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6月30日(土) 授業参観(前)

 6月30日、土曜日。

 私彼岸優は、朝起きて寝ぼけ眼で制服片手にシャワールームへと向かう。

「あら優、ちょっと待っててね」

 そこでは母親が化粧をしていた。

「別に化粧なんてしなくたってお母さんは綺麗なんだから大丈夫でしょ」

「そうはいかないのよ、礼儀ってものなの。あんたも大人の女になればわかるわよ」

 そんなものなのだろうか。母親の化粧が終わるまでテレビでも見ようと、既にソファーに座って昨日の野球の試合のハイライトを見ていた秀の隣に腰掛ける。

「底野君の両親どんな人か気になる?」

 授業参観を毎回嫌がっている秀だが、今回は彼氏の両親に逢えるのだからそこが救いだろう。

「あいつの両親は海外にいるそうよ」

「あらあら、それは残念ね」

 と思ったらなんて不幸な運命なのかしら。

「はん、何が残念なのかしら。むしろ幸運だわ。仮にあいつの両親が来てたら、あいつが3人いるようなものよ。ウザさ3倍よ」

「何言ってるの、幸せ3倍じゃない」

「……はぁ、話にならない。ほら、シャワールーム空いたからさっさと失せな」

 秀に睨まれて、しぶしぶシャワーを浴びに行く。素直じゃないなあ。



「おはよー金切君」

「おはよう優。朝から母さんが思いきり化粧してて見苦しいのなんの」

「あはは、実は私のお母さんもなんだ」

 家を出て、既に待っていてくれた金切君と一緒に学校へ向かう。

 今日は楽しい? 授業参観日。お母さんったら普段しないのにお化粧なんてしちゃって。

「女は見栄を張りたがる生き物ってことかねえ」

「ちょっと金切君、それは私に喧嘩売ってるのかな?」

「冗談だよ冗談、く、くるし……」

 金切君がまるで女を知り尽くしたかのような口調で話すもんだから何だかいらっときて、金切君のネクタイをぎゅっとする。あ、なんだか夫婦っぽい。

「はー、そういえば私のとこはお父さんも来るんだった、お父さん最近メタボ気味だから正直来ないで欲しいのよね……」

「一家の大黒柱に何てことを言うんだよ……」

 まるで男を知り尽くしたかのような口調で私が話すもんだから金切君に呆れられる。あ、なんだか夫婦っぽい。

「ていうか私達一番後ろの席じゃん、保護者のすぐ近くじゃん、うわ緊張する」

「確かに」

 私達の後ろにスーツ姿の保護者が総立ちするのだ。滅茶苦茶恥ずかしいよ。

 そうこう言っているうちに学校に到着だ。一時間目は数学か。一時間目から眠っちゃったら大恥かくから頑張って起きよう。



「それじゃあ、ここの問題を……今日は30日だから、彼岸さん」

「うぇっ?」

 その一時間目の授業、後ろにはクラスメイトの親が総立ちしているという状況で、数学の教師に黒板の問題を解けと指名されてしまう。何故30日だから私なのだろうか?

 黒板の問題、私わかんないのに!

 横の席の金切君に助けを求めるが、目を逸らされる。金切君もわからないみたいだ。

 ああ、私の後ろには私と金切君の母親が立っている。

 金切君のおばさんが、『優ちゃん頑張って!』とか言っている。

 お母さんが『あんた間違えたらどうなるかわかってるでしょうね』とか言っている。

 くそう、高校入って最大のピンチだ。

「3だよ3」

 黒板へ向かう途中、ヒナが助け舟を出してくれる。持つべきものは親友だ、ありがとうヒナ!

「2ですよ2」

 ところが、その隣の席の小田君が、ヒナとは別の答えを出す。

「は? 3でしょ」

「いや、2ですよ」

 こ、こいつら何勝手にラブコメやってんだ私がピンチだってのに……!

 よし、ここは二人の間をとって……

「2分の5です!」

「違います」

 教師の無情な判定にうつむいて歯ぎしりをする。ちらっと後ろを振り返ると、金切君のおばさんが微笑んでおり、私のお母さんは恥かかせやがってという冷たい眼差しをこちらに向けている。ひーん、助けて金切君!



 ◆ ◆ ◆



「……2ログ5+2分の3」

「正解です、よく出来ました。……あら、それではこの辺で終わりにしましょう」

 2時間目の数学の授業、30日だから彼岸さんねと言われて仕方がなく私彼岸秀は問題を解く。その後終業を告げるチャイムが鳴ったため、2時間目は終わり。後半分、後半分で忌々しい授業参観からも解放される。

「あの子頭いいわねぇ」

「さっき隣のクラスに、顔がそっくりの子がいたわよ、双子かしら」

 クラスメイトの親達が私の話をしている。不愉快だ。

 何より不愉快なのは、

「……」

 授業が終わると共に、1組の教室へ向かって行く母親と、入れ替わりにこちらの教室に入ってくる父親だ。実の娘にどう接すればいいのかわからず授業が終わるとすぐに気まずそうに隣に行くくらいだったら来ないでくれ。

「秀さん秀さん、秀さんの親ってどの人?」

 休憩時間にため息をついていると、底野正念が話しかけてくる。

「……知ってどうするつもりだ。こんにちは! 秀さんの親御さんですか? 俺の名前は底野正念、秀さんのボーイフレンドです! とか言うんじゃないでしょうね」

「ははは、自意識過剰だね。ていうか何その裏声」

「なぁっ!?」

 歯ぎしりをしながら笑う底野正念を睨みつける。裏声を周囲の人間にも聞かれてしまい、クラスメイトや保護者からもくすくすという笑い声が聞こえる。全てこいつのせいだ。

「……あれだよ」

 こいつの興味を私から遠ざけるために、父親を指差す。父親はこちらに気づいて曖昧な笑みを寄越す。父親はどう思っているのだろうか、男友達がいるなんて知らなかったな、なんていう顔をしている気がするが。

「へえ、あの人がお父さんか。優しそうな人じゃないか」

「適当ぶっこいてんじゃないわよ」

「ぶっこくって何?」

「……はぁ、自分の両親に見られる心配がないからって調子に乗らない事ね」

「いやあ、それがさあ」

 底野正念が困ったように笑うと、教室に男女が入ってくる。

「おお、ここが息子の教室か、広いじゃないか!」

「あなた恥ずかしいからそういうのやめて頂戴」

 ……間違いない、底野正念の両親だ。

「……賑やかなご両親ね」

「え、よくわかったね、俺の両親だって。ていうか何で笑いを堪えてるの?」

 笑っている顔を見せないように、うつむいて必死で体を震わせる。

「い、いや、ちょっと、あれは反則でしょ」

「どうしたの秀さん、秀さんらしくないよ」

 私としたことが笑いのツボにはまってしまったのか、しばらく体の震えが止まらない。

 ようやく落ち着いた後、再び底野正念の両親を見て噴きだしそうになる。

「……に、似すぎでしょ……」

「あ、やっぱりそう思う? よく言われるんだよね……って、何で皆もそんな笑ってるんだよ、俺が何をしたっていうんだよ」

 底野家は、母親も父親も息子も顔がそっくりなのだ。どちらか一方にそっくりならともかく、二人ともそっくりなんておかしすぎる。双子の姉がいる私でも思わず笑ってしまいそうになるのだから、クラスメイトの受けた笑撃は計り知れないだろう。

「ほんとにもー、酷いなあ皆……そんなわけで、急遽両親がこっちに帰ってきてしまったんだよ、紹介するよ。俺の母さんと父さん」

 両親を手招きしてこちらへ来させた底野正念はどこか誇らしげにそう告げる。

「はじめまして! 息子の彼女かな!? いやあ、息子にはもったいないくらいの美人さんだ」

「あなたそうやって中途半端な関係の人間を周りが冷やかすと関係が壊れることもあるからやめて頂戴」

 底野正念をそのまま20歳くらい成長させた感じの父親が私に興味津々に話しかけてくる。自分の両親のように全然交流がないのもウザいが、これはこれでウザいな。

 一方底野正念をボーイッシュにした感じの母親は、割と常識人のようだ。

「……紹介するんじゃなかった、ごめんよ秀さん、こんな馬鹿な父親で」

「賑やかで楽しそうじゃない」

「顔が全然笑ってないじゃないか」

 心底ウザそうに言ったのを流石に悟られたのか、底野正念はげんなりした表情になる。

 まあ、賑やかで楽しそうというのは嘘になるけれど、少なくとも自分の両親よりはマシなんじゃないかしら。

 ……何を言っているんだ私は。

 さて、そろそろ休憩時間が終わって3時間目の授業だ。

 はあ、自分の父親の気まずそうな視線と、底野正念の両親の視線に耐えて授業を受けないといけないなんて、今の私にはハードワークだ。



 ◆ ◆ ◆



「なあなあ、あの女の人って誰の家族だ? 母親には見えないし、結構美人だよな」

「誰かの姉さんじゃね? いいよな、俺ナンパしようかな」

 3時間目の物理の授業中、クラスメイトが僕、鷹有大砲の後ろにいるスーツ姿の美少女の話をしている。

 新品の黒いスーツと漆黒の髪が特徴的な……まあ、ぶっちゃけガラハちゃんが、興味深そうに黒板を眺めている。カラスは賢いというけれど、高校物理が理解できるのだろうか?

 というわけで、ガラハちゃんは結局僕の授業参観に来てしまったわけだ。

 ガラハちゃんはまだいい。一応一緒に暮らしているわけだし、家族と言っても過言ではない。

「あの制服ってさ、県内一の馬鹿学校で有名なあそこだよな」

「誰かの姉さんじゃね? 俺の好みじゃねえなあ、それよりその隣にいる金髪のお姉さんが好みだなあ、和服が似合ってる」

「わかる。誰かの母親か? でも金髪の奴なんて、4組でしか見ないな」

 クラスメイトが話題にしている2人が、僕の悩みの種だ。

「店長、あの問題わかります? アタシ全然わからねっす」

「私もさっぱりよ。はー、やっぱ学校くらい出ておきたかったわねー」

 お前らだよお前ら。神音とキツネさん。何でお前らがそこにいるんだ、しかも授業中なんだからもう少し小さな声で喋れよ。

 3時間目の授業が終わりを告げると同時に、僕はガラハちゃんと神音とキツネさんを強引に空き教室へ連れていく。

「え? あの綺麗な人、眼帯の知り合いなのかよ?」

「かー、何であんな奴が、マジ腹立ってきた」

 その途中でクラスメイトの陰口が聞こえる。悪かったな、嫌われ者が綺麗な人と知り合いで!



「何で来たんですか、僕をからかいにきたんですか、惨めな学園生活を送ってる僕を!」

 空き教室に三人(一人と二匹)を連行し、自分でも八つ当たりとしか思えないが、三人を睨む。

「いやいや、自意識過剰だって。アタシのとこは学校休みだし、いい機会だから中学時代の友達に会おうと思って来たんだよ。さなぎとか」

「そうよ大砲ちゃん。私も暇だったから、なぎさちゃんのお遊戯会でも見学しようと思ってやってきたの。ついでに花食べようと」

「申し訳ありませんご主人。どうしても、ご主人の日常に興味があって」

「だったら神音は4組、キツネさんは5組に行けばいいじゃないですか。それとキツネさんまだ花を食べてるんですか? いい加減にしてくださいよ。ガラハちゃんは……僕の日常なんてつまらないから見る必要なんてないよ」

「素直じゃねえなあ眼帯。アタシ達に授業参観されて本当は嬉しい癖に」

 ヘラヘラと笑う神音。

「ああそうだね。で、どうだった? 教室中から嫌われる僕の授業風景は楽しかったかい?」

「何でそんなにイライラしてるんだよ……」

「知らないよ!」

 自分でも何が何だかわからず怒鳴り散らす。

 今まで誰にも授業参観に来てもらったことがないから、どう対応すればいいかわからず赤子のように泣き叫んでいるのだろうか。だとしたらなんて僕はお子様なのだろうか。

「……ごめん、僕が悪かったよ。でも授業を見るのはいいけど、大人しくしてね。あまりこういうこと言いたくないけど、君達が問題起こしたら増々僕が嫌われちゃうよ」

 大分落ち着いてきた。そろそろ4時間目の授業が始まる、教室に戻らないと。

「わかってるって……っていうか、この人誰?」

「私も気になるわ」

 戸惑いながらガラハちゃんを指差す二人。そういえば初対面だったか。どう説明したもんかと悩んでいると、

「ガラハです。ご主人のペットをしております」

 ガラハちゃんから自己紹介。いや、その説明はまずくない?

「ペ、ペット!? 眼帯、お前滅茶苦茶プレイボーイだな、その年で女の子飼うとか。いやー、人は見かけによらないもんだ、はは、ははは……何か色々ショック。眼帯はてっきり女に全然モテなくてギャルゲーばかりしてるもんだとついつい。……ちょっと待て、お前ひょっとしてギャルゲーのやりすぎで頭おかしくなってそこらへんの女の子を捕まえてきて調教したんじゃないだろうな」

 ほら見ろ神音が完璧に勘違いして動揺してるじゃないか。動揺しながら何を言っているんだこいつは、そっち系のジャンルは僕はやらないよ。

「そんなんじゃないですよ、ガラハちゃんは烏の妖怪。最近人間に変身できるようになったばかりなんだよ」

「あら、私と同業者ってわけね。いいわねえ初々しくて」

「あー、なるほど。そりゃそっか、普通の人間は眼帯嫌うけど、動物は眼帯にメロメロなんだったな、忘れてたよその設定。そっか、そっかそっか。んじゃ、アタシは4組に行ってくるよ」

 神音が相槌を打ちながら空き教室を出て行く。どことなく不機嫌そうだった。

 一体どうしたというのだろうか。

「神音ちゃんも大変ねえ……それじゃ、私も5組行ってくるわ」

 やれやれとため息をつきながらキツネさんも教室を出て行く。何の話だ?


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