6月21日(木) 稲船さなぎVS偽なぎさ
6月21日、木曜日。
今日は水泳の授業がある。俺、稲船さなぎは朝の電車、横に座っている黒須に質問する。
「そういえば、黒須の学校も水泳やってんのか?」
「ああ、昨日授業があったな。温水プールだから気持ちいいぜ」
黒須の通ってる高校、馬鹿学校の癖に金はあるんだな。
俺の高校は私立の癖に屋外プール。水泳部は寒くなったら大変だ。
黒須とプールに行ったときは水に浸かってはしゃぐ程度だったけれど、黒須が本気で泳いでるところとか見てみたいし、黒須に俺の本気の泳ぎを見て欲しい。やっぱり高校が違うって不利だよなあ。
駅についたので黒須と別れて、改札口を抜けて待っていた桃子と合流。高校へと向かう。
「あ、そうだ。桃子、お前先週のお兄ちゃんとのプール、どうだったんだ?」
歩きながら桃子に質問。そう言えばすっかり忘れていた。他人の視線が気になって水泳の授業に参加できない桃子に思う存分泳いでほしい、ついでにお兄ちゃんと桃子をイイ感じにしたい、そんな俺の母心からお兄ちゃんの自家用プールでアバンチュール大作戦をセッティングしたんだった。
「え? そ、その、まあ、泳ぎましたよ」
曖昧な返事をしながら、桃子の顔がうっすら赤くなる。
こりゃあなんかあったな。桃子に聞いても教えてくれなさそうだし、後でお兄ちゃんに聞くことにしよう。
「ふーん、つうか今日も水泳サボるのか?」
「うん」
「一度くらいは参加した方がいいと思うけどなあ」
授業をサボった経験のある俺が言うべき台詞じゃあないのはわかってはいるが、水泳の授業ずっと見学というのは流石に寂しいだろう。
「なぎさちゃんがスクール水着を着て授業に参加して代わりに恥ずかしい思いをしてくれるなら、私も堂々と泳げるんですけどね……」
ため息をつく桃子。どうやら本気で言っているようだ。
一体桃子の何がお兄ちゃんに女装をさせたがるのだろうか?
お兄ちゃんのスクール水着姿を想像して少し気持ちが悪くなりながらも、高校に行って授業を受けて水泳の授業を待つ。
「P! U! U! L! プール!」
やってきました水泳の授業。水着に着替えてプールサイドでターンをして、危うく転びそうになる。
「何なんだそのスペルは……」
聞きなれない男の声に振り向くと、そこには身長180cmくらいの男が立っていた。
「誰だ?」
「俺だ、なぎさだ」
もう一度男の姿を確認する。身長は俺より高いし、少し童顔っぽいがお兄ちゃんよりも幾分男前な顔をしている。
「あのなあ、誰だか知らないがお兄ちゃんを騙るんじゃねえよ」
「本当なんだよ、身長が伸びたんだよ」
俺はアッパーで男の顎をぶん殴る。
「いい加減にしろよ、なあ桃子? こんなのお兄ちゃんじゃないよな?」
丁度桃子が見学のため制服姿でやってきたので、判定して貰おう。
俺は忍者の幻覚を見たりしているし、自分の判断が正しいとは言えないからな。
「……どちら様ですか?」
「俺だよ要さん、なぎさだよ。急に体が成長したんだよ。どう? カッコよくなった?」
「背が低くて童顔のなぎさちゃんの方が百億倍マシですね」
「なっ……」
桃子は男を一瞥する。確かに男は高身長で男前、それなりに引き締まった肉体をしているし、一般的にはカッコいい部類に入るだろう。しかし超絶美少女の桃子からすればその程度の男に言い寄られることなんて恐らく日常茶飯事。相手にもならないというわけだ。
一方高校生にもなって身長が145くらいしかない童顔のお兄ちゃんは希少種だからな。桃子的には珍しいもの見たさでそっちの方が興味を惹かれるというわけだ。
「お前お兄ちゃんと桃子が仲が良いからってそれを利用しようだなんて、人間の屑だな。おーい警備員、こいつ多分変態だから連行して行ってくれ」
「待て、俺は本当に十里なぎさなんだ、理想の自分になった、やめろ、離せ」
かくしてプールにやってきたお兄ちゃんの偽物は、変質者として警備員に連行されました。
「で、本当のお兄ちゃんはどこにいるんだ?」
「そう言えば今日姿を見ませんね。風邪でもひいたんでしょうか? まあ、今日は図書委員の仕事もないですし、どうでもいいですけど」
本当のお兄ちゃんは少し気になるが、それより早く泳ぎたい。
「さーて、今日も俺の華麗な泳ぎを魅せてやるか」
「さなぎちゃん、頑張ってください」
こうして俺は水泳の授業を満喫。プールにダイブして腹打ちして足をつって、お兄ちゃんではなく体育教師に助けられる羽目になった。
結局お兄ちゃんはこの日学校に姿を現さなかった。
心配して電話をすると、風邪で1日休んでいたらしい。声がいつものお兄ちゃんは違う、偽物みたいな男前な声になっている。夏風邪で喉をやられたのだろう。




