6月26日(火) 底野正念、両親と再会
6月26日、火曜日。
「おはよう秀さん」
「……」
朝、駅で降りて10分くらい休憩していると偶然秀さんがいたので声を掛ける。
「もうすぐ6月も終わりだね」
「……」
返事がない。ただの秀さんのようだ。
「ひょっとしてあの日?」
「……」
ちょっと下ネタで攻めてみると、こちらを向いて蔑むような目。良かった、反応してくれた。
「不機嫌の理由を当ててあげようか。……授業参観でしょ?」
「……ちっ」
図星だったようで舌打ちをする秀さん。秀さんが両親とうまくいっていないのは知っているのし、来て欲しくないけれどかといって双子の姉がいるから学校には来られるしで授業参観が嫌なんだろうなあと思っていたけれど、正解だったみたいだ。
「いいじゃないか、俺なんて両親ほとんど仕事で国にいないから、学校の行事に来てもらった覚えがないよ」
「それは羨ましいわね。早く私も一人暮らししたいわ」
本当に秀さん一人暮らししたいんだろうか? 秀さんのスペックから考えて今すぐにでも一人暮らしができそうなものだが。
秀さんの一人暮らしを想像する。意外と部屋をゴミ屋敷にしてしまう秀さん。面倒くさくて洗濯物をせずに服をカビさせてしまう秀さん。お風呂場で気分よく歌を歌ったら近くの部屋の住人に丸聞こえな秀さん。
「何か失礼な事を考えてない?」
「ははは、そんなわけないよ」
「目が泳いでるわよ」
思わず口がにやけてしまい、秀さんにジト目で見られる。
「何なら俺の家に来る? 部屋は余ってるよ。三食昼寝つき」
一人暮らしといっても元々家族で住んでる一軒家。秀さん一人養うくらいわけないよ、多分。
「まだなぎさの家に行った方がマシね」
酷い。そう言えば俺、なぎささんの家に行った事ないや。お城みたいだとは聞いてるんだけど。
確かなぎささんもほとんど親が家にいなくて一人暮らし状態だと聞く。俺の一軒家ですら一人暮らしするには広すぎると感じて寂しくなることもあるのに、なぎささんは俺の数倍寂しい思いをしてるんだろうなあ。一人暮らしをしていて女の子に振り回されてマゾ(多分)。結構共通してるな、俺達。無理矢理部活に入れられた時は中学の友人の双子の兄という微妙な立ち位置で気まずかったけど、こないだのゲームセンターの一件といい良い友人になれそうだ。
「……雨?」
秀さんが空を見上げる。晴れてはいるが、ポツポツと俺達の体に降り注ぐ水滴。狐の嫁入りだ。
雨の勢いは瞬く間に増す。俺はカバンの中から折り畳み傘を取り出した。いつ雨が降ってもいいように折り畳み傘は常に持ち歩いているのだ。
「入りなよ、秀さん」
傘を差して秀さんを誘うが、
「……誰が、あなたと」
秀さんはふん、と鼻を鳴らして学校まで走って行ってしまった。よくよく考えたら相合傘だったな、気が付かずに我ながら大胆な事をしてしまったもんだ。
秀さんと相合傘ができなかったのは残念だが、これはこれで別の楽しみが出てきた。
ずばり、秀さんの服が透けるということだ。ラッキーにも今日は秀さんはジャージ&スカートという服装ではなく、上も夏服だ。この雨なら教室につく頃にはいい感じに服が透けていてエロいことになっているだろう。この雨だと、ほとんどの女子の服が透けちゃうのではないだろうか、梅雨はジメジメして良いイメージがないが、男子にとっては思わぬ幸運をもたらすことになる。いやらしい顔をしながら俺は学校へ行き教室へ。
「……がっくし」
教室に入った俺は落胆する。そこには服の透けた女子高生の天国ではなく、全身ジャージに身をくるんだ女子高生ばかりだった。
「よう底野、その顔だとお前も期待してたが裏切られたみたいだな、男子はどいつも考える事は同じってことか。ついでに女子も考えることは同じみたいですぐにジャージを取り出して更衣室に直行して着替えてきたぞ」
「いやーん、乳首が透けちゃって恥ずかしいわ」
けらけらと笑う石田と、恥ずかしがる三田。乳首黒いな……。
辺りからはホント男子ってサイテーと女子勢がこちらを蔑んだ目で見てくる。駄目だ、こいつらの目じゃ俺は全然興奮しない。秀さんのあの目つきに慣れてしまったんだ、俺は。
秀さんの方を見ると、やはり全身ジャージに身をくるんでいた。
「おはよう秀さん。服は着替えても髪が濡れてるじゃないか、ちゃんとタオルで拭かないと風邪ひいちゃうよ? 拭いてあげるよ」
「大きなお世話」
ちょっかいをかけてみるが秀さんは俺を蔑んではくれず自分でタオルを取り出して頭を拭きだす。うーん、放置プレイもいいね。
けれど結局その後も秀さんは色々と上の空。放課後になると野球見るから……とさっさと家に帰ってしまいました。こりゃ授業参観が終わるまで続くなと諦めて俺も自分の家に帰ります。
「ただいま……って誰もいないけどな」
家の扉を開けて中へ。あれ、鍵が開いている。出る時閉めたはずなんだけど、まずいな、空き巣に入られてたらどうしよう。
「おかえりなさい、マイサン」
「大きくなったなマイサン」
それどころか家の中には現在進行形で空き巣がいました。
「警察呼ばなきゃ……」
「待て待て待て待て、自分の両親の顔も忘れたか」
慌てて受話器を取る俺の腕を男が掴みます。
「冗談だよ。3か月ぶり、父さん母さん。帰るなら連絡くらいしてくれればよかったのに」
そう、この二人は俺の両親なのです。
「サプライズよサプライズ」
「いつまでこっちに居るの?」
「今週は授業参観があるんだろう? それが終わるまではここにいるよ」
いつのまにそんな情報を仕入れてきたんだ。しかし親が授業参観に来るなんて、小学校の時以来だな。普通の高校生ならそろそろ親がウザくなって授業参観なんて来るなよと言ってしまう年頃かもしれないが、なかなか両親に逢えない俺としてはまだまだ来てほしいものだ。
「ところで息子よ、コレは出来たのか?」
父親が俺に手で輪っかを作ってみせる。それはお金って意味なんだが……
「まあ、気になる人なら」
「おお! ついに息子にも春が来たか、同じ学校なのか? 授業参観の時に紹介してくれよ」
「まだそういう関係じゃないし相手がうざがるからそれはちょっと……」
たまにいるよね、ちょっと仲が良かったら両親がこれからもよろしくねとか挨拶しに来て逆に距離感ができてしまうことって。
「どんな子なのかしら、楽しみだわ」
「早く孫の顔が見たいものだな!」
息子の相手が気になって年甲斐もなくウキウキする両親を見て、これは今回の授業参観、ロクなことにならないなと心配するのでした。




