6月29日(金) 十里なぎさ、虚しい
6月29日、金曜日。
「ねえねえ聞いた? なぎさちゃん、実の妹とディープキスしたんだって」
「うっそーまじ? シスコンだったんだ」
噂に尾びれがついて広まるし、
「今回の目玉商品は稲船さなぎと十里なぎさの熱烈キスシーンだああああ!」
要さんの水着写真目当てに写真販売会行ったら例のシーン撮られてるし。
放課後になって図書室についた時既に俺の精神はボロボロだった。
「なぎさちゃん随分やつれてますね、大丈夫ですか?」
俺の心配をしてくれる要さんが天使に見える。思わず泣きついてしまいそうだがそれをすると大変な事になるので勿論しない。大体要さんが恥ずかしがって人工呼吸しなかったからこうなったわけで。
「誰かさんが恥ずかしがらなかったら俺がシスコンの烙印押されて辱めを受けることもなかったのになーあー誰かさんのせいで」
思わず要さんを非難してしまう。要さんは顔を赤くして体をくねらせ、
「わ、私が悪いって言うんですか? なぎさちゃんがさなぎちゃんを水から引き上げるのに手間取ったからじゃないですかあ!」
反論をするが、逆切れもいいとこだ。
「へえ、俺は二人を助ける時に、要さんから先に助けたんだけど。あの時さなぎから先に助けてたら、人工呼吸されてたのは要さんかもしれないね」
「あ、あはは……ところで明日は授業参観ですね」
話題を強引に変えられてしまった。まあいいけどさ。
「要さんの両親は来るの?」
「はい、二人とも来ますよ」
要さんの両親か。両親と言えば前から気になっていたことがあったんだ。
「ところで要さん、それって染めてるの? 地毛なの?」
要さんの髪の色だ。ピンクっぽい色をしているが、髪を染めているようには見えない。
「地毛ですよ。母親がイギリス人なんです。私のはストロベリーブロンドって言うらしいですよ。金髪と赤髪が混ざった感じで、すごく珍しいそうです」
「へえ、現実に桃色の髪なんて存在するんだな」
珍しい髪の色、天使のような顔、出るとこ出てる体型、美しい肌……どれか1つでも持っていれば勝ち組な要素を全て兼ね備えているというわけか。
「なぎさちゃんもハーフだったりするんですか? お金持ちだし、家も洋風でしたし」
「いや、普通に日本人だよ。さなぎも髪染めてるだけで地は黒だってアルバムで見たでしょ」
お金持ちはハーフという偏見は一体どこから来ているのだろうか、執事は全員セバスチャン並に意味がわからない。
「そういえばそうでしたね。……はあ、実を言うとちょっと鬱なんですよね、パパが物凄く親バカで過保護だから」
「一家の大黒柱に何て事を言うんだ」
「ウザいものはウザいんです」
思春期の少女特有の父親嫌い。要さんくらい可愛ければそりゃあパパも親バカになって過保護になるわな。
「両親は大切にしなよ。折角二人ともいるんだからさ」
「あ……ご、ごめんなさい。なぎさちゃんの両親は、授業参観どうするんですか?」
俺の家庭環境を思い出したようで、珍しく要さんがしおらしくなる。
「さなぎには母親を連れてくるように言ってるし、こっちも父親に来る約束を取り付けてる。明日は両親が3年ぶりのご対面ってわけだ」
「そうなんですか。ヨリが戻るといいですね」
考えていた事がバレてしまった。意外と鋭い所がある。
そう、俺は両親を鞘に戻すつもりだった。折角さなぎと同じ高校になったんだ、この状況を利用しないわけにはいかない。この間母親に会いに行った時はそこまで俺に嫌悪感を抱いていなかったし、父親もさなぎを見た時嫌悪感を抱いていなかったように思える。二人が離婚した時相手に似ているから引き取りたくないという理由で離ればなれになった俺達がそうなのだったら、案外両親のわだかまりは時間が解決しているのではないだろうか。
「それじゃ、また明日」
「はい、また明日」
図書委員の仕事を終えて、正門で要さんと別れて自分の家に戻る。
家の鍵は開いていた。また親父か。
「おい親父、いい加減に鍵を閉めろって言ってるだろ」
「なぎさ、本当に明日授業参観に行かないといけないのか? 今週は忙しいんだ。お前ももう親が学校に来なくたって寂しくなんかないだろう」
客間でノートパソコンをいじりながらコーヒーを飲んでいる親父を叱責すると、親父は呆れ顔。
「保護者懇親会とか色々あるんだよ、親なら勤めを果たせ」
俺の目的は母親と父親をとりあえず会わせることだが、本心を隠してそれとなくでっちあげ。
「わかったわかった、そのかわり来週はわかってるな」
「ああ」
双子の妹が同じ学校にいるのだから、母親も学校に来るということに親父は気づいていないようだ。余程興味がないのかはしらないが、そのおかげですんなりと親父を学校に来させることができるのだから塞翁が馬か。
夕飯を食べ、風呂に入り、就寝時間となった俺は寝る前に薬を取り出して飲む。
紫色の液体を飲めば、みるみるうちに俺の体が煙につつまれて気づいた時には長身の男。
「くくく……」
以前キツネさんに売ってもらった理想の姿になれる薬、俺は毎日寝る前に飲んでいる。
この姿で以前学校に行った時は酷い目にあったので、自室で寝ている間だけ理想の自分になるように飲む薬の量を調節しているわけだ。
鏡の前にうつるかっこいい俺!
部屋を出ようとすれば頭をぶつける!
布団に入れば掛布団から足がはみ出る!
ああ、なんて素晴らしいんだ、高身長は!
心なしか背が高い状態で眠れば良い夢を見ることができる気がする。
明日の授業参観にそなえて、おやすみなさい。
「お兄ちゃん、背が高くてかっこいいぜ!」
自分より背の高い俺を、さなぎが尊敬の眼差しでみつめる。
「さなぎ、大きくなったわね」
立派に成長した俺を見て、母さんも満足そうだ。
「あらあら、もうさなぎちゃんなんて呼べないわね。かっこいいわよ、さなぎ」
いつも俺を子供扱いしていたゲスさんも、ちゃんづけせずに俺を名前で呼ぶ。
「背の低い子の方が可愛いと思ったけれど、背の高い人の方がかっこいいわ!」
ショタ気味だったキツネさんも、背の高い俺の魅力に気づいたようだ。
「なぎさちゃんかっこいいです! 好きです! 付き合ってください!」
要さんが顔を赤らめながら、俺に抱きついてくる。
「……」
目が覚めた時、どうしようもない虚無感に襲われた。
流石に都合の良すぎる夢を見てしまうと、目が覚めた時虚しいよね。




