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異世界人と勇者の剣   作者: とんび
第二章 冒険者編
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第13話 異世界人のファイアーボッ

「うーむ」


 悠真は悩んでいた。

 二枚舌カエル亭の一階、食堂で席に着き、腕を組みをして唸る。目は閉じられたまま。眉間にしわを寄せて常ならぬ厳しい表情であった。


「おまちどー。珍しいね、ユーマがこの時間に居るなんて。依頼は取ってきたの?」

「それはもう行った」


 朝食を持ってきたニーナに簡潔に答えを返す。


「ううーむ……」


 悠真は眉間のしわを深くして、更に唸る。


 宿代や食費を稼ぎ出すためのクエストは滞りなく行えている。むしろ火魔法の習得によって火力が上昇し、格段に楽になった。また野生動物に対するファイアラインの進行阻害能力は優秀で、獲物に逃げられる事が非常に少なくなるというおまけつきだ。

 野営を行う距離のクエストにも行ったし、ワイドラプターの生息する近場の森に行きつがいを見つけてビビって逃げ帰ったりもした(生息が確認できただけで良し、と悠真は結論付けた)。


「そう言えばユーマ、うちの店の事宣伝してくれてる? 蓄魔石の魔力が飽和するくらい溜まってきてるのは嬉しいけど、宿泊客まったく増えてないよ?」

「やってるよ」


 ティバールの町の冒険者はこの町を拠点にしている人が多いので、みんな固定宿を決めてある。それが、悠真が勇気を振り絞って色々声を掛けて回った結果分かった事だ。つまり宣伝はまったく効果を成していないわけである。

 悠真にとっては冒険者の知り合いが増えると言う結果がついて来たので、やって良かったとは思っている。ニーナに言うと文句を言われそうなので報告はしないが。


「うううーーむむ……」


 吐き出すように尚も唸る悠真。顔面に力を入れすぎてもはや面相が梅干しのごとくなってきている。


 肉体の鍛錬もまた、一応の進展を見せていた。まあ筋トレの負荷を上げるくらいで、相変わらずエドガーの幻影を追いながら教えられた型の修練に励んでいると言った具合だが。

 これについてはすぐに結果が出るというものでもない。負荷を上げる事ができると言う事は体力が付いてきた証拠なので、今の方針で取りあえず問題は無いだろう。


「食堂は結構流行ってるし、こんなに可愛い看板娘も居るのになぁ。なんでだろ。ねぇユーマ、ってあ! ご飯! 唸ってないで食べてよ!」

「さっきからうるさいなぁ……人が考え事してるってのに」


 気づけばニーナは、悠真と同じテーブルに向かい合って座っている。

 そこそこ多くの客が食事に訪れる昼・夜と違い、宿泊客が少ないため朝の食堂はがらんとしている。そこに悠真が朝飯を食べに来ると、決まってニーナが話しかけて来るのだ。おしゃべりがものすごく好き、という印象は受けないが、もしかすると客とコミュニケーションを図ろうとしているのかもしれない。

 仲良くしようという意図での行動なら理解できるし、素直に嬉しい。だが、静かに食べたい時はウザったく感じてしまうのもまた事実。今も考え事の最中だったので、悠真は多少イライラしながら非難の目を向けた。


「静かにしててくれよ、まったく」

「はーいわかりました! でも料理はあったかいうちに食べてね? せっかく作ったんだから」

「わかったわかった……」


 料理の乗った皿をずいと押され、悠真はスプーンを手に取る。ニーナはそのまま立ち去るのかと思ったら、頬杖を突いたままで立ち上がる様子はない。


「それで、何悩んでたの?」

「むぐむぐ……ん? 魔法の事でちょっとな」

「あ、分かった、実力以上の魔法を使おうとして失敗したんでしょ?」

「んーちょっと違うが、まあ概ねそうだ」

「確か火魔法使いだったよね。何失敗したの? ファイアジャベリン? フレイムピラー?」


 何が可笑しいのか、ニヤニヤしながら聞いてくるニーナ。

 他人の不幸は蜜の味って事かちくしょう! と心の中で吐き出しつつも、彼女の勢いに呑まれてつい口を滑らせてしまう。


「ファ、ファイアボール……」

「……ホント?」

「ああ」

「代表的な初級攻撃魔法の?」

「そう」


 憮然とした表情で答える悠真を見て、一瞬我慢しようとした後、ニーナは声を上げて笑い出した。


「ぷっ……あっははははははは! この間真面目な顔で「魔法操作が下手な俺でもエンチャントは使えた」なんて言ってたから謙遜する人だなぁって思ってたけど、あれ本気だったんだねぇ、あはははは!」


 初級攻撃魔法でつまずくとは情けない。自分の才能の無さに呆れるしかない悠真は、慰められるよりはいっそ笑われた方が良いと思っていた。とはいえ、こうして目の前で笑われれば腹も立つ。


「怒るぞ」


 怒りを込めてそう呟くと、悠真が思っていたよりドスの利いた低い声が出て、びっくりしたニーナはすぐに笑うのを止めた。


「あ、ご、ごめんなさい」

「……」


 謝るニーナを無視するくらいには怒っていた悠真は、何も言わず料理を食べ続ける。

 悠真の怒気にあてられてしゅんとうなだれるニーナを見ながら、「俺の怒り程度でこの調子ってのは、やっぱり年下の女の子だなぁ」とか「今まで食堂やってて悪質な客に絡まれた事とか無いのかな」とか勝手な事を思っていた悠真は、だんだん可哀想になってきて話を少し変える事にした。


「今日の、旨いな」

「へ? あ、うん。昨日良いケイブが手に入ったからちょっと手間掛けてみたんだ」

「そうか……」


 ケイブというカボチャっぽい野菜の煮込みを口に入れてモゴモゴさせながら、悠真はしおらしいニーナに罪悪感が湧いてきた。怒りはすっかりしぼんだようで、もの凄いお人好しっぷりである。


「それで魔法の事だが……」

「う、うん」


 その話続けるんだ、という顔をするニーナを見て苦笑しつつ、悠真は話し始める。

 せっかく話の方向が逸れたのを蒸し返されたくない気持ちは悠真にも痛いほど分かる。だがここで話のオチまで行ってしまわないとこの話がタブー化してしまい、後で「ユーマあの時めっちゃ怒ってたよねー、あはは」とできなくなる可能性がある。

 それに一応、悠真が簡単に怒りを収めた理由が、あるにはあるのだ。それを伝えてあげれば、ニーナも気が楽になるだろう。


「トレックに話を聞きに行ったんだが、魔法適性というより魔力操作の下手さが原因みたいだな」


 多少気後れしつつも変人トレックに話を聞いてもらったところ、店の裏手で実演までさせられた。

 それを見た彼の話によれば、悠真の魔力適性(精霊魔法との親和性)は人並み程度らしい。一方魔力操作(体内からの魔力の汲み上げ、魔力の魔法への変換、調節、維持等)がからきし駄目なようだ。

 今回躓いたのは人語魔法を失敗した時、すなわち注ぎ込む魔力量の調節失敗とは異なり、使用する魔力量が増えた事による調節・維持の難易度上昇に、悠真の技量が着いて来ていないのが原因らしい。


 流石のトレックもこれには苦笑いで、「上限は低いが魔力の精密操作は得意そうだ」などと慰められる始末であった。これでファイアエンチャントまで使えてなかったら悠真のプライドは粉々だっただろう。エンチャントの使用魔力量の低さに救われた形である。


「練習すれば多少は魔力操作力は上がるみたいなんだが、初級魔法でこれだと中級魔法は諦めた方が良いと言われてしまった……」

「そうなんだ……」

「まあ俺のファイアーボールって発射寸前に爆発するんだが、一応‘ファイアーボッ’くらいまではできてるらしいから、しばらくそのまま使って練習しろってさ。名付けてファイアースプラッシュ! ってね」


 ファイアーボール崩れの魔法は散弾っぽい感じだったので、悠真はトレックの助言通りそのまま実用する事にしたのだ。


 このファイアーボッ改めファイアースプラッシュの他にも、悠真の初級魔法は大体似たような状況だった。

 ファイアーウォール(人の背丈くらいの火の壁)がファイアーフェンス(人間の腰くらいの高さ)とか、ファイアボム(ファイアボールより弾速は遅いが威力の高い爆発魔法)がファイアバルーン(炸裂した時の威力が極小、ただし見た目は同じ)とかそんな感じだ。


「じゃあ、うんうん悩んでたのはなんだったの?」

「あのヘボ魔法どもをどうやって戦いに組み込んでいくかについて悩んでた」

「ええーっ! じゃあなんでさっきあんなに怒ったのよ!」

「終わった事を蒸し返されるのって結構腹立つんだぞ? 反省しろよ」

「むむーっ!」


 怒られ損で謝り損、とでも言いたげにむくれるニーナ。悠真が腹を立てた事に違いは無いのだから損と言う事は無いだろうが、彼女は納得していない様子である。


「さてと、ごちそうさま。じゃあ行ってくる。今回は何日か帰らない予定だから」


そんなニーナを尻目に、悠真は食事を終えると席を立った。


「預かりの荷物は別料金だからね!」

「分かってるよ。って言っても、ただのメモの束だけだけどな。ベッドの上に置いといたから、よろしく」


 後ろから聞こえるニーナの声に振り返って返事をし、悠真は二枚舌カエル亭を後にしたのであった。





 ==========





 無詠唱魔法と言うものがある。

 そう。指南書の巻末についていたアレだ。


 指南書には「その1」とあったようにそこまで詳しい事は書かれていなかったが、魔法馬鹿トレックの話によれば詠唱短縮とは仕組みが異なるものらしい。

 詠唱の短縮は魔法行使への慣れ、そしてイメージ力の強化によるもの。それに対し、無詠唱魔法は一部の例外を除いて、脳内(意識上)における‘魔法文字’の再現が必要となる。魔法文字が作られてから(人語魔法ができてから)の技法なので、数百年単位とはいえそこまで歴史の古い技術では無いと言う事だ。


 実際は剣士がオプションとして使うなら詠唱短縮で十分なのだが、悠真が使うのはあのしょぼい魔法たちである。今後のためにも無詠唱魔法は習得しておいた方が良いと悠真は考えていた。


「イグニス」


 クエストのため森へ向かいながら、悠真は手の中に小さな火を起こす。イグニスの詠唱短縮は、反復練習の中で自然とできるようになっていた。


 その火を打ち消し、今度はトレックに教わったイグニスの魔法文字が書かれたメモを見て、それを頭に浮かべてみる。


「……」


 だが、やはりと言うか彼の手中に火はあらわれなかった。


「そう簡単に行くはず無いよな……これもまた、地道にやるしかないわけか」


 どうせ俺の才能はその程度だよ、とひとりごちて、歩きながら無詠唱の練習を続ける悠真。詠唱で魔法を発動した時は魔力が流れる感覚があるのだが、魔法文字を想起してみてもそれは感じられない。

 トレックは無詠唱魔法に関して「一生使えないやつの方が多い」と言っていた。悠真の才能的にあまり期待は持てないかもしれないが、反復練習を続ければ何か変わる可能性もある。そこは愚直にやるしか無かろう。


「さて……と」


 無詠唱の練習を続けつつしばらく歩けば、エストの森に到着だ。

 この森は教官たちと初めてシュートラビットを狩りに来た森で、町に最も近いが規模が小さく、生物の生息個体数は他と比べてかなり少ない。悠真のようにソロ冒険者でもなければ、実入りを考えて他の場所に行く事を選ぶようなマイナースポットである。

 今回ここを訪れたのは「ワイドラプターの個体数調節:討伐依頼」というクエストを遂行するためだ。悠真がつがいを見つけた事に起因するクエストだが、ワイドラプターは素材としてはあまり良くないので、需要の無いマイナーなクエストだと言える。


 そんなこんなで恐らくこの森には悠真しかいないという状況。

 この森で数日間。狩りの目的にはもちろんトレックの依頼も含まれている。


赤目走りトカゲルビーラプターが居なくても初めての対肉食獣だ。気合い入れて行こう」


 自分に言い聞かせるようにして声に出し、悠真は森へと足を踏み入れた。



 ======



 剣で枝葉を払いながら森を進む。

 悠真は三、四日に一度はこの森に狩りに来ており、毎回こうして人が通るスペースを作っているのだが、いつ来ても人が通った形跡が残っていない印象だ。森の木々の旺盛な成長力を良く表している。


 森を進み、シュートラビットかルートラットの巣穴を見つけた。しかしそこはもぬけの殻で、その周辺を探しても草食獣たちの影は無かった。


「やっぱり生息数が減少しているのか……?」


 肉食獣と草食獣、捕食者と被捕食者の数のバランスは様々な要因によって常に変動している。その変動の中で増えすぎた時、森と言う生息圏からあぶれた個体が作物や人間に害を与えるのである。

 

 そして、そう言う変動を引き起こす要因のひとつが、繁殖行動だ。特に母体となるメスは繁殖前にかなりの餌を食べて体力をつける。番を作ってから次世代が生まれるこの時期はラプターの個体数が増え、餌の個体数が減少する時期だと言われている。


「シュートラビットが居れば囮にでもしようと思ったんだが……ん? なんだ!?」


 背嚢から教官に教わった事を記したメモを取り出そうとした矢先、「声」が聞こえた。


 それは並ぶ木立の奥から聞こえてきた。クゥルルルル、と何かを呼ぶような響き。

 悠真も一度聞いた事がある。前回ワイドラプターの番を見つけた時、お互いを呼び合うようにして発していた声だ。


「近い、こっちか!」


 ようやく見つけた獲物に心が沸き立つ。聞こえたのがすぐそこだと言う事もあってか常々の慎重さをかなぐりすて、悠真は走り出した。

 

 木立の間に生えた下草、藪を突っ切り、目の前がひらける。


「えっ、しまっ……!」


 悠真の視界に飛び込んできたのは、少しひらけた場所。数メートルはある崖の下。喉を噛み切られたシュートラビットに貪りつく二頭のワイドラプターであった。

 悠真は、食事中の肉食獣の前に躍り出るという愚を犯してしまったのである。


「クゥルルル」

「クルッ、ルルル」


 頭の半分近くも占める大きな口を赤く染めながら、二頭は顔を上げ、悠真に視線を向ける。声を交わす姿は悠真の処遇を話し合っているようにも見えた。


――ど、どうする……


 悠真の頭の中では、「肉食獣の前では大きな動きをするな。威嚇と取られる」だとか、「食事中の肉食獣は餌を守るため攻撃的になる」はたまた「群れる肉食獣は群れる草食獣の十倍は知能的で恐ろしい」などといった先人の忠告が巡っていた。


 目の前に躍り出たし、食事中だし、二頭は鳴き声で意思疎通を取っている。見事な全該当。言い方は変だが、お手本のような悪い見本である。


 悠真は逃走と闘争のどちらを採るべきか逡巡する。

 その間にもラプターたちは軽快な動きで間合いを取り、悠真が気付かぬ内に逃げられない距離まで迫ってきていた。


「くそっ!」


 その悪態はまぎれもなく自分自身へのもの。

 悠真が剣を抜き放つのと同時、ワイドラプターたちが彼に牙を突き立てんと走り寄る。


「我が命に応えて炎よ上がれ! 赤き境界の意志を示せ! ファイアフェンス!」


 寸でのところで、詠唱が間に合った。

 腰ほどの炎の壁が、悠真を中心に扇状に広がる。


「ギシャアッ!」


 ラプターのうち一頭は、その燃え上がる炎の柵に行く手を遮られ、ブレーキを掛けて止まった。しかし、深緑の体色をした体格の大きなもう一頭は、柵を飛び越えて悠真目がけて飛び掛ってきた。


「我が命により顕現し、おわあっ!」


 ファイアエンチャントの詠唱を開始していた悠真は、ラプターの驚くべき反応速度に虚を突かれ、詠唱を中断してしまう。

 飛びかかられて押し倒されるが、牙と爪は何とか剣で受ける事ができた。


「ぐっ……このっ!」


 ワイドラプターは人間の大人とそれほど体重差は無い。

 悠真は全身のバネを使って柔らかい下腹を蹴り上げる。

 衝撃か痛みか、飛びのいたラプターを横目に、悠真も前転で飛び退すさり距離をとった。


「我が命によりて顕現し剣を纏いて力と為せ! 赤く燃ゆる刃で戦いの讃歌を上げよ! ファイアエンチャント!」


 前転からの立ち上がりばな、詠唱してエンチャントを発動させる。

 動きながらの詠唱は初めてだったが上手くいったようだ。


 悠真の持つ剣から炎が立ち昇り、剣を纏って赤き剣身へと変わる。


「クゥルルル……」

「クルルッ……クルッ……」


 お互いのタイミングを合わせるように鳴き声を交わす二頭のワイドラプター。

 悠真はそれらを視界に収め、警戒する。どちらを見るともなく見る。「観の目」という、剣道の特徴的な目配りである。


「さあ……来い!」


 小さく、しかし強く言い放ち、悠真は剣を静かに構えた。


 悠真の言葉に応えるようにワイドラプターたちが走り来る。微妙なタイミング差があるのは、悠真が一頭に対応したところをもう一頭が狙う算段だろう。


 だが、そういった場合、つまり多対一の時の行動は、悠真も織り込み済みである。こういう場合は自分から移動して相手の距離感覚をずらしてやればいい。


 悠真から見て近い方、褐色の体、体格の小さいラプターに正面から踏み込む。相対速度で近づく瞬間、目算が狂って一瞬動きを止めたラプターの横をすり抜ける様にして、脇腹を斬り付けた。


「ギシャアアアア!」


 骨に守られていない部分へのエンチャントで強化された一撃。血しぶきが舞い、ぼたぼたと内臓が零れ落ちる。


「次!」


 血だまりに崩れ落ちるラプターには目もくれず、悠真はもう一頭の方に向き直る。横から回り込むようにしていた深緑の個体はもうすぐそこまで迫っていた。

 だが、それも同様の直線的な突進だ。

 

 群れる動物は連携あればこそ恐ろしく感じるが、単体では脅威度は大きく下がる。ワイドラプターは普段は単体で生活しているが、仲間を呼ぶ性質があるため戦闘力はそれほど高くない。単体での攻撃のバリエーションは突進、間合いを計っての飛び掛かり、あるいはその組み合わせだ。今の悠真ならば問題なく対処できるレベルである。


った!」


 飛び掛かる瞬間を見切っての回避、着地際を狙っての上段からの一撃で、悠真とラプターの戦いは幕を閉じたのであった。






 ==========






「あー、くたびれた……」


 ワイドラプターを倒した悠真は、すこし場所を移して休憩中である。

 二頭の死骸からは討伐証明の爪、そして柔軟で伸縮性のある紐として用途の広い足の腱を剥ぎ取った。悠真の個人的な興味として、もも肉も少し切り取り、他はそのまま残してきた。


 あの崖下の開けた場所から少し歩いたところ。ひと抱えほどの岩が転がっていたので、今はそこを中心に簡易結界を張り、岩に背中を預けて座っている。


「今日はもう、ここで野宿にするか」


 そうひとり呟きながら、たき火を起こす。

 ちょうど日も傾いてきていたので頃合いだろう。

 手早く夕食の準備をしつつ、悠真は体の状況を確認する。


 体に残る疲れは動いた以上、使用した魔力以上のものだった。極度の緊張や集中が精神的な疲れとなっているのだろう。


 思えば悠真は、突発的な戦いであったにもかかわらず良く戦ったものである。練習の甲斐あって詠唱は噛まなかったし、へぼ魔法の運用も及第点だ。ファイアウォールが正常に発動していれば飛び越えられる事も無く、安全にエンチャントを使えただろうが、それは言っても仕方の無い事だろう。逆に飛び掛かられ押し倒されたところから怪我無く復帰し、動きながらの詠唱を成功させたのだから、悠真は自分を褒めてやりたいくらいである。


 まあいきなり二頭を同時に相手取る事になったのは彼自身の落ち度だ。なんとかなったとはいえ、今日のような戦いは連続でやるとなるとキツイものがある。

 明日の探索では発見からの奇襲、最低でも一頭に手傷を負わせられるように立ち回ろうと、心に決める悠真であった。


「よし、そろそろいいかな」


 ティゲルが焼き上がり、小鍋で火に掛けていた肉と野草の塩スープと共に、夕食を食べ始める。


「うわっ固っ!」


 ラプターのもも肉の固さに思わず声を上げる悠真。だが嬉しげに、モグモグと口を動かす。

 彼にとってこの世界は、驚きと新鮮さに満ちている。今日は命のやり取りをして多少肝を冷やしはしたが、狩りは特有の達成感を彼に与えてくれた。

 

――初めて食べる肉が固くて、それでも悪くない気分ってのは、何だか面白いな


 そんな事を考えながらティゲルを頬張り、スープをすする。

 そうして冒険者の夜は更けていった。




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