6月17日(日) プールDEデート(上)
6月17日、日曜日。
「お待たせ。それじゃ、行こうか」
「ああ」
私、彼岸優は隣に住む金切君の家を訪ね、そのまま二人でお出かけ。
今日は金切君と、プールでデート!
泳ぎの苦手な金切君に泳ぎを教えて、好感度アップ大作戦!
勿論ヒナと小田君の事も考えている私は、
「無事にデートが成功するか心配だから、二人にもこっそりついてきてほしいな」
そう言ってさり気なく二人もデートさせる手はずなのだ。
野球の話とかをしながら、電車に乗って父高プールへ。
入場して、更衣室で一旦別れて着替える。
この日のために買った、何かさらしみたいなオニューの水着でいざ勝負。
「お待たせー」
更衣室を出て、金切君に水着姿をお披露目。
「おう。…似合ってるぞ、その水着」
「そ、そうかな」
金切君に水着姿を褒められて照れ照れしちゃう。学校のプールで見る水着姿の金切君もカッコいいけど、ここで見る水着姿の金切君もカッコいい。つまり金切君カッコいい。
「今日は、野球選手の水泳大会とかイベントあるみたいだね。とりあえず、それがはじまるまで、あっちの…子供用プールで練習しよ?」
「おう…って、あそこにいるの、確か秀さんの彼氏じゃないか?」
言われて金切君の向く方を見れば、そこには確かに底野君。底野君はこちらに気づいたようで、手を振ってやってくる。
「こんにちは、御二方。デートですか、いいですね」
「こんにちは、底野君。まあ、その、金切君に泳ぎを教えようということで」
「ゆ、優。それは言わないでくれよ恥ずかしい」
珍しく金切君が慌てて、恥ずかしそうに顔を赤く染める。金切君は自分が泳げないことを極力秘密にしてほしいそうだ、誰だってそうだろうけど。でも一緒に水泳の授業やってるんだし、底野君にはばればれなんだけどそれは言わないでおこう。
「ごめんごめん金切君。底野君は、秀とデート?」
それにしては秀の姿が見当たらないが。底野君はちょっとニヤニヤしながら、
「デートって言うか、待ち伏せですね。秀さんが今日の野球絡みのイベントに食いついて、ここへのアクセスとか色々調べていたんで。多分そろそろ来るんじゃないかと…あ、ほらきた。やあ秀さん、奇遇だね」
底野君は本当にやってきた水着姿の秀に声をかける。秀は何でここにこいつがいるんだという表情をしている。正直底野君がストーカーに思えてきたんだけど、秀を任せて大丈夫なのだろうか不安になってきた。とはいえ、あっちはあっちで上手くやるだろう、二人と別れて私達は子供用のプールへ。
小学生くらいの子供が泳ぎ、親がそれを見守るようなプールで泳ぎの練習をするのは恥ずかしいかもしれないけれど、人の多い所でやったらもっと恥ずかしいだろう。これでも私なりの気遣いなのだ。
「とりあえず、何から始めようか」
プールに浸かり(浅いので浸かってるって感じではないが)、何から特訓すべきか考えていると、金切君はぶるぶると体を震わせる。
「…俺、実はそもそも水が怖くてさ。正直、この深さでも怖いんだよ」
なるほど、まずは水に慣れるとこから始めないといけないわけか。
「大丈夫、水は怖くない、水は友達、ほら、水に浮かぶ自分を想像して」
やや暗示のようだが、金切君を無理矢理水に慣れさせて息をとめる練習をさせる。
ところで、金切君って昔から泳げなかったっけ?
幼稚園の時くらいにプールで一緒に遊んだ記憶を掘り起こしてみれば、その時は普通に金切君、上手に泳げていた気がするんだけどなあ。何かトラウマになるような事件でもあったのかな?
「わりぃ、ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って金切君がトイレへ。金切君の帰りを待っていると、
「おー、ばっちり泳ぎの練習やってんね」
「順調そうですね」
水着姿のヒナと小田君ペアが、隠れていたのか茂みからごそごそと顔を出す。
「あ、ヒナに小田君。うん、何だかすっごく順調な気がするし、私の事なんて気にせずに、二人で遊んできなよ。折角プール来たんだしさ」
「うーん、なんだかんだ言って不安だからずっと監視したいけど、あんまりやりすぎると怪しまれたりするからカモフラージュもしないと駄目だよね。そんなわけで小田君、泳ごう?こないだの泳ぎ凄かったよね、私にもおせーて」
「は、はい!そ、それじゃああっちのプールへ行きましょう!」
純粋に小田君の泳ぎを尊敬しているヒナと、緊張で手足が同時に動く小田君の姿を見送る。
私の見事な策略により、ヒナと小田君はプールでデートを楽しめそうだ。頑張れ、小田君。
◆ ◆ ◆ ◆
「秀さんその水着、可愛いね。どこで買ったの?」
「どこで知った」
おかしい。私が今日ここへ来る事は誰にも言っていないはずなのに。
私、彼岸秀は野球選手の水泳大会見たさにここ、父高プールへ。
しかし問題はそこに既にこの男、底野正念が待ち構えていたことだ。
「いやいや偶然なんだって、たまにはプールで遊ぼうかなと思って一人寂しくここにきたら、偶然優さん達や秀さんがいたから声をかけたまでだよ」
白々しい。まあいい、こいつは一人寂しく来たらしいから私が相手してやる必要もないだろう、野球選手の水泳大会が始まるまで、適当にその辺ぶらぶらしておこう。
「秀さん、水泳大会まで暇なんでしょ?一緒に泳ごうよ」
底野正念が付きまとってくる。こいつ将来ストーカーになるんじゃないだろうか、私は少しこいつが怖くなってきた。私は全力で底野正念から逃げる。足の速さで私がこいつに負けるはずがない、あっというまに撒くことができた。
「駄目じゃないか、彼氏から逃げるなんて」
「ひぃっ!?」
ウォータースライダーの設備の裏に隠れていると、後ろから声をかけられて私は情けない声を出してしまう。この不快な感じ、顔を見なくてもわかるが一応振り向く。そこには眼帯ではなくサングラス男がいた。
「が、眼帯、あなたまで私を付きまとうの?」
「自意識過剰だなあ秀さんは。僕はただ女友達と遊びに来ただけだよ。そしたら秀さんが彼氏から逃げているところを見つけたから、超能力で秀さんの居場所を突き止めたってわけさ」
さらっと居場所を突き止めるこいつが怖い。どうして私の周りはストーカーしかいないんだ?
「…あなた、ひょっとして私がここに来ることをあいつにばらしたの?」
悔しいがこいつには私の心の中が読まれてしまうらしい。私が今日ここへ来ることを知ったこいつが、底野正念にばらした、きっとそうだ。
「いや?僕は彼と喋った事なんて一度もないよ。きっと彼は今日ここで野球絡みのイベントがある事を知って、秀さんが行くんだろうな、よし俺も行こうってなったんじゃないかな。健気じゃないか、秀さんのために待ちぼうけ覚悟でそんなことができるなんて。彼の努力を無碍にしちゃあいけないよ、デートを楽しむべきだ」
「おーい眼帯、お前そんなとこで何やってんだ、小便か?」
「ごめんごめん、それじゃ、僕は行くよ」
眼帯はそう言うとその場を去る。一人残された私。
…そろそろ水泳大会が始まる。会場へ行こう。
会場へ向かう。既に底野正念が、観客用のパイプ椅子の1つに座っていた。
私は気が付けば彼の隣の椅子に座る。
「あれ、秀さん。何で俺の隣に座るの?」
底野正念がニヤニヤとこちらを見る。こ、こいつ…
腹の立った私は席を1つずらす。すると底野正念も、席を1つずらし、元私が座っていた席へ座る。自分が座っていた場所に座られるというのは、何だか恥ずかしい。
…恥ずかしい?何を言っているんだ私は、こんな男に恥ずかしいだと?
「ただいまより、厳島東郷ガープの選手による、水泳大会を開始します!」
司会進行の女性がそう告げて、水泳大会が始まった。隣の男は無視してそれに集中しよう。
期待の若手や、リハビリ中のベテランが挨拶し、見事な肉体美を魅せつける。
そしてプールに入った彼等は見事なスピードで泳ぎだす。やはりプロというのは、どんなスポーツもできるものなのだろう。来てよかった。
「それでは、ここで今日来ていただいたお客さんと、彼等でガチンコ水泳対決!我こそはと思う方、是非ご参加ください!」
どうやら野球選手と水泳で勝負して、勝てばサインとか色々貰えるらしい。
「秀さん、参加しなよ。余裕で勝てるでしょ?」
底野正念がこちらを見てそうにやつく。
「まさか。こないだの水泳の授業見たでしょ?あなたとほとんど速度変わらないわよ」
「嘘つかないでよ、どう考えたって手を抜いていたじゃないか」
手を抜いていた?そんな馬鹿な、あれが私の実力。手を抜く理由がないじゃない。
でもまあ、勝ち負けはともかく、一緒に泳いではみたい。
「それでは挑戦者も集まったところで、ルールを説明しましょう。ガープの選手1名と、挑戦者1名の自由形50m勝負。誰と勝負するかは、挑戦者が早い者勝ちで選べます。実は泳ぎのあまり得意でない選手もいるので、その人を狙えば勝てるかも!」
というわけで私は水泳勝負に参加することに。底野正念の席の方を見ると、手を振って笑っている。ふん、何がおかしいのか。
「1番!小田垣神音!そこのヒゲのオッサンと勝負だ!」
まず最初に勝負することになった、眼帯の仲間の少女は失礼にも大ベテランをヒゲのオッサン呼ばわり。ヒゲのオッサン…ではなく前山田選手は中年太りこそしているが、運動神経はまだまだ健在だ。こんな女に負けることはないだろう。
ホイッスルと共に、二人は壁を蹴る。流石は前山田選手、あの太った身体からは想像できない速度で泳ぐ、まるでトドみたいだというのは失礼な感想か。対戦相手の眼帯の仲間に大きく差をつけて、25m地点でターンする。
数秒遅れた対戦相手であったが、ターンした瞬間急加速。
まるで磁石で引き寄せられているかのようにゴール地点へ加速して、最終的に前山田選手を追い抜いてゴールした。これには私だけでなく、観客全員が騒然とする。
「す、素晴らしい加速でしたね…それでは小田垣神音さんには、前山田選手の第400号ホームランボールが送られます!」
400号ホームランボールだと?欲しい…後で交渉できないだろうか。
その後も挑戦者がガープの選手に挑戦するが、流石にプロは格が違う、最初の彼女以外誰も勝てずに、最後の私の番になった。
対戦相手は、2番手の玖波。最近結婚したそうだ、おめでとうございます。
「よろしく、こないだ始球式に出てた子だよね?」
対戦前、玖波選手がこちらににこりと笑って握手を求める。スポーツマンの鑑だ。
「よ、よろしくお願いします」
握手に応じて、私は照れる。ふと底野正念の方を見ると、不機嫌そうな顔をしていた。
はん、ひょっとして玖波選手に嫉妬したのか?馬鹿じゃねえの?
プールに浸かり、ホイッスルと共に壁を蹴る。
やるからには正々堂々、真剣勝負だ。私は全力でクロール。
「ぶっちぎりだったね秀さん。やっぱり手を抜いてたんじゃないか」
「私、こんなに泳ぐの得意だったかしら…?」
泳いだ後、私は玖波選手のサインを貰って席へ戻る。底野正念は惜しみない賛辞を贈る。
圧勝だった。少し玖波選手に申し訳なく思う。
自分でもこんなに速く泳げるとは思っていなかった。水泳なんて授業でしかやらなかったからあまり経験はなかったし、こないだの授業ではそこまで速くなかったから並レベルだと思っていたのに。
つまり私は本当に前回の授業で手を抜いていたことになる。
何故?まさか?底野正念と同じ中級者コースに行くため?
「秀さん、この後水着美少女コンテストあるみたいだけど」
「出ない。…お腹空いたから、ご飯買ってくるわ」
「じゃ、俺も一緒に行くよ」
まさかね。私は昼食を取るために立ち上がり屋台へ。底野正念は当たり前のようについてきた。もう産まれついてのストーカーね。