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6月27日(水) 鷹有大砲、授業参観のプリントを破る

 6月27日、水曜日。

「あああああっ、熱い、熱い、ああああああ」

 響き渡るは僕の悲痛な叫び。これは僕が10歳くらいの出来事だったか。

 僕の背中に押し付けられるタバコ。僕が喫煙者を嫌う理由の1つがこれだ。

 見る見るうちに変色していく僕の体。赤かったり、青かったり、僕はこの後サーカスでピエロにでもなるんじゃないかと本気で思っていた。

「お前なんて、産まれてこなければよかったんだ!」

 僕を責めたてる両親の声と、体への衝撃。父親に散々蹴られ、母親にタバコを押し付けられて、僕は限界状態にあった。

 そして僕は……



「ご主人、ご主人!」

「……ガラハちゃん?」

 目が覚めると、頭上にはガラハちゃんの顔が。何だか物凄く焦っています。

 時計を見ると、まだ朝の5時でした。

「申し訳ありません朝早くに起こしてしまって。ご主人が物凄くうなされていたので思わず起こしてしまいました」

「ありがとう、ガラハちゃん」

 ガラハちゃんが起こしてくれなかったらあの夢の続きを見る羽目になってたわけだ。

「大丈夫ですか? 酷く顔色が悪いようですが。今日は学校お休みになりますか?」

「大丈夫、大丈夫だから……。シャワー浴びてくるね」

 ふらふらとした足取りでシャワーを浴びに。

 パジャマを脱いで、浴室で鏡の前に立つ。なんて醜い体をしているのだろうか。無数の切り傷。大量の根性焼きの痕。

 シャワーを体にかける。もう傷口に水が触れても痛みはない。僕の感覚は麻痺してしまったのだろうか? 身体の痛みは時間と共に消えた。しかし心の痛みは消えないのか。

 好きの反対は無関心だとよく言うけれど、僕はそう思わない。というか、無関心だったらどれほど幸せな事か。秀さんは親から無視されたからグレてしまったらしいけど、食事も用意してもらって学校にも行かせてもらって、十分すぎる程愛されているじゃないか。

 シャワーを浴び終えた僕は制服に着替えてリビングへ。丁度ガラハちゃんが朝食を作り終えてお皿を並べているところだった。

 僕は今日の授業の準備をするためにカバンをまさぐる。

 その中から一枚のプリントを取り出す。授業参観のプリントだ。

 夢で昔の事を思いだしてしまったのは、こいつが原因。

 僕はそれをビリビリと引き裂いて、ゴミ箱に捨てた。

「何ですか? そのプリント」

 プリントを引き裂く僕の顔があまりにも狂気に満ちていたのだろう、ガラハちゃんはビクつきながらプリントの残骸を見る。

「……授業参観のお知らせだよ。学校に家族が来て授業の様子を見るっていうイベントでね。僕には何の関係もない話だ。いいかいガラハちゃん、もうこの話題はおしまいだ。朝ご飯にしようよ」

「……わかりました。どうぞ召し上がってください」

 ガラハちゃんは察しが良くて助かる。それにしても今頃両親はどうしているのだろうか。正直僕は両親がいた時の記憶を余程忘れたいのか、鮮明に覚えていない。それでも時々ああして夢に出てくるのだけど。いつか両親は釈放されるのだろう。その時僕はどうするべきなのだろうか? 両親は加害者かもしれないけれど僕の能力の被害者でもある。僕にこんな能力が無ければ、あるいはもっと早くに能力を抑える技術を身に付けていれば、嫌われながらも、それなりにまともな家庭環境が築けたはずなんだ。両親への恨みの気持ちもあるし、申し訳ないという気持ちもある。

 そういえば僕は両親に今まで授業参観に来てもらった事があっただろうか? 忘れたいと思っている記憶を探ってまで思い出そうとしてみるが、そんな記憶は見つからない。

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、ご主人」

 朝食を食べた後、テレビを見たりして時間になったので家を出る。

 しばらくとぼとぼと歩いていると、見覚えのある後姿。今時スカートの下にジャージを履いている女なんて、秀さんくらいしかいない。

「おはよう秀さん」

「ひぃぃぃぃっ!」

 こっそり後ろに近寄って肩を叩いてみる。秀さんはもう僕がトラウマになっているのか滅茶苦茶ビビって可愛い女の子みたいな声を出す。あ、可愛い女の子だったね、ごめんごめん。いやあそれにしてもいつも強がってる秀さんを簡単にビビらせる事が出来るなんて、優越感感じちゃうなあ。

「いきなり悲鳴をあげないでよ。僕が痴漢みたいじゃないか。駅を過ぎてるけど彼氏待たなくていいの?」

 後ろから大して仲良くもない女の子の肩を叩くのは痴漢とまでは行かずともセクハラかもしれないが、大目に見て欲しい。

「彼氏じゃないから」

「あ、そうなんだ。じゃあ僕にもチャンスあるってこと?」

「死ね」

 からかいすぎたのか、直球で死ねと言われてしまった。傷つくなあ。

 その後も何となく秀さんと並んで学校まで歩く。うーん、冷静に考えるとこれって周りの人に誤解されるよね、僕と関わってるという理由で秀さんの評価が落ちたら申し訳ないし、距離を開けて自然と離れようと思っていたのだが、

「ねえ、あなたは授業参観が楽しみ?」

 秀さんがぽつりとそう呟く。授業参観が楽しみでない秀さんは僕に同意して貰いたいのだろう。

 全然楽しみじゃないよと同意しようと思ったが、安易に同意するのはきっと秀さんのためにならない。

「僕の両親は殺人未遂で塀の中だよ。家に帰ればいつでも家族に会える、家族と話すことができる癖に悲劇のヒロイン気取ってんじゃねえよ」

「……っ!」

 隣を歩く秀さんにそう告げると、こちらを思い切り睨みつけ、ガァン! と鈍い音がしたかと思うとお腹に物凄い衝撃。見事な正拳突きだね。僕を地面とキスさせた後、秀さんは学校へと走り去って行ってしまった。

 ごめんよ秀さん、僕も人とあんまりコミュニケーションを取ってないからさ、どんな対応が正しいのかがわからないんだ。きっと今の発言は言っちゃいけなかったし、的外れもいいとこだったんだろうね。起き上がって制服を掃い、学校へ。



 特にイベントもなく放課後になり、バイト先へ向かう。キツネさんはお店の椅子に座ってすやすやとお昼寝をしていたので、起こさないように掃除をする。

「ふはははは! 神音様参上!」

「んにゃ……あら、二人ともおはよう」

 人が折角気を遣ったのにこいつのせいで台無しだ。

 その後は適当に雑談しながらお客さんが来ないか待っていたのだが、

「……こんちゃす。こないだの薬、まだ余ってませんか? 売ってください」

 お店の中に入ってきたのは十里君だ。こないだ渡した飲むと理想の自分になれる薬のことを言っているのだろう。先週の時点で何本か薬を渡したが、全て使い切ってしまったようだ。

「余ってるには余ってるけど、そんな何本も飲むのはオススメできないわよ。今のままで十分可愛いんだからいいじゃないの」

 キツネさんは十里君をなだめる。僕も正直あの薬は継続的に飲むような代物ではないと思っている。副作用ありそうで怖いしね。ただ、可愛いというのが禁句だと本人は気づいていない。

「あなたに何がわかるっていうんですか。もう何年も身長が伸びず、妹や同級生の女の子より身長が低い苦しみが理解できますか? 毎晩自分の家で薬を飲んで背の高い感覚を楽しむ事の何がいけないって言うんですか!」

 キツネさんを睨みつける十里君。そんな事をしていたのか、想像したら何だか泣けてきた。

 僕に負けず劣らず? 彼の心の闇も深いようだが、だからと言って同情して薬を売る訳にはいかない。今の十里君は背が高くなる快感を求めて薬を飲み続ける麻薬中毒者だ。

「とにかく駄目よ、理想の自分が欲しいなら自分で努力しなさい。あの薬はあくまで自分の理想がどんなものか確かめるための薬なんだから」

 努力で彼の身長がどうにかなるのかはわからないが、キツネさんの言っていることはかなり正論だと思う。しかし余程薬が欲しかったのか、

「お願いだよぉ、お姉ちゃん」

 十里君はプライドも何もかも投げ捨てて、キツネさんを上目遣いに涙目ボイスで悩殺しにかかった。これには思わず僕も神音も噴きだしてしまう。

 けれどキツネさんには効果は抜群だったようで、

「いやーん、もう家の子にしたいくらいだわ! いいわよ、薬なんていくらでもあげちゃう!」

 十里君を抱きしめてそんな事を言うのだ。役に立たない店長だな……と思ってしまった。

 けれど店長の言う事にバイトは逆らえない。結局十里君は薬を手にしてご機嫌でお店を出て行った。何だかロクでもないことになりそうな気がする。



「ただいまガラハちゃん。……どうしたの、その服」

「おかえりなさいませご主人。いえ、これは、その」

 アルバイトも終えてアパートに戻る。僕を迎えてくれたガラハちゃんはメイド服ではなくスーツ姿だった。

「似合ってるけど、就職活動でもするのかい?」

「その、秘密です。すぐに食事の用意をしますね」

 そそくさと夕食を作りにスーツ姿のままキッチンへ向かうガラハちゃん。いや、折角のスーツが汚れるから着替えた方がいいんじゃ……

 ふと見ると、ビリビリに引き裂いたはずの授業参観のプリントが修復されていた。

 パソコンでインターネットの履歴を確認すると、「授業参観 服装」という検索履歴が。

 ……こりゃ一波乱ありそうだ。


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