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異世界人と勇者の剣   作者: とんび
第一章 異世界導入編
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プロローグ2 旅立ち


 朝が来た。


「ふわぁぁぁ、よく寝た」


 大きな欠伸をして、悠真は体を起こす。

 見ればシルディアはもう起き出していて、火を起こして串に刺さった何かを焼いている。


「おはようユーマ、良く眠れたみたいだね」

「あ、はい。むしろ昨日は話の途中で寝てしまったみたいで、申し訳ないです」

「あはははは、まぁ傷薬の鎮静効果が良く効いたんだろうさ。良い事だよ。……傷はどうだい?」

「もうほとんど痛くないです。凄い効果ですね、この薬」


 そう言って傷を負った方の肩をぐるぐると回す。少しピリッとするような痛みはあったが、それは肉や皮が固まり始めているような感覚だった。


「ま、この世界じゃ回復魔法は貴重だからね。回復薬ってのは重要なのさ」

「そうなんですか?」

「うん」


 昨日はその辺り、つまり魔法関係の話を興味津々で聞いている時に眠ってしまった悠真である。その時は特に意識していなかった彼だが、改めて考えてみると、今後のためにもぜひ続きが聞きたいところだ。


 ちなみにシルバーウルフを殺した時の攻撃だが本人曰く「魔法で、ドカーンとやるイメージで射た」との事。

 やはり魔法だったのだと、話を聞いた悠真は納得しきりであった。彼女の言いようはかなり漠然とした感じではあるが、熟練者とはそんなものかとも思う。


「さて、今日の事なんだけど」


 シルディアの横顔を眺めながらそんな事を考えていると、彼女は顔を上げてそう言った。


「いきなりで悪いんだけど、君には頼まれて欲しい事があるんだ。ほんとは昨日の続きを色々話してあげようと思ったんだけどね。ちょっと予定を変更しようと思って」

「頼みですか?」

「そうだよ。まぁ無理強いはしない……と、言いたいところだけど、君の今後にも関わるし、ぜひ承諾してもらいたいね」


 彼女の言い方はいまいち歯切れの悪い、含みのあるものであった。

 こんな森の奥で一人で活動している事も相まって、悠真がシルディアに抱いているイメージは「できる女性」というものである。その彼女のこの言いように、少々悠真は困惑した。しかし日本人にありがちな律義さから、無下に断る選択肢は彼には無いようであった。


「断りませんよ。シルディアさんは恩人なんですから。もちろん、俺にできる事なら、ですけど」


 ちょっとカッコつけすぎかな、と悠真は思ったが、対するシルディアはその返答が気に入ったようでにこりと微笑む。

 やはり笑うと少女のように見える女性だな、と悠真は思った。


「律義な性格だな、君は。会った時から口調が堅くて面白味のないヤツだと思ってたんだけど、中々の美点だよ、それは」

「そ、そうなんでしょうか……」

「そうさ……。それはそうと、焼けたみたいだよ。本日の朝食はティゲルの香草焼きだ」


 そう言って棒に刺さったパンのようなものを差し出してくる。

 お腹が空いていた悠真は、それを受け取ってすぐに一口かじりついた。


「むぐむぐ……結構イケますね。なんです、これ?」

「ティコの実を挽いて作った粉と、水を混ぜて練ったものだよ。旅人食の基本だね」

「へぇ……はぐはぐ」


 シルディアはティゲルを夢中になって食べる悠真をしばらく眺めた後、荷物袋からおもむろに一通の封筒を取り出した。


「さて、本題に戻ろう。君に頼みたい事なんだけど、この手紙をある男に届けて欲しいんだ」

「て、手紙ですか」


 食べる手を止めて、手紙を受け取る。

 それは荒い作りではあるが植物の繊維を使った、悠真の知る「紙」であった。

 この異世界にもこのような物を作る事ができる文化があると知って、悠真は少し感動する。

 それを見ながら、シルディアは説明を続ける。


「風の精霊の便りで、私の知り合いがこっちに来ている事を知ったんだけどね。ちょっと理由があって会いたくないんだよ。幸い彼の用件はその封筒の中身だ。用件が済めば彼は町に帰るだろうから、そこに君を同行させようと思ってね」

「シルディアさんはどうするんですか?」


 ためつすがめつ封筒を見ていた悠真は、顔を上げて尋ねた。


「あたしはこの森に用があって、しばらく離れられないんだよ。キミに着いて行ってやりたいのはやまやまなんだけどね」


 申し訳なさげに、シルディアが答える。 


「昨日も少し言ったけど、キミはこの世界や文化の事を知っておくべきだ。元の世界に帰る方法を探すにしても、この世界に住まうにしてもね。それがこんな森深くにいたんじゃ、学ぼうにも学べないだろうから」


 確かに、彼女の言う通りである。

 悠真は昨日の夜、すでに帰る方法についてシルディアに尋ね、彼女がそれを知らない事を聞いていた。そしてもしその方法を探すなら情報の集まる町、そして都へと向かう方が良い事も。

 とはいえ急な話でもある。昨日の今日ながら警戒心を持たず接してくれるシルディアに、悠真は少なからず好意的な感情を抱いている。まあ、もちろん単に美人だからと言うのも、あるにはあるが。ともあれ少し寂しい感じがするのは事実だった。


「確かに、その通りです……。ま、まぁそれに、女性の一人旅に延々同行するというのも、多少の問題が無きにしもあらずである訳ですし……」

「あはは、それは全然警戒してなかったけどね、君の様子から見ても」


 余計な事を口走ってしどろもどろになる悠真を見て、からからとシルディアが笑う。


 ど、どど童貞ちゃうわ!

 と、その時悠真が心の中で叫んだかどうかは、定かではない。


「と、とにかくその男性に手紙を渡せばいいんですね?」

「うん。待つ場所も教えよう。……そうだ、昨日のシルバーウルフの爪とか牙を餞別に持たせてあげるよ。君がどういう道を歩むにしても、やっぱり先立つものが無いとね」


 そう言うとシルディアは荷物をまとめ始める。


「あ、待ってください、すぐ食べます」


 慌ててティゲルを口に詰め込む悠真。しかし、そこは旅人食といったところか。意外なほどボリュームがあり、中々食べきる事ができない。半分喉に詰まらせたようなかたちになって、結局シルディアに水をもらって何とか飲み下す事になった。


 森を移動し、シルバーウルフの元へたどり着いたシルディアは、すぐに作業に取り掛かった。


「ほんとはシルバーウルフは毛皮も売れるんだけどね。あたしがかなり傷つけちゃったからなぁ。今回は無しにしとこうか」


 手際よく牙と爪を切り取っていく。その間、悠真は完全に手持ち無沙汰である。

 ちなみに牙は口の前部に生えている大きなものを四本、爪は各足で四個ずつ計十六個を剥ぎ取った。


「よし、じゃあ待つ場所に移動しよう。アイツが来る前に森の奥に引っ込みたいしね」

「そんなに嫌な人物なんですか?」

「いや、まぁ嫌な人間ってわけじゃないけど……なんと言うか苦手なんだ」


 再度移動を開始しつつ、シルディアは苦笑してそう答えた。





 ==========





 そして彼女に案内されたのがこの大岩である。ここで色々と物資を渡され、大岩の周りに結界も張ってもらった。森の外縁部はそこまで危険な場所ではないらしいのだが、保険との事である。

 悠真がここで待つことになる男については、シルディアは「日が暮れるまでには来るだろう」と言っていた。彼女を信用していない訳ではなかったが、もう日はずいぶんと傾いている。昼前から待っているだけに、流石に待ち疲れというものが出てくる。


「干し肉はともかく、水は飲み干したら川の水を飲め、だもんなぁ。渓流じゃあるまいし、現代人にはちょっとキツいよなぁ……それに……」


 それに、ここに来る男の人間性にもちょっとだけ不安を感じていた。

 シルディアの言によれば、「あいつに任せればなんとかなるさ」との事だ。その癖会いたくないと言って、自分は別れの言葉もそこそこに森の奥へ帰って行った。信用しているのかそうでないのか、なんとも良く分からない。


 シルディアは男がこの森に来る要件である手紙の他に、もう一通手紙を用意していた。そこには悠真の事をよろしく、と言った事が書かれてあるらしい。太陽の光で封筒を透かすと、確かに二通入っているように見える。


「おお、字が……見えそう……」


 封筒や手紙に使われている紙は悠真の知るものほど薄い、質の高いものではない。しかし太陽に透かせば、うっすらとインクで書かれた字が見えない事も無かった。 

 紙を顔にへばりつかせたり離したりして、手紙の字を読もうとする悠真。客観的に見れば少々頭がおかしいように見えなくもない状態だ。


「お前、何やってんだ?」


 と、急に声を掛けられて、その声のした方向に悠真は顔を向ける。


 大岩の下。そこには、茶まだらの黒髪、浅黒い肌の大柄な男が立っていた。旅人風の装いで、腰には剣を下げ、マントを着て、皮の袋を背負っている。

 この大男も、手紙を透かそうと苦闘する悠真の様子を変に思ったようで、何やら表情は苦笑いであった。


「あ、あなたは……?」

「いや、こっちが聞きてぇよ。何してんだ?」

「こ、これはその、手紙が……」


 悪い事(手紙の中身を覗く)をやっていた自覚からか、悠真はゴニョゴニョと言葉を濁す。やはり男には苦笑され、少々気恥かしい思いをしながら悠真は大岩を降りた。


「そ、そういえば……あなたはシルディアさんの知り合いの方ですか?」


 思い出したようにそう問うと、大男はパッを顔をほころばせて笑顔を見せる。


「おお、我が愛しの君を知っているのか! 知り合いどころか、かつては一緒に旅をした仲間、気の置けない仲ってところだな!」 


(……あ、何となく察した)


 このパターンはアレだな、と悠真は心の中で呟いた。シルディアの露骨な嫌がりようは、恐らくこの調子で接されるのを嫌ったからだろう。


「というかお前何もんだ? シルディアとどういう関係なんだよ」


 悠真が考えを巡らせている間にも男は自身とシルディアとの関係を延々話し続けていたが、最終的に彼を不審がるところに落ち着いたようだ。

 とにかく、まずは自分の立場と言うものを説明せねばなるまい。そう考え、おもむろに悠真は手紙を差し出した。


「あなたに対して手紙を預かってます。たぶんこの手紙の中に俺の事も書いてると思うんで、まずは読んでみて下さい」

「なるほど、ラブレターってやつだな」


 勝手に納得して、男はひったくるように手紙を受け取った。蝋で封のされた封筒を乱暴に開け、中身を取り出す。


「一枚は俺宛ての文書だな。もう一枚は……って、ああっ!」


 二枚目の紙を見るや、もう一枚の手紙を食い入るように読み始めた。

 読み進めるうち、男の顔がみるみる不機嫌なものに変わっていく。


 なんか怒ってる。見たままそう感じて、悠真はすぐに原因に思い当った。


 男が見た二枚目の文書は、シルディアが男の用件といっていた方だろう。それがここにあり、ここにシルディアが居ない以上、彼女に会う必要が無くなる事は容易に想像できたはずだ。

 不可抗力であったとはいえ、悠真がシルディアにこの男と合わなくていい理由を与えたのは確かである。シルディアにかなりの好意を抱いているらしいこの男にとって、それが恐らく致命的な事なのだろうと推測するのは、容易な事であった。

 もちろん、そのせいで怒られるかもしれないとなれば、多少理不尽さは感じなくもない。ただ、現状悠真は自分で困難を打破できる力が無いのだ。誰かの親切心に期待する以外に道が無い以上、多少の理不尽は我慢する心構えでいた。


「おいお前」

「は、はい!」


 手紙から顔を上げると、男はもはや鬼の形相であった。

 大男に凄まれて、悠真は体を硬直させる。その様子はさながら蛇に睨まれた蛙と言ったところか。


「お前のせいで、俺はシルディアに会えなくなった。そうだな?」

「いや、その」

「それでそのお前は? 俺に町まで送ってもらいながらこの世界の事を教えてもらい、ついでにこの世界で生きる術を教えてもらうと?」

「そ、そうなりますね……あはは……すいません」

「虫の良い話だな……ええ?」

「本当にその、すいま」

「だが、仕方ねぇ。召喚されちまったもんはお前のせいじゃないからな。シルディアたっての頼みでもあるし、お前にはできる限りの事をしてやるよ。……でも、でもなぁ……くそっ、久しぶりにシルディアに会えると思ったのによお……」


 ぶつくさと文句を言い、怒りも露わにした。だが男は息を吐き出すように言いながら、すぐにそのほこを納めた。というか最後は泣きが入ってきていた。

 よほどシルディアに会いたかったのだろう。その様子を見て、悠真は一転、非常に申し訳ない気持ちになった。

 男は悠真が異世界召喚という困難に晒されていると言う事も、どうやら理解してくれているようである。怖そうな見た目、口調だが、根は良い人らしい。


「あ、ありがとうございます」


 言葉に窮してとりあえず悠真が礼を述べる。

 それに頷いた後、男はもう一つ溜息をつき、おもむろに手を打ち合わせた。


「よっし! 切り替えんぞ、すぐに移動だ! 俺もシルディアに会えないんなら、ここで悠長にしているほど暇じゃないんでな」


 何事かと思ったが、男なりの気持ちを切り替える合図らしい。

 あまりうじうじ悩んだりするタイプでは無さそうである。


「はい、よろしくお願いします!」


 男のさっぱりした態度に感化されたのか、悠真も爽やかに挨拶し、手を差し出す。


「ああ、短い期間だが、任された」


 シルディアとは違う男の大きな手が、悠真の手を握る。

 この鍛え上げられた硬い手が、悠真をベロムンドでの長い旅へと引き入れたのだ。




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