タコ星人(?)、ハート直撃!?
今日の空気はひんやりと冷たい。ベランダから見上げても、星は見えない。
明日はきっと雨だろう。ため息をつく。
夜空を見上げる作業はいつもの日課だけれど、どうしても切なくなるので本当は私には向いていない。
小さい頃から空想ばかりしていた。いつも不思議なことが起こらないかと願っていたし、自分なりに努力もしてきた。例えば夜寝るときは必ず自分の部屋の窓の鍵を開けておくことは忘れなかった(私の部屋は二階だったから)。そして、珍しいものが好きだろうと窓際には電気マッサージ器を置いたりもした。後は時々、深夜にこっそり抜け出して、色々なビルの梯子をした。
どれもこれも可笑しな行動だと思うかもしれないけど、中でも私が特に会いたいと思っていたのは宇宙人だったから。これでも彼ら(?)に遭遇しやすい環境にしてきたつもりだ。でも、これは秘密の話。誰かに言ったら、頭が悪いと思われそうなので、内緒にせざるをえなかった。ただ只管、今日こそはと思いながら会える日を、楽しみに待っていた。
まあ、宇宙人の好みってよく良く分からないのだけれど‥‥。電気マッサージ器ってのはやっぱり、的外れなのかもしれない。
風が出てきた。長くも短くもない中途半端な髪は振り乱されて、踊る。
いつになるのか分からないものを待っているのは辛いものだ。来年は高校受験だし、一先ず宇宙人を待つのをやめようと思った。
風でスカートが腿まで捲れ上がったら‥‥‥。勝手に分けのわからない賭けをして。感傷的な気持ちになりながら、その日私は宇宙人断ちを決意することとなった。
予想が外れて、次の日はおかしなくらい見事な晴天だった。あの厚い雲はどこへ行ってしまったのだろう。
教室に入ろうとすると、大声が聞こえてくる。実際はそんなに大きい声ではなかったのかもしれないが、その言葉だけがやけに大きく響く。
「昨日、俺“UFO”見ちゃったよ」
反射的に硬直する。
「馬っ鹿じゃないの?中学生にもなってUFOとか言ってるよ。そんなん誰も信じるわけないでしょ。もうちょっと面白い嘘つけないの?」
このハスキーな声は明日香だろう。‥‥そうか。納得する。今日は四月一日だ。教室に入って声の主を探す。
「いや、マジなんだって」
話しているのは、お調子者の内海だ。彼が何を言おうとも、残念ながら信憑性は皆無に等しい。でも、内海にしては妙に真剣な声だ。万が一ということもある。内海に賭けたい。私の気持ちの高鳴りは、宇宙人断ちを速攻撤回しなければならないほどのものだった。
「おはよう」
私は、内海に近付いて、努めて冷静に言った。
「あ、おはよう、なゆ」
内海ではなく、明日香が挨拶を返す。申し訳ないが明日香に用は無い。
「内海、今UFOがどうとか聞こえたんだけど」
私はとぼけた言い方で、確認する。
「鈴本は信じてくれるよな?ほんっとにエイプリルフールとか関係ないんだって。俺だってそんなくだんねー嘘つかねーよ」
そこで内海は確認するように私をじっと見て、話を続けた。
「‥‥‥昨日さ、コンビニの帰りに何気に上見たら、なんか光ってんのが飛んでたんだよ。それの動きが尋常じゃないから、あれは絶対UFOなんだって思ってさ。それ以外にありえないから」
「公園って、三丁目の?」
私は、速攻で聞く。
「うん、そう」
内海が頷く。
「円盤の形とか見た?」
「そんなの見えね―よ。だから、動きが妙に早いんだって。目で追ってたけど途中で消えたし」
「昨日って曇ってたよね。星も見えないのに、良くUFO見つけられたね。何時ごろだったの?」
「七時頃だったかな。雲なんて知らねーし、UFOが割と近く飛んでたんじゃねーの?」
「なゆー。内海の言うこと信じるの?百歩譲って作り話じゃないにしても、なんかの見間違いじゃない?」
「‥‥‥どうかな」
ここは、曖昧に笑っておく。
「いい加減信じろよ。UFOに間違いないんだって!!」
内海はますます、むきになって騒いでいる。
信じたいよ。
これは確認しに行くしかない。
同じ場所で待っていたとしても運よく見つけられるかは分からないけど、宇宙人断ちは完全に撤回だ。はっきり言って、授業どころではない。一日終わるのがとても長かった。
三丁目の公園は、学校から見て、家と正反対の方向にあるので、あまり行くことはない。
公園の近くのコンビニでおにぎりやパンなど食料を買い込み、公園のベンチに陣取る。時刻はまだ五時十分前。辺りは薄暗い。本当にUFOがやってきて、宇宙人に会えるというなら私はここで何時間でも待っていよう。
七時。内海がUFOを目撃した時刻だ。私は餡パンを齧りながら熱心に空を見上げる。特に変わった様子は無い。
不意に、『何か』が光った。星ではない。予測していたはずなのに、心臓は跳ねた。願いがこんなにすんなり叶うなんて、とても信じられない。
『何か』は縦横自在に動き、移動している。『何か』はUFOだ。私は確信する。しかも地上からかなり近いところに居るようだ。私はUFOから目を離さずに立ち上がる。自然に食べかけの餡パンが足下に落ちた。
UFOの動きは高速になった。消えたり現れたり繰り返し、ありえない動きで移動する。私は、上ばかり見ながらUFOを追いかける。絶対に逃したくはない。
上を見ながら走ったり歩いたりしている私を人はおかしいと思いながら、通り過ぎているのだろう。でも、人の様子なんて構ってはいられない。一大事もいいところだ。
お願いだから、私に気付いて適当なところで降りてきて!!‥‥‥私は祈った。
突然、UFOの高度がかなり下がり、スピードも緩やかになった。これは、祈りが通じて降りてきてくれるのかな、と思ったくらい。それでも、UFOはのろのろと移動し続ける。
先回りできないかと考える。今やどこかのベランダから捕まえられそうな低空飛行。このまま真っ直ぐ飛び続けるとしたらと想定して少し走る。勿論UFOを見失わないよう目で追いつつ。
魚屋が見えた。まだ営業している。確かここは、隣のクラスの橋田光輝の家だ。魚屋の息子で、風紀委員長で、学年一の秀才。そして、ほとんど話をしない気持ち悪い奴。これが橋田光輝のプロフィール。橋田光輝を知らない生徒はきっと居ないだろう。
UFOを見失うわけにはいかなかった。私は、思い切って魚屋に入っていく。
「光輝君は二階ですか?ちょっとおじゃまします」
私はそう言い終わらないうちに、勝手に上がりこみ、急いで階段を探し、二階のドアを開けた。
橋田光輝は、部屋に居た。きょとんと不思議そうな顔で私を見ている。それはそうだろう。でも、私はそれどころではない。どんなに非難されようと、後から罰を受けようと構いやしない。宇宙人に一目、会えるのなら。
「突然ごめんね。私、隣のクラスの鈴本っていうんだけど、緊急事態でちょっとベランダがあったら貸してほしいの」
言いながらも勝手に窓の鍵を開ける。幸いにも狭いながら(失礼だ)UFOが通るであろう方向にベランダはあった。
急いでベランダに出て、辺りを見回す。光が見えた。真っ直ぐこのベランダというわけにはいかないけど、このまま飛び続けてくれれば大分近づくことが出来そうだ。
「光――。今の女の子は知り合いなの?」
階段の下から、おばさんの声が聞こえる。
「‥‥隣のクラスの奴だから心配しないで。何にもいらないから」
橋田光輝はおばさんにそう返した。私はとても驚いて、
「あんた、いつもうす黙ってる気持ち悪い秀才だと思ってたけど、かなりいい人ね」
と思ったまま正直に言ってしまった。
UFOから目が離せなかった。
ふらふらと確実に近付いてくる。
やっぱり紛れもなく小型UFOだ。私は嬉しくて仕方なくて、思わず手を振る。
意外なことが起きた。
UFOが急に角度を変え、このベランダの壁に激突した。
私は、小さく悲鳴を上げた。
私と橋田光輝は揃ってそれの前に居た。
それ=宇宙人、というのは、日本語を話せるらしい。
でも驚くべき姿は、タコ。タコにそっくりなのだ。それもUFOが小さく、それに乗っていたわけだから、ミニミニタコ。直径三センチぐらい。『こんな宇宙人居るかもしれないベスト5』なんかに出てくるイメージそのものの宇宙人。あえてタコじゃないと言うのなら、足が八本以上ありそうなところだ。
「ビックリさせないで下さい」
タコの一声はそれだった。
しかも丁寧語だし。
「日本語が、話せるんだね。どこの星から来たの?」
私は、緊張しながらもタコの目を見ながら質問する。タコのくせに目はパッチリとついている。
「どこから来たのかは言えません。日本語はちゃんとインプットしてきました」
「何しに来たの?」
「あ、観光旅行です」
タコは明るく答える。そこは秘密じゃないんだ。まあ、嘘をついている可能性だってないとは言い切れない。
「もしかしてUFO、壊れちゃったんじゃない?大丈夫?」
「これはUFOではないです。観光用で、UFOに似せて作ったただのレプリカです。こんなもので星には帰れません。でも、レプリカは故障しましたので、迎えがくるまではここを動けないです。信号を送ったので時期に誰かが来るでしょう」
「仲間が一緒に来てるの?観光って言ったよね?もしかして、地球旅行、ツアー!?」
「そんなものです」
「みんなタコなの?」
「‥‥‥そうですね。タコとかいうものです」
意味ありげな言い方が気になる。
橋田光輝は私とタコの会話を黙って聞いている。順応性のある人だなと思って、彼を見ると彼の目は見開かれていた。
頭がついていかず、放心しているだけのようだ。
「タコ‥‥‥迎えはいつ来るの?」
私は橋田光輝を放置して、質問を続ける。
「そうですね。早くても今から三十時間後ぐらいになると思います。もっと遅いかもしれないですし」
「じゃあ、良かったらこれから私の家に来ない?まだまだ色々話したいこともあるし、電気マッサージ器の感想も聞いてみたいし」
「何ですか?それは・・・」
「疲れた人の体を癒す器具だよ。上下に動く動作を繰り返して背中の凝りをほぐすのね。まあ、ちょっと古いから音がうるさいんだけど」
「何だかよく分からないけど興味はあります。‥‥けど、貴方のところに行くわけにはいかないです」
「何で?」
タコはそこで少し間をおいた。
「僕は生物学上、雄です」
「タコじゃない。そんなかしこまって遠慮することないよ。私は全然気にしないし」
タコは無言になり、困ったような仕草をとった。タコだし、とても小さいから表情なんてよく分からないけど。
「タコ、遠慮することないよ。私、君に会いたかったんだ。ずっとずっとずーっと前から待ってたの」
偶然なんかじゃない。私が、どんなに宇宙人に会いたかったか、分かってもらいたかった。
「ちょっと失礼しますね」
タコは、早口でそう言うと姿を変えた。
「あなたのような人に偽りの姿で会うのは礼儀に反しますから」
タコは、言った。姿はもうタコではなかった。
「タコ、反側じゃない」
私は呟く。橋田光輝ではないけど、私も放心寸前だった。
タコは、美しい二十代の青年だった。髪は真っ白で、瞳は透き通ったとても綺麗な緑色をしている。
「反側は許されています。僕の星では遺伝子操作で大体同じような顔に整えるのです」
「そういう意味じゃないんだけど‥‥‥」
私はタコをまじまじと見つめる。服装はみたことのないデザインだし、耳から頭にかけて装飾だか何だか分からないけど、線が何本か通っている。
「‥‥誰かに見られたら騒ぎになる。とりあえず部屋に入ってよ」
放心していたはずの橋田光輝が、かすれた声でそう言った。
「タコ‥‥じゃないね」
私は、無意識に呟いた。
「何のためにタコの姿で居たの?」
橋田光輝が聞く。完全に放心状態からは解放されたらしい。
「だって、タコの姿でちょっと誰かに見られても未確認生物で済むけど、人型で乗ってて見つかったら大事件になるじゃないですか」
「えーー!?どっちにしたって、見つかったら大事件になるし、レプリカと言ってもUFOに見えるものに乗ってる時点であきらかに宇宙人だと思われるよ」
私は驚いて、言った。橋田光輝も横で頷いている。
「つまり、乗り物をUFOの形に似せたのがまずいんでしょうか?」
「うーん。そうかも。宇宙人ですって言ってるようなものだもんね」
「じゃあ、どんな形にしたらいいと思いますか?」
「難しいね。飛んでて不自然じゃないもの‥‥。あ、鳥は?いいと思わない?」
私は橋田光輝に同意を求める。
「‥‥‥飛んでるときは殆んど姿が確認できないから、返って石とかそのへんに転がってるようなものの姿の方がいいと思うよ。問題は地面に下りるような緊急事態になったときにいかに見つからないでいられるかだと思う」
橋田光輝はそう言って、考え込む。
「葉っぱなんかいいかもね。低めに飛んでいてもそんなに違和感ないし。でも厚さが難しいか‥‥‥。乗り込めないか‥‥」
何だか独り言のように、橋田光輝はぶつぶつと自分の世界に入ってしまった。
「まあ、あんまり参考にならないかもしれないけど、UFOの形よりは、石のほうが安全かもね」
私は、とりあえずまとめてみた。そして、話題を変えた。
「そう言えば、もうタコ‥‥じゃないから、なんて呼んだらいい‥‥ですか?」
考えたら、どう見ても私たちより元タコの方が年上だ。ちょっと意識して、今更だけど丁寧語で聞いてみる。
「急に、言葉遣い変えなくていいです。名前は、ちょっと発音できないと思うので、ルピスって呼んで下さい。その発音が一番近いですから」
ルピスは笑って言った。そう言われても、もうこの人はタコじゃない。意識したら、気軽に話せなくなってしまった。
「私は鈴本なゆと言います。なゆでいいです。隣は橋田光輝」
「じゃあ、なゆと橋田にお願いがあります。折角知り合ったのですし、地上の観光旅行に明日一日付き合ってもらえないでしょうか?本当はそういうことしてはいけない決まりなんですけど」
「勿論いいですよ!!」
私は速攻で答えた。
「俺は皆勤賞狙ってるから、付き合えないよ」
明日は水曜で普通に学校だ。橋田光輝は、ルピスより学校が大事らしい。でも、当然私は学校よりもルピスだ。
「でも、問題はその格好‥‥。髪や瞳が目立ってしょーがないですよ?」
言いながらルピスの顔を見ると、視線がぶつかる。どきっとする。
「それなら問題ないです」
ルピスはそう言うと、一瞬で髪と瞳を黒に染めた。耳から頭の線は消えないけど、まあむりやりファッションだと思えないことも無い。
考えてみたら、タコになれるくらいなんだから、色を染めるなんて容易いことなのかもしれない。
「服は俺がなんとかしてやるよ」
橋田光輝が言った。
「絶対サイズ合わないじゃん」
私は言う。橋田光輝は中2にしても小柄な方だ。それに引き換え、ルピスの身長は170cm以上あるように見える。
「親父の服とかでいいだろ‥‥」
あんまりセンス悪いのはやめて欲しいと思ったが、好意で言ってくれたのだからと思い、敢えて口に出しては言わなかった。
私は一先ず、家に帰り、ルピスは再びタコになり、宇宙船のレプリカで眠ることにしたらしい。
ルピスとは公園で十時に会う予定だった。でも、私が着いたのは九時ちょっと過ぎ。当然まだルピスは来ていなかった。
昨日の夜は良く眠れなかった。家に着いたら全ての出来事が夢だったのじゃないかと思えて、全てが馬鹿げた私一人の空想なんじゃないかと何度も何度も考えた。
今日も昨日同様、とてもいい天気だ。青空が眩しく、その青さが余計仕組まれたように上手くいきすぎていて、この天候さえ疑わしく思えた。
私は昨日と同じベンチに座って、ルピスを待つ。
「おはようございます。早いですね。待たせてすみません」
ルピスが現れた。格好は青と白のチェックのシャツにベージュのズボンだった。普通の服装だ。あの魚屋の親父も案外若々しい服を着るのだなーと少し感心する。
時計を見ると、九時半を少し過ぎたところだ。ルピスも十分に早く来てくれた。
私は色々と悩んでいたことが馬鹿みたいに思えて、安心したのと、それからやっぱり嬉しくて、泣きそうになる。
「どこに行きますか?」
私は涙を堪えて、明るく言った。
「どこでもいいです。ああ、そうそう、電気マッサージ器ってのを見てみたいです」
覚えていてくれたらしい。ルピスは笑顔でそう言った。
私たちはふらふら歩いて、バスに乗り電車に乗り、大手家電ショップにたどり着いた。マッサージ器の無料体験コーナーでルピスを体験させると、何故かずっと笑っていた。
「気持ち悪いけど面白い」と言いながら。
マッサージ器で宇宙人を釣ろうとしたのはあながち間違いでもなかったらしい。
お昼は適当な喫茶店に入った。ルピスはずっと注目されていた。丁度ランチタイムのOL集団でお店が混み合っていたから。
まあ、これほどの美形は探してもそうそう居ないだろう(地球人の中では)。多分私たちは兄妹には見えないだろうし、当然恋人同士には見えないし(年齢が離れているから)親戚とかそんなちょっと遠い血縁関係だと思われているのかもしれない。
お昼を食べたら遊園地に行くのもいいかもしれないと思い、早速提案してどんなところか説明すると、ルピスは、
「夢みたいなところですね」
と言った。
その通りだと思う。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
そう言って、ルピスが私を覗き込む。確かに睡眠不足で絶叫系たて続けは無茶をした。ルピスは顔色一つ変えずに楽しんでいるというのに。
「少し休めば大丈夫‥‥」
私は無理に笑顔を作ろうとしたけれど、眩暈がして、そこで記憶が途切れた。
目を覚ますと、真上に整ったルピスの心配そうな顔があった。驚いて私が起き上がろうとすると、
「駄目です!!寝てて!!」
とルピスが怒鳴る。
手の感触が芝生で、この状況は‥‥。どうやら私はルピスに膝枕されているらしい。しかも、微妙に周りから人の視線を感じる。
この状況が?それとも、またしてもルピスの麗しいオーラに?どちらにしても、この状況を見られているのはとても恥ずかしい‥‥。
「無理をして、僕に付き合っていたんですね」
ルピスが静かに言った。
「違うよ。‥‥‥違います」
私はそう返す。ルピスは、黙ってしまった。怒っているのかもしれない。
「だって、寝不足だって一緒に居たかったんだもん」
私はぽそりと正直に言う。
ルピスは両手で自分の顔を覆った。
しばしの沈黙の後、
「僕はここに居てもいいですか?」
と言った。
私には意味が分からなかった。“ここ”とは一体どこを意味しているのか?遊園地?それとも地球?
「どうしたの?ルピス」
彼の不安定な様子に、丁寧語なんてすっかり吹っ飛んでいた。
「あなたのそばに居たいと思ったんです。こんなに優しくされたことはなかったから」
私は驚いて言葉が出なかった。優しくしてる意識なんて全くない。興味本位で宇宙人に近付く、変な子供という意識しか持たれてないのかと思っていた。
「僕の星ではみんなが同じ顔をしているから、誰かの特別になれることなんて殆どないのです。僕は今まで誰かに関心を持ってもらったことさえありません。だから、僕を僕だと認識してくれるあなたが愛しい。ずっと一緒に居たいのです」
ルピスの表情は真剣だった。冗談で言っているのではない。
私は、心臓が壊れそうだった。それこそもう一度気絶するほど。
冷静に考えようとする。ただ、口の上手いたらしの宇宙人だったらどうしよう。でも、もう遅い。殆ど恋愛経験のない子供の私は、完全にやられてしまった。
ルピスが地球で生活することを、いいよと軽く言えればよかった。
けれど、それにはとても、大きな問題があった。ルピスはこのままの姿で地球に居られないらしい。難しいことは分からないけれど、とにかく地球に居られるのは精々五日が限度。それ以上居ると、体がボロボロに砕けるのだそうだ。一体その体は何で構成されているのか、謎だらけだ。
ルピスが突然恐い提案をする。
「橋田の体をもらったら駄目だと思いますか?」
「駄目に決まってるじゃない。ルピスは人の体に入れるの?寄生?」
まるで、本当に映画のSFの世界。作り物だと思って見ているけど本当はこうして私のように本物に会った人達が実体験を通して作っているのかもしれない。
「‥‥そうですね。僕が橋田の体を貰ったら、橋田の自我は消滅しますね」
「やめてよ。そんなどっかで見た、酷いエイリアンみたいなまね」
私は、起き上がってルピスから離れた。
「別に僕は酷いエイリアンになったって構わない」
“あなたのためなら”
声は心の中に直接響いた。
タコだったくせになんなのよ。
どうしていいか分からなかった。私だってルピスと一緒に居たいと思う。けど、そのために橋田光輝を犠牲にしていいわけがない。
私たちは、橋田光輝の家に向かった。勿論彼をどうこうするつもりではなく、最初から戻るつもりだった。
ルピスはタコになり、彼の家のベランダにあるUFOのレプリカの中で、迎えを待たなければならないのだから。
「観光旅行、楽しかった?」
部屋に入った私たちに、橋田光輝は軽くそう聞いた。
なんだか心が痛んだ。橋田光輝は暗くて気持ち悪い奴なんかじゃない。良く分からないけど、きっと優しい人だと思う。
「楽しかったよね、ルピス」
私は全て思い出にしようと、ルピスに向かって言った。ルピスは返事をせず、少し困ったように笑い、ベランダに出てレプリカを調べだした。
私は橋田光輝に、今日行った場所とかルピスの電気マッサージ器への反応などを話す。
突然、ルピスが勢い良く部屋に戻り橋田光輝の手を強く握った。
「橋田、ごめんなさい」
ルピスがそう言うと、橋田光輝は座ったまま横に静かに倒れた。
「何するのよ!!ルピス!!」
私は叫ぶ。何をするつもりなのか本当は分かっていたけど、信じたくはなかった。
「だって、もうすぐ迎えが来てしまう。‥‥‥時間がないんです」
ルピスは綺麗な顔を伏せた。そして、再び橋田光輝の手を強く握る。
「やめて!!私は、ルピスと一緒に居たくない。宇宙人に興味があっただけ。別にルピスじゃなくても良かった。それに、私メンクイだし、ルピスが橋田光輝の姿になるんなら一緒に居たって意味がない。早く帰ればいいじゃない。別に私は淋しくない」
一言言うと、一気に後からすらすらと言葉が出てきた。
「そうですか‥‥‥。よく、分かりました」
ルピスはそう言った後もしばらく橋田光輝の手を掴んでいたけど、静かに離すとベランダに出て行った。
私は動かなかった。
何時間か経ち、ベランダに出るとレプリカは消えていた。
涙が頬を伝った。
嘘をついた。私はメンクイなんかじゃない。例えタコの姿でだって構わない。本当は一緒に居たかった。
「何だか良く分からないけど」
そう言って、いつの間に起き上がっていたのか、橋田光輝が私にハンカチを差し出した。
「あ、そうそう。あんたに言わなきゃならないメッセージってのだけが色濃く残ってる。あの宇宙人にチップでも埋め込まれたかな」
橋田光輝は、真顔で言った。
「“嘘つき。また会いに来るよ”だって」
私の涙はぴたりと止まった。