている。

 イゴールは、人間が自分の功績を守るために無実の罪を着せられた。それでも彼は自身の誇りを守り抜き、人間の善性を信じて処刑され、死んだのだ。


「お前らを相手にしてるとな、自分が誇りを守ろうとしてるのが馬鹿馬鹿しく思えてくんだよ。だから俺たち・・・は誇りを捨てた。今までやられた分を、他の獣人の分までやり返してやるってな!」


 獣人の持つ誇りを刺激すれば説得できるのではないかと、悠真は考えていた。だがそれは大きな間違いだったようだ。やられた事をやり返す復讐に目が眩んでいる部分もあるかもしれないが、ゼットに「誇りは捨てた」とまで言わしめた覚悟ある行動なのだ。 


 悠真は迫害されてきた獣人の苦しみを理解できていなかった自分を嘆き、そこまで追い詰められた獣人を思いやって俯き、唇を噛む。

 もはや説得の芽は、潰えた。


 だが悠真はそれでも少女を背後に、ゼットの前に立ちふさがる。

 顔を上げ、決意の目をゼットへと向ける。


「何だ、邪魔すんのか」

「もう、あの頃には戻れないんだな」

「女々しいぜ、悠真。もう戻れねぇ。お前やミグス、ライラさんや教官の居るギルドでの生活にはな」

「だったら、俺はお前の復讐を止める。何度でも止めてやる。もう俺には、それくらいしか……」

「はっ、邪魔くせぇな。それにお前の強さじゃ無理だろ。無駄死にだぜ?」


 悠真はゼットの言葉を無視し、痛む体を押して構えを取る。

 ゼットもそれ以上言う事は無いと剣を構える。

 ふたりの間に戦意が生まれ、場に満ちる。


(右腕の痺れは取れてきた……。中級ポーションを飲む余裕があるか?)


 ゼットの説得を行っている時にさり気なく飲んでいれば良かったのだが、その時悠真にそんな余裕はなかったし、後の祭りである。

 後悔を振り払うように、悠真は意を決して手を右腰に回した。

 ポーション瓶を取り出して口で蓋を開け、瓶に口をつけようと蓋を吐き出したところで、


「しっ!」


 魔身技「疾風ファストムーブ」の赤い残光を残して、ゼットの白刃が閃く。

 悠真は手首を強かに打たれ、衝撃でポーション瓶を手放してしまった。


「らぁっ!」


 更に数撃。

 悠真も迎撃するが、片腕が使えない状態ではゼットの双剣に言い様にされてしまう。そして剣を打ち払われガラ空きになった正面に、ゼット渾身の前蹴りを打ち込まれた。


「がっ、がはっ」


 体重と魔身技の乗った前蹴りは悠真の肋骨のいくつかをへし折った。

 床を転がり倒れ、悠真は痛みに喘ぐ。


 手加減の無い強烈な攻撃。だが剣を打ち込めるタイミングでゼットはそうしなかった。手首も剣の腹で打たれたため骨が折れたようだが、刃を使われていれば手首から先が無くなっていたはずだ。


「だから言ったろうが。お前じゃ無理だってな。……だがま、今回だけは知り合いのよしみで殺さないではいてやるよ。ただ次に目の前に現れたら、必ず殺す。覚えとけ」


 コツコツと靴音を響かせながら、ゼットはそんな風に言った。もしかすると、悠真がゼットの事を考えて行動したというその一点だけは伝わっていたのかもしれない。


「ゼ、ット……」


 鳩尾に蹴りを食らい、しばしの窒息に目尻に涙すら浮かべながら苦しみに耐えていた悠真が目を上げる。その先には、剣を両手にゆっくりと少女に近づくゼットの姿があった。


「や、やめっ、ろっ」


 悠真のかすれた声はゼットには届かない。

 そして体中が痛み動く事ができない悠真の目の前で、ゼットはすすり泣く少女を刺し殺した。





==========





 その後、ゼットを含めた獣人たちは騎士たちの到着と入れ替わるかたちで退却していった。

 悠真は襲撃の生き残りの一人として騎士団に保護され、治癒術を施された。

 ゼットが少女を殺すシーンを見て悠真はかなりショックを受けていた。宿にしばらく引き篭りたいと、そんな風に思っていた。

 だが騎士団に守られ生き延びた奴隷商人によって悠真が部外者である事が分かり、しばらくの間尋問を受ける事になった。「獣人が襲撃しているところに通りかかって助太刀に入った」と言い逃れ、なんとか解放されたのはその一週間後であった。


 説得が上手くいかなかった上に、力無き者を殺すところを見せられ悠真の心は沈むばかりである。剣の鍛錬をするうちに少しずつ持ち直してきたとは言え、「次に会ったら殺す」とまで釘を刺されている以上、今のところ悠真にできる事はあまり無かった。


 一ヶ月ほど掛けて、失意に暮れた悠真はティバールへと帰還した。




もっと頑張ります。


数多のプロット変更により時間がかかってしまいました。

その兼ね合いもあって前回、今回のタイトルが、若干タイトル詐欺的になったかもしれません。しばらくしてからタイトルが変わっていたら「そういう事なんだな」と思っていただければと思います。

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