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異世界人と勇者の剣   作者: とんび
第二章 冒険者編
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第14話 異世界人とゴブリン事変(1)


 二日目の朝が来た。

 ティゲルと果物を食べ、悠真はひとり活動を開始する。


 まず初めに、悠真は昨日倒したワイドラプターの死骸があるところに戻ってみる事にした。同族食いをするかどうかは分からないが、血の匂いに引き寄せられている可能性もある。


「……」


 昨日のようにいきなりその場所に行くのではなく、遠くから覗ける場所を探して状況を伺う事にした。


「……何か居るな」


 距離がある事と木々が邪魔になっているため何かは分からないが、恐らくラプターの死骸を食っている。


 気付くな、気付くなと心の中で唱えながら、悠真はゆっくりと近づいて行く。もちろん足音を殺す術など持ち合わせていないので、移動する時の音は消し切れていない。

 相手は幸いにも食事に夢中だ。この間に、できるだけ良い位置まで行かなければ。


 そして崖下の開けた場所に近い木の幹の影から覗いた悠真は、目を見開いた。


「あいつは……!」 


 体つきはまぎれもなくワイドラプターだ。

 だが体色は昨日の2頭とはまた異なる、赤みがかった褐色。顔を上げれば、そこには真紅の瞳があった。


 赤目大口トカゲルビーラプターである。


 運が良い。そして、ここで会ったが百年目。

 逃がすわけにはいかない。


「我が命によりて火よ集え! 眼前にて炸裂し火の力を知らしめよ! ファイアバルーン!」


 ファイアボムの劣化魔法ファイアバルーンの呪文を唱える。

悠真の持つ劣化魔法は元の性能を完全に引き出せていないものばかりだが、この魔法は指折りにヘボい。何せ元が爆発力特化の魔法(目標まで投げるのは人力)であるにも関わらず、その威力がほぼ無くなってしまっているのだ。与える効果は光と飛び散る火の子、そして威力の無さに見合わない大仰な音だけだ。


――こりゃ目くらましとか注意を引き付ける事くらいでしか使えないな


 そう考えていたものである。

 だが注意を引けるなら、今の状況ならば十分な効果だ。むしろ目的の素材(目玉)に傷をつける可能性が低い分、元の性能より良いかもしれない。


 火のバルーンが生成されてから炸裂するまで数秒。その間に、悠真は身を隠していた木の幹から飛び出し、その赤い球体を空中に放り投げた。


 ズバンッ! と無駄にでかい音を響かせて、中空でバルーンが炸裂する。


 音に驚いたルビーラプターは一瞬身を竦めると、すぐにその場から飛びのいて周囲を見渡す。そして木立の間から姿を現した悠真を認め、唸り声を上げて攻撃的な視線を投げかけてきた。上手く敵と認識してくれたようだ。


「我が命によりて顕現し剣を纏いて力と為せ! 赤く燃ゆる刃で戦いの讃歌を上げよ! ファイアエンチャント!」


 剣を抜き放つと同時、エンチャントを詠唱する。

 ルビーラプターはワイドラプターの変異種で戦闘能力はさほど変わらない。その前情報が事実なら、昨日と同様、エンチャントを発動させ1対1で対峙できた時点で、勝負は半ば決したと言っていいだろう。


「ギシャアッ!」


 ラプターの攻撃は芸の無い突進だ。

 身体能力だけで見れば人間はラプターに劣る。悠真とてこのでかいトカゲを初めて見た時は恐ろしく感じたものだが、技量で相手の行動に対処できる事が分かれば、そこまで怖くない相手だ。

 予備動作から攻撃を予測しなければ戦いにならないレベルで、自分を鍛えてくれたエドガーに、悠真は頭が下がる思いである。


 エドガーの攻撃は出所が恐ろしく読みづらかったり、逆に見え見えなフェイントだったりと複雑なものだった。それに比べればラプターの飛びかかるタイミングを読む程度、簡単なものだ。


「はあっ!」


 昨日と同様、飛びかかりを回避して上段斬りを食らわせる。

 しかし若干タイミングが遅かったか、ラプターに反応され、斬り損なった。

 これでは致命傷にならない。この辺り、まだまだ悠真は半人前である。


「ギイィィ」


 斬撃を食らった部分から血を滴らせながら、尚もルビーラプターは戦意を失わず唸り声を上げる。

 と、その赤い体から、更に赤い光が立ち昇るのが見えた。


「魔身技! 使えるのかよ!?」

「グルルゥゥ、ギシャアッ!」


 先ほどと同じ芸のない突進だったが、その速度は段違いであった。


 何とか体をひねって回避を試みる。

 だが完全に回避はできず、はね飛ばされて地面を転がる。そして立ち上がろうとする悠真に、側面に回り込んだラプターの体当たりが襲い掛かった。


「ガッ、はっ……!」

 

 体当たりをまともに受けて吹っ飛ばされ、したたかに木に叩き付けられて崩れ落ちる。


 膝を屈しながらも、悠真は火花の散る視界になんとかルビーラプターを収める。

 間合いを詰めてきているラプターの体からは、赤い光は消えていた。

 持続型の身体強化フィジカルブーストではなく起動型の突進チャージだったと言う事だろうか。


 悠真は体当たりのダメージが残る体を奮い立たせて剣を構えた。

 立ち上がった体は衝撃の余波で、まだあまり言う事を聞きそうにない。

 エドガーや教官との訓練においては剣で打たれる事ばかりで、こういう体の芯に残るようなダメージを受けた事はほとんど経験が無かった。そのツケが今になって返ってきたわけである。


 幸いにしてルビーラプターにも、再々度魔身技を使える余力は無いようだ。魔身技はものによっては中級魔法並みの魔力を消費する。

 突進チャージ二回分の魔力、そして悠真の与えた傷による消耗。ここで爪や牙を強化する魔身技、噛み付きバイトひっかきスクラッチが来ていれば危なかったが、悠真にもまだ運が残っているようだった。


 ラプターが身をかがめ、飛び掛かる。


「ギシャアアッ!」

「うらあぁ!」


 対して体当たりのダメージが残る悠真は、回避ではなく迎え撃つ事を選択した。

 敵の進路上に剣を置くように突き出し、余力を踏ん張る事に費やす。


 そして呼び込むような悠真の構えに飛び込んだラプターは、悠真の構えるその剣に、胸を貫かれる事になった。


「ギ、ギイイイィィ」


 断末魔を上げながら、ルビーラプターは尚も手足を振り回して暴れ、噛み付こうとしてくる。

 恐ろしい生命力であった。魔身技を使った事といい、戦闘能力がワイドラプターと同等とは思えない。ルビーラプターという変異種がそうなのか、あるいはこの個体が特殊なだけなのだろうか。

 力を振り絞り抵抗しながら、悠真はそんな風に思った。


 手足の爪での攻撃を受け、噛み付きを前腕の鎧部分で受け止めながら、悠真は強引に剣を引き抜く。それによる大量の失血でようやくラプターはおとなしくなり、数度の痙攣の後ようやく息絶えた。





 ==========





「いつつつ……」


 悠真は全身を調べながら、傷に治癒の軟膏を塗りつけていく。

 幸いラプターの爪は悠真の体を大きくえぐったりしなかったし、噛まれたところも上手い具合にレザーアーマーが守ってくれた。だから傷と言っても細かいひっかき傷ばかりである。


 とはいえ、噛まれた部分の鎧はかなりボロくなってしまったし、体当たりのダメージは今だ体の芯に残っている。


 悠真にとって体当たりは、ゲームなどに出てくる弱い部類の攻撃、というイメージが強い。

 それが、実際に食らってみると衝撃で骨がずれたような違和感、嫌な感じが残る。それに踏ん張るときに使う足や体幹の筋肉も強張こわばってしまい、即座に動けなくなるのだ。これは悠真が食らいなれていない事にも問題はあるが、ゲームと現実の差を思い知った悠真であった。


「はぁ……さてと」


 傷の手当が終わると、今度は剥ぎ取りだ。

 昨日と同じく爪と足の腱、そして目的の目玉を頭ごと持って帰る事にする。

 

 ルビーラプターの頭を血抜きしながら、悠真は今後の事を考えていた。


「んー、もう帰った方が良いかな? よく考えたら目玉の保存方法とかまったく聞いてなかったし」


 ワイドラプターの生息数調整のクエストは、三頭ごときではまだ完遂とは言えないだろう。

 とはいえどうせエストの森は町から日帰りの距離である。まだ日は昇り始めたという程度だし、とんぼ返りで森に戻ってくると言う事も可能だ。宿代の節約にもなる。


「まあちょっと早いけど、薬草でも探しつつ戻るか」


 薬草は群生地でも見つけなければ小遣い稼ぎ程度にしかならない。だが薬屋で直接、薬と交換すれば、お金に換えて薬を買うより色を付けてもらえる。少し軟膏を消費してしまったし、それを補填するくらいになればと悠真は考えていた。





 ==========





 悠真が帰り支度をしている頃。


 森の別の一画で、一頭のボアを追う複数の影があった。


「ブギイイィ!」


 ボアはすでに多くの傷を受けており、戦意を失って逃げるのみである。


 ボアと言えば駆け出し冒険者の壁。成体なら当たり前のように身体強化フィジカルブーストを使い、多少魔法が使える程度ではものともしない生物である。

 狩る事ができれば、丈夫な毛皮に加え、巨大な牙、そして上質な肉が大量にとれる。大人のボアを安定して狩る事ができれば四、五人のパーティですら余裕で食っていく事が可能だと言われている。もちろん狩りを安定させるには、起動型魔身技を使える戦士ならば最低三人は居ないと難しいのだが。

 

「殺セェ! 回り込メ!」


 そのボアを追いかける影は三つ。

 緑の肌、禿げ頭、かぎ鼻、小柄だが筋肉質な体つき。

 すなわちゴブリンである。


 ボアの身体強化フィジカルブーストが切れてくると、次第に彼らは併走状態に入って行く。ダメージがあったとはいえ、魔身技を使う野生動物に追いすがれるほどの脚力だ。余裕を持って併走し、そして身の丈ほどの槍を担いだ一匹が、ついに攻撃を仕掛ける。


「ガアッ!」


 赤い光を纏って横合いから蹴りを食らわせる。

 光は一瞬。筋肉の理ビルドアップと言う種類の、肉体を強化する起動型魔身技だ。


「追い打ちダ!」

「オウ!」

「オォウ!」


 ボアに蹴りを食らわせたゴブリンの号令に従い、他の二匹が追い打ちする。手にはメイス、そして無骨な大刀(柄の長い曲刀)が握られており、それらを力まかせに叩きつけた。

 武器の扱いは洗練されたものではなかったが、重さを重視した武器の選び方とそれに見合う膂力りょりょくを有しているようだ。号令をかけたゴブリンが使った魔身技も肉体に関するものであるし、肉体には恵まれていると言う事だろう。


「グギッ、グギッ、楽勝だァ!」

「ギギィッ、どんなモんよォ!」


 とどめを刺した二匹は意気揚々と解体しながら、しわがれ声でそう言った。

 それに対し、指示を出した一匹が渋面を作って呟く。


「なに言ってルんだ、さっきかラ何頭も追いかけマわして、やっと一頭ダろうが」

戦長ウォーチーフ! 気にするナって!」

「気にするナ! 肉を食え! 肉が食えリャ俺たちゃオッケー!」

「うるサい、とっとト解体しろ!」

「やっぱり戦長ウォーチーフガトは頭が堅い!」


 ガトと呼ばれたゴブリンは、ギャハハと笑う二匹を憮然とした表情で睨みつける。

 ゴブリンたちは仕留めたボアを大雑把に三つに切り分け、それぞれを引きずりながらどこかを目指して歩き始めた。


 彼らゴブリンは亜人、つまりヒトの一種だ。栄えているかどうかは別にして文化を持ち、そして集団に帰属し行動する。

 ゴブリンの特徴は、生命力であった。それは過酷な環境への耐性、繁殖力、成長力として表れる。食糧さえ整えば、人間よりも増えるスピードは段違いに速い。だが彼らが隆盛しないのにはわけがあるのだ。

 それが「奪い尽す」性質である。

 

 例えば食糧。

 シュートラビットのような草食獣も、ワイドラプターのような肉食獣も、木の実も雑穀も、等しく彼らの食糧となる。そうして種類を問わない食欲で周りの物を食いつくすのだ。食料の供給を持続させようと言う意識の無い彼らは、最終的に飢餓に陥り数を減らす事になる。

 もちろん繁殖力も成長力も並ではないゴブリンたちにとっては、そう言った数の減少も「そのうち元に戻る」程度の事なのだが。


 とにかく、この森も彼らの食欲の脅威に曝され、動物たちは大きく数を減らしていた。

 実はレアな変異種と言われる赤目大口トカゲルビーラプターの出現は、この数の減少によるものであった。ワイドラプターは集団全体の危機(数の減少を含む)を感じ取ると、集団のうち一頭が強力で両性具有の個体に変異し、生息域を離れるのである。そして新天地で自己妊娠し、子孫を増やすのだ。つまり知らずとは言え、ゴブリン、そして悠真によって、この森のラプターはこのまま生息数が減少し続ければ絶滅という未来を避けえなくなったのである。


 そんな事情など露知らず、ゴブリン達はとある開けた場所に辿り着いた。


「オウ、戻ったカ、戦長ウォーチーフガト」 

首領リングリーダー!」


 大きなゴブリンが、およそ三十匹のゴブリンに囲まれて座っていた。

 首領リングリーダーと呼ばれたそのゴブリンに、肉を担いで戻ってきた内の一匹、ウォーチーフのガトが近寄って行く。


 リングリーダーに最も近い場所には、ガトと同じように槍を担いだゴブリンが三匹座っていた。このゴブリンの群れで槍を持っているのはこの四匹だけである。ちなみにリングリーダーの武器は長柄の斧だ。


「これで『四本槍』が揃ったナ」


 実に良く通るガラガラ声を出し、リングリーダーが四匹を見渡す。


「我々ハ明日、人間の村を襲ウ」

「オオ!」

「愚鈍なる王の元ヲ離れ、六ヶ月。平地を通リ過ぎ、辿り着イた森は豊かダ。俺タチはこの森モ、人間どもノ村も、全て奪い尽クす!」

「オオォォ!」

「ウオオォォ!」


 リングリーダーの宣言に、四本槍たちは歓声の雄たけびを上げた。

 それが波及するように広がり、ゴブリンたちの歓声は森を揺るがす咆哮となって響く。


 獣人との戦争が終結して十年。

 小さな、しかし無視できない新たな火種が、人里の近くで火勢を上げようとしていた。




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