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6月20日(水) 鷹有大砲×十里なぎさ

 6月20日、水曜日。

「今日は午後から雨が降りそうです。傘を持って行った方がいいと思われます」

 部屋を出る僕、鷹有大砲にガラハちゃんが折りたたみの傘を差しだす。

「ありがとガラハちゃん、それじゃあ行ってくるよ」

「行ってらっしゃいませ」

 ペコリと一例をするガラハちゃんに見送られて学校へ。

 学校へついて、いつものように授業を受けて、お昼休みはいつもの教室で。

 違うところがあるとすれば、今日のお弁当はガラハちゃんが作ったというところか。

「うん、美味しい」

 女の子が僕のために作ってくれたというだけで天にも昇る味だろう。

 しかしあれだな、自分を恵まれない人間だと思っていたけれど、気づけばカラスでメイドな美少女と同棲しているわけで、その時点で上位1%には余裕で入る恵まれっぷりではなかろうか。

 そう考えると、辛い現実も難なく乗り越えられそうな気がしてきた。



 ちょっとニヤニヤしながら午後の授業を受けて(クラスメイトに気味悪がられてしまった)、いつものように放課後はアルバイト先へ。

 キツネさんはいない。適当に掃除をして、途中で神音がやってきて、ダベりながら店番。

「お、雨降ってきたっぽいな」

 神音が携帯電話をいじりながら外から聞こえるしとしと音に耳を傾ける。

「梅雨だからねえ」

 ガラハちゃんの予想通り、雨が降ってきたようだ。ガラハちゃんに差し出された折りたたみ傘を見つめながら感謝していると、

「ちーっす」

 店内に男の声。扉の方を見るが誰もいない。そもそも水晶玉は光っていなかったはずなのに。

 一体どこから聞こえるんだと辺りをきょろきょろしていると、

「後ろだよ、後ろ」

 店内の奥の、キツネさんの居住空間の方から一人の男が現れる。

 見覚えがある。秀さんと愉快な仲間達の一人で、背が小さくて童顔で、女装の似合う、俺をぶん殴った金髪女の兄で、要さんの男友達だ。

 その手には、大量の衣服を抱えていた。恐らくキツネさんのだろう。

「し、下着泥棒!」

 男に気づいた神音が敵意をむき出しにして、僕の折りたたみ傘を男にぶん投げる。酷いことするなあ。

「わっと、違えって。雨降ってきたから洗濯物取り込んだんだよ」

 男はひょいと傘を避けて弁明しだす。どうやらこの男は店の裏にあるお城みたいな家に住んでおり、丁度洗濯物が雨に晒されだしているのを見つけたので急いで回収して裏口から入ってきたというわけらしい。

「いやーん、狐の嫁入りね……ってあら、いつぞやの可愛い男の子じゃないの。私の下着を抱えてどうしたのかしら? 下着泥棒かしら?しょうがない子ねえ、お姉さんがお仕置きとして耳掃除してあげるからこっちにいらっしゃいな」

 キツネさんが店内に戻ってくるなり、男を見て黄色い歓声をあげる。



「はあ、改めまして十里なぎさです。ここの裏の、悪趣味な家に住んでます」

「あはは、それ根に持ってるのね」

「それよりさっきから俺の頭をなでるのはやめてもらえませんか?」

 取り込んだ洗濯物を片づけた後、十里君は店内でキツネさんに自己紹介。

 キツネさんはやたらと嬉しそうに十里君の頭を撫でている。

 どうやら外見的には彼がキツネさんのドストライクゾーンのようだ。

 嫉妬なんてするわけないでしょう。

「小田垣神音でっす、さなぎの中学時代の親友っす」

「ウチの馬鹿が迷惑かけてすまないね」

「いえいえ、さなぎは元気にしてますか?」

「元気すぎて困ってるよ」

 談笑する神音と十里君。神音が他の男とまともに喋っているのを見ると違和感を感じて仕方がないが、神音は僕とは違って最低限の社交スキルは身に付けているというわけか。

「鷹有大砲です」

「すまないね、この間は愚妹がぶん殴ってしまって。キツネさんから事情は聞いたよ、それなりに君に協力するつもりだからよろしくね」

 目を逸らしながら右手を差し出される。僕はその握手に応じることができなかった。

 どうせこの男も、あどけない少年のスマイルの裏では僕が不快でしょうがないのだろうと。

「さてなぎさちゃん、何か今困っていることはあるかしら、力になれるかもしれないわよ」

 洗濯物を取り込みにやってきたとは言えど、客としても扱わないといけない。キツネさんは十里君の頭を撫でながら尋ねる。

 十里君はうつむいてプルプルと震え、

「身長が……欲しいですね……」

 力なくそう漏らした。

 確かに男の身長の悩みというのは深刻だ。僕は高校1年としては平均くらいの身長だが、それでもやはりたまに見る高身長の男を見ると、もっと身長伸びないかなあなんて考えてしまう。

 しかも十里君に至っては、目測で身長が150程度で、神音よりも低い。女の子より身長が低いというのは屈辱的だろう。

「えー、もったいないわよ。それよりもっと身長を縮めましょうよ。私の好みとしては、あと5cmくらい低いと嬉しいんだけど」

「アタシも身長150くらいだったらそこまでチビとは思わないなあ、これが145とかだったら流石にチビだと思うけど」

 キツネさんが後ろから十里君を抱きしめて身勝手な欲望を口にし、神音はフォローをする。十里君とキツネさんの身長差は約20cm、丁度十里君の頭がキツネさんの胸のあたりにくる。キツネさんの胸に顔が当たっているという役得な状況ではあるが、十里少年は更にうつむいて体を震わせる。

「……シークレットシューズで、今も5cm水増ししてるんですよ」

 しばし店内に沈黙が流れる。

「そ、その、ごめんなさい」

 謝る神音。十里君の本当の身長は彼女がチビ扱いする145cm程度だった。

「いやーん、完璧じゃないの! 可愛すぎる!」

 理想のショタに興奮して十里君を強く抱きしめるキツネさん。キツネさんはわかっていないようだが、男子にとって可愛いというのは褒め言葉ではなく、むしろ彼のような人間からすれば言葉のナイフだったりする。自分より身長の高い女の子から可愛いと言われる低身長の男の気持ちがどんなに辛いか、僕でも割と想像ができる。

 普段から他人を不快にしている僕だからこそわかる、美女に可愛がられているおいしい状況とはいえど、身長をネタにされて彼はかなりイライラしているようだ。

 慣れているのか表情は割とにこやかだが、ドス黒いオーラを感じる。後ろから抱きしめているキツネさんはそれがわからないのだが。やはり元々狐だからか、本能で行動しすぎな気がする。

「……それで、背が高くなる薬とか、ここに置いてあるんですか? 金に糸目はつけません」

 十里君は不機嫌そうに、眉をピクピクさせながら尋ねる。

「そうねえ、老化薬ならあるけれど……飲むと翌日には3年くらい体が成長するの」

「俺の身長は小学6年生で止まりましたよ」

「じゃあ無理ね。諦めましょう。大丈夫、身長低くても生きていけるわよ」

 よしよし、とキツネさんは十里少年を撫でる。彼にとっては屈辱でしかないだろう。

「そうだ、この間僕達も飲んだ、理想の自分になれる薬なんてどうですか? 半日程度で効果は切れるし、気休め程度にしかならないと思いますが」

 自分大好き人間の神音には意味がなかったが、僕は実際に理想の自分になることができたし効果は確かだろう。

「そういえばそんな薬があったわね……ちょっと待ってて、えーと……あったあった、はいこれ。飲むと半日くらい、理想の自分になれる薬よ」

 キツネさんは棚から薬を取り出して十里君に見せる。かなりまずかったので、僕としてはもう見たくない。

「ありがとうございます。いくらですか?」

「お金はいらないわ。その代り、膝枕して耳掃除させてくれない?」

「……わかりました」

 何故執拗に耳掃除をしたがるのだろうかキツネさんは。

 キツネさんに膝枕されて耳掃除をされた後、十里君は薬を数本手に裏口から帰って行った。



「それにしても可愛すぎるわよねあの子、襲っちゃいそうだわ」

「問題起こさないで下さいよ……」

 キツネさんの性癖が明るみになったが、今日は無事に品物が売れた。

「あ、そうだ店長。さっきの子の女装画像要ります?」

「そんなのあるの? 頂戴頂戴」

 神音はキツネさんの携帯電話に写真を送る。こうしてまた彼の恥ずかしい写真は広まっていくのか。キツネさんは送られた写真を見て、ワナワナと震えだす。

「ふざけてるの?」

 急にキツネさんの声のトーンが下がる。

「どうしたんすか、店長」

「何なの、このスネ毛は」

 どうやらキツネさんは、女装画像で明るみになった十里君のスネ毛に怒り心頭のようだ。

「いや店長、このスネ毛がまたギャップで面白いんじゃないですか」

「わかってないわね。あの子に無駄な毛なんて必要ないのよ」

 そう言うと、キツネさんは棚からカミソリを取り出して、店を出ようとする。

「あの、キツネさん? どこへ行くんですか?」

「ちょっとあの子のスネ毛を剃ってくる」

 一体彼の何がキツネさんにそうまでさせるのか。

「神音、キツネさんを押さえろ!」

「へいへい……店長、あんまり迷惑かけちゃ駄目ですよ」

「離して! 私はあの子のスネ毛を狩らないといけないの!」

 僕と神音でキツネさんを羽交い締めして、何とか彼のスネ毛は守られた。

 そこまでして守るべきものではないのかもしれないけれど。


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