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異世界人と勇者の剣   作者: とんび
第二章 冒険者編
23/59

第21話 異世界人と黒死の恋人(1)


 翌日、三人は改めて冒険者ギルドを訪れた。午前中を掛けてリオ河流域への旅に必要な物資を買い込み、出立前の腹ごしらえと新しいクエストが無いか見に来たのである。クエストを確認するのは近辺の流域や森でできる手頃なクエストを探すのと同時に、グリフォン関係のクエストが出て競合する冒険者が増えないか警戒するためでもあった。


「よーし、グリフォンのクエストは出てねぇな」

「受けるクエストはこの辺りっすかね」


 しばらく掲示板の前をうろうろしていたミグスが持ってきたのは、リバータイガーの討伐依頼である。リバータイガーは河童のような外見をした生物、と言うのは悠真の意見である。実際には緑と黒の縞の毛並、太い手足、牙と爪、たまに二足歩行もするなど、河童と言えるのは頭の皿の部分くらいなのだが。妖怪関係から例えを引っ張ってくるのなら水虎の方がまだ似ている。

 このリバータイガーは肉食で、商人が使役する馬なんかを襲ったりするので、リオ川流域の街道付近で見かけられると討伐依頼が出されるのだ。


 ところで、ウサギだのネズミだのイノシシだのと、悠真はこれまでさほど異世界っぽさの無い生物ばかりを相手にしてきた(異世界っぽいのはラプター、ゴブリンくらいか)。それがここにきて、グリフォンとリバータイガーというおよそ元の世界では考えられない生物を相手にしようとしている。

 しかし、この世界ベロムンドの人々はそれをして「魔物、モンスター」という呼称は決してしない。彼らにとっては「魔」と冠する存在は、すべからく生命の理から外れた存在なのだ。もっと禍々しいものらしい。もちろん魔獣もそこに含まれており、自然発生した魔力溜まりなどで生活する野生動物が、その身に魔力を溜めこみ、それが暴走して生命異常をきたすのが魔獣だと言われている。


「まあ、天才ゼット様が居るからリバータイガーくらい大丈夫だろ」


 もの凄く嫌そうな顔で、悠真が投げやりに言った。

 悠真の服と装備の隙間から、打ち身に張り付けた湿布がところどころ見え隠れしている。それらが先日の勝負の結果を歴然と物語っていた。


 要するに、悠真は負けたのである。しかも結構完膚無き感じで、悠真は今の自身の技術ではゼットの双剣の手数、そして腕力を含めた体力を覆す事は無理だと悟ったのだった。流石に勝てるとは思ってなかったが、良いところまで行けると思っていただけに、内心結構気落ちしている悠真。だが彼が嫌そうにしているのはそれによるものではなく、勝利者権限で言い渡された「一週間天才ゼット様呼び」のせいであった。

 はじめゼットのこの言葉を聞いた時、悠真はそんな恥ずかしい呼ばれ方で良いのかと思った。それなら存分に言ってやろうと、からかい半分呼び始めたのだが……。


「へへへ、任せとけって!」

「むう……」


 呼ばれる当人が嬉しそうだと、言った悠真の方が恥ずかしいのである。


「ユーマの罰ゲームなのに内容はゼットの罰ゲーム……と見せかけて、実際はユーマの罰ゲーム、っすか。わけ分かんねぇっす……。まあいいや、オレはクエスト受領してくるっす」


 ゼットとユーマのアホなやり取りを見て呆れたようにぶつぶつ言いながら、得意気なゼットと「ぐぬぬ」状態の悠真を残し、ミグスは受付へと向かった。

 

 残された悠真は、もうしばらくクエストを見て回る事にした。悠真に罰ゲームを執行してややご機嫌のゼットは、昨日も座っていたテーブルの席に腰かけて装備の点検をしている。


「何だこれ?」


 ゆっくりと歩きながら、そろそろ端っこかなと立ち止まったところで、「市街クエスト」と書かれた一画が目に入った。

 よくよく見れば街中での軽作業、つまり低位のEランククエストを始めとして、いくつかクエスト依頼書が張り出されている。それを見た悠真は首を傾げた。ティバールではこのような分け方はされていなかったからだ。


「何でわざわざこんな……って、あ……」


 小さく声を上げた悠真の視線の先。そこには「テロリスト駆除の補助戦闘要員、募集」というクエスト依頼書があった。

 内容は名の通りテロリストを排除するというものだ。しかし文面は「テロリスト=獣人」と言う事をさも当然のように語っている。「テロリスト」の他にも「反王国派」と言った言葉で人員の募集を煽り立てるその文章は、淡々とした情報が記載される他の依頼書の中にあって、ひと際異彩を放っていた。


 この依頼書を読んで、悠真にはある推測が芽生えた。それはこのリルマールでは、獣人が今だ「敵」であるのではないか、と言う事だ。終戦から十年。もはや敵ではなく、身分、境遇の違いはあれど同じ国民となったはずの獣人が、である。

 それは過去の栄光にしがみつく獣人たちの妄執か。はたまた理不尽に虐げられる獣人たちの怒りか。どちらが先か、あるいはその両方かは悠真には判断できない。だが、これは国にとってあまりうまくない・・・・・状況なのではないだろうか。獣人がテロに走れば安価な労働力は減るし、不安を感じた領民は獣人と見れば虐げてしまいたくなる心境にもなるだろう。いわゆる負のスパイラルである。これでは差別など無くなりようがないし、獣人の不満は溜まる一方で、先には反乱と粛清が待つのみだ。


「何だろう……何か引っかかるな……」


 ぽつりと悠真は呟く。

 人間から獣人、獣人から源獣人と言う風にけ口を作って不満をコントロールするのがアーシェリング王国のやり方のはずだ。だがその強かな国のイメージと、今人間と獣人が置かれている状況が噛み合わないのだ。


「俺の考え方が間違っているのか? ……と言うか、また戦争になったりするんだろうか」


 悠真は掲示板の方を向きながら、さらに思考を進めていく。悠真の予想が正しければ、近い未来、争いが起きて多くの血が流れるだろう。その時、自分はどうするべきか。それまでにできる事はあるのか、それを深く考える。


 しかし、その結論に至る前に、悠真は思考の渦から引き戻される事になる。





 ==========





「お願いです! お願いですから!」


 ギルドのざわめきの中にあって、ひときわ高い声が響き渡る。その声はギルドホールの一画を占める食堂から発せられていた。

 

 女の必死の声色に、ギルドの冒険者たちはそちらに目を向けるが、ほとんどの者は関わるつもりは無いとばかりにすぐに視線を外す。だが悠真とミグス、そしてゼットはその声色に敏感に反応し、その声に反応したお互いを認めて頷き合い、女の元へと足を進めた。

 女の声に、ゴブリン事変で悠真たちがティバールを出発する際、「恋人を助けて下さい」と何度も懇願した女性の声色と、同じものを感じたからである。


「あのなあ姉ちゃん、そんなに言うなら依頼を出せってさっきから言ってるだろ? 俺たちゃ慈善事業をやってるんじゃないんだ」

「でも、私その、持ち合わせが……」


 悠真たちがそこに辿り着いた時、女が冒険者に対価を要求され、俯いたところだった。

 悠真の彼女への第一印象は「白い女」である。銀糸のような髪、白磁のごとき肌。くるぶしが隠れるくらいの真っ白い貫頭衣を来ており、腰に巻いた赤いベルトと首から下げたネックレスが際立つ。悲しげに伏せられた薄紫の瞳は、長い睫毛で半ば隠れて揺れていた。


「なら諦めるこったな。……まぁ、あんたがひと晩相手になってくれるってんなら、直接交渉って事で、考えなくもないが?」

「そ、それはどう言う……」


 突然下卑た視線を向けられ、女が戸惑う様子を見せる。悠真は近くで成り行きを見守っていたのだが、流石に見かねて声を掛けた。


「おい、その辺にしとけって」

「ああ? ってガキとチンピラが何か用かよ」


 声を掛けた悠真の方を見やり、冒険者が粗暴に応じる。それを見て、お前もチンピラだろうがとサイレント突っ込みを入れつつ、悠真はおくびにも出さないで話を続ける。


「彼女の声が耳に入ったんで来てみたんだが、ちょっとやり方が悪どいんじゃないか?」

「ふん、てめぇにゃ関係ねぇ」

「と言うか彼女に体を売るって選択肢があるなら、俺らみたいな冒険者じゃなくて他を当たるだろうさ」


 吐き捨てるような態度でいる冒険者に対し、諍いにならないよう、悠真はあくまで慎重に言葉を選ぶ。「お前みたいな」ではなく、わざわざ「俺ら」と言ったのもそのためだ。

 一方、悠真の正論を聞いた冒険者は一応の得心がいったようだが、あまり引く気は無さそうである。そして彼が何かを言おうと次に口を開きかけた時、横合いから素っ頓狂な声が上がった。


「ああ! そう言う意味だったんですね!」

「は?」

「え?」

「すいません、私そう言う事はできません。他の方法は無いでしょうか……?」


 彼女は納得したと言わんばかりに手をポンと打った後、深々とお辞儀をして拒否と代案を求める言葉を発した。見た目は清楚、声は落ち着いた感じ、話し方にも知性を感じる。歳は悠真より上、二十三、四歳くらいだろうか。そんな彼女であったが、どうやら悠真の予想に反して結構な天然のようである。


「ふふっ」

「ちっ」


 たまらず悠真が笑い、相手の冒険者は面白く無さそうに舌を鳴らした。


「興が醒めちまった。未通女おぼこはガキに相手してもらうんだな」


 そんな捨て台詞を残して冒険者は去って行った。簡単に引き下がったのは、恐らく単に断る口実として持ち出した条件だったからだろう。あわよくば、と言う気持ちもあったかもしれないが。


「ああ……行ってしまいました……」

「あんた、名前は?」

「あ、セリシアと言います。もしかして、あなたたちが私のお願いを聞いて下さるんですか?」

「ああ、一応そのつもりで来た。俺は悠真、こっちがミグス。で、あの黒猫の獣人が天才ゼット様だ」

「ゼット様?」

「律義っすねぇ。あ、今のは気にしなくていいっすよ、セリシアさん」


 こんな時まで罰ゲームを続ける悠真。柳眉をたわめて困惑するセリシアに、ミグスは苦笑しながらフォローを入れる。

 悠真に紹介されたゼットは、少し距離のある場所に立っていた。どうやら昨日の一件を気にしての事らしいが、お陰で先ほどの冒険者との話の際にややこしい事にならなかったので、怪我の功名と言えるだろう。

 紹介され、一応近くに寄ってくるゼットは仏頂面で値踏みするような様子だ。対するセリシアはゼットに嫌悪する様子は無く、直前にテロ対策の依頼書を見ていた事もあり、その辺心配していた悠真はほっと胸をなで下ろした。


「皆さん、よろしくお願いします。それでは行きましょう」

「へ?」


 ようやく互いの紹介が終わったというところで、おもむろに歩き出すセリシア。性急に事を進めようとするのには事情があるのだろうが、それすら知らない悠真は慌てて彼女を押し留めた。


「ちょ、ちょっと待てって。俺たちはあんたの話を聞いてなかったんだ。まずはそこから説明を頼む」

「はあ……そうでしたか。でも……ならどうして私のところまで来て下さったんですか?」

「不思議に思うだろうが、あんたの必死の声色に覚えがあってね。余程困ってるんだろうと思って来てみたってわけだ」


 口に出して説明すると我ながらなんてあやふやな理由だと悠真は思ったが、セリシアはそうは思わなかったようだ。悠真をまっすぐ見て少し口角を上げ、小さく笑みを浮かべる。


「そうですか。……優しいんですね?」

「え、あ、いや別にそう言う意図ってわけでは」


 彼女に微笑みかけられ、悠真は溜まらず目を逸らす。現代日本人(そろそろ「元」が付くくらいの月日は経っているが)の感覚からするとセリシアはやや現実離れした容姿だと言える。耐性の無い悠真がそれにてられたと言うのもあるが、薄い色合いにも関わらず吸い込まれそうなほど深い色をしたその瞳に囚われそうになった事もまた、視線を外した理由であった。


「いやー、美人の笑顔ってのは、破壊力あるっすねぇ」

「あ、ああ、まあな」

「……ふんっ」


 鼻の下を完全に伸ばし切ったミグスと、ドギマギしつつもややビクついている悠真を見やり、ゼットはつまらなげに鼻を鳴らす。源獣人ならまだしも、獣人から見て人間の異性は十分恋愛と性欲の対象になるはずだが、セリシアの容姿はゼットの琴線には触れなかったようである。


「そろそろ話ってぇのを聞こうぜ? 時間が無いわけじゃねぇが、目の前に餌をぶら下げられて我慢するってのも性に合わねぇ」


 餌と言うのはおそらくグリフォンかリバータイガーの事だろう。要するに強敵との戦いを待ちきれないと言う事だ。

 グリフォンには勝てるか分からないとか言っていた割に、このやる気である。グリフォンを探しに出たとして、この闘争心が暴走しないか、悠真としては今から心配である。


「そうだな。じゃあセリシアさん、説明を頼む」


 とりあえず彼らは昨日からゼットが使っている掲示板裏のテーブルへと移動し、彼女の話を聞く事にした。




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