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6月15日(金) 十里なぎさ、スクール水着を買う

 6月15日、金曜日。

「あ、私より身長の低いなぎさちゃん、今日もよろしくお願いしますね」

 放課後に図書室へ行くと、既に要さんがカウンターに座っていて、これ以上ない笑みを寄越す。

 俺は無言で自分の席に座り、仕事のチェックを行う。

「あれあれ、はぶてちゃいましたか?可愛いですね、なぎさちゃん」

 要さんはニヤニヤと俺の頭を撫でる。世の男からすれば最高なシチュエーションかもしれないが、今の俺にとっては死体蹴りだった。

 昨日、俺はさなぎと要さんに自分がシークレットシューズで常に身長を底上げしていることをがばれてしまった。さなぎは別にいい、言い触らしたりしないかが心配だがあのさなぎが珍しく同情していたのだから言いつけは守るだろうし、そもそも今更あいつと身長差が5cm変わったところで対して辛くはない。

 しかし要さんは別だ。今まで俺は要さんよりもちょっと身長が高い、ということで通ってきたのだ。それが本当は要さんよりも身長が低いとばれてしまった、俺が要さんに勝っているポイントが無くなったわけだ。

「私、自分より背の低い人、嫌いじゃないですよ?うふふ」

 おまけに要さんはこの通り、俺より身長が高いと知ってからからかいまくり。

 俺のプライドはズタボロだった、それもこれもゲスさんのせいだ。

「あ、そういえば図書室に身長を伸ばすための本がありましたよ、取ってきてあげますね…これこれ、これですよ。と思ったら、これもうなぎさちゃんが昔借りてたんですね、ふふふ」

 要さんいくらなんでも調子に乗り過ぎだ。しかし可愛いは正義、ここで要さんに手をあげてしまったものなら俺は学校中の男子から非難を浴びるだろう。俺は必死に耐えながら仕事をするしかないのだ。…あれ、ちょっと興奮してきた。

「…はぁ、やっぱり反応してくれないとつまらないですね。ごめんなさいなぎさちゃん、だから機嫌直してください」

 要さんは俺をからかうのにも飽きたらしい、たまには要さんを苛めてみよう、自分がマゾであることを認めたくないがためにサド的な行動をしよう。俺は只管無言で貸出リストなどの管理やどんな本が人気かというデータ作成等に取り組む。

「あの、なぎさちゃん?もしもーし…まだ怒ってるんですか?ごめんなさい」

 要さんの声がだんだん弱気になっていくが、徹底無視。

「すいませーん、今日も脚立お願いします」

「はいはーい」

 図書室にいた背が低くて高い所にある本が取れない文芸少女のために脚立を持っていく。

「いつもありがとうね」

「いえいえ、お互い背が低いと大変でしょうしね、困った時はお互い様です」

 この人は先輩だが俺よりも身長が低い、恐らく140もないだろう。だからこの人には親切にしていて、それなりに会話もする。

「ふふふ、男は身長じゃなくて中身よ、頑張って。…ところでいい加減許してあげたら?ずっと無視して可哀想じゃない」

 先輩はカウンターでぷるぷると震えている要さんの方を見る。

「ははは、あんな奴どうでもいいですよ。それより先輩、前から先輩の事気になってたんです、少しお話しましょうよ。俺、もっと先輩の事知りたいんです」

 俺は少し声を大きくし、要さんに聞こえるくらいの声でわざとらしく語る。

「あら嬉しいわ…なんてね、あの子を嫉妬させるために私を利用するなんて酷い男ね。まあいいわ、少し付き合ってあげる」



「いやあ先輩は本当に美しいですね」

「うふふ、お世辞がお上手ねえ後輩君」

 先輩と二人でカウンターへ行き、そこで先輩の持ってきた本の貸し出しの受付を行う。

「いやいや、先輩は見た目も可愛らしいし中身も美しい。どっかの女とは大違いですよ」

「煽てても何も出ないわよ。それじゃ、またね」

 借りた本を手にして先輩が図書室を去るのを手を振って見送る。さて要さんはどうなっているかなと見てみると、

「…うっ、うっ、えぐ、いぐ」

 まずい、やりすぎた!今にも大声で泣きそうだ!俺は月の初め同様に彼女を無理矢理カウンターの奥へ連れていき、持っているお菓子を全て差し出す。

「本当にごめん、俺全然怒ってないから、ね?だからお願い、泣き止んで」

 無理矢理彼女の口にペロペロキャンディーを押し込んで平謝り。

「じゃあスクール水着着てくれますか?」

「嫌です」

「ちっ」

 舌打ちすると、要さんは何事もなかったかのようにカウンターの席に戻って本を読み始めた。

 全て計算だったのか、おっそろしい女だよ本当に。俺も自分の席に座って仕事を再開、しばらくするとさなぎがやってきた。

「なーなーところでよ、彼岸秀が日曜にプール行くみたいだぜ。それを底野がストーキングするみたいなんだけど、俺達も行かね?」

「馬鹿言ってんじゃねーよ、二人のデートを邪魔するな」

「なぎさちゃんに同意です。…本当はこっそり見たいですけどね」

 プールでデートなんて重大なイベントを邪魔するわけにはいかない。要さんも俺と同じく、二人の邪魔をしたくはないそうだ。

「それもそうだな…ところでさ、お兄ちゃんの家、プールあったよな?」

「プール?ああ、あったな」

 そういえば家の中に確かにプールがあった。離婚してから多分一度も使ってないけどな。

「だったらよー、明日学校終わったら泳ごうぜ。桃子も」

「へ?私ですか?」

「だって桃子、人の目が恥ずかしくて水泳の授業に出れないんだろ?お兄ちゃんの家のプールなら気にせずにたっぷり泳げるぜ?精々お兄ちゃんの嫌らしい視線に耐えるだけだ」

 酷いなあ、俺が要さんをそんな目で見るわけないだろう、爽やかにガン見するよ。

「うーん…確かに私、中学校の途中から恥ずかしくてプールの授業とか出ませんでしたし、この前のオリエンテーションの時も、水遊びくらいで泳いでませんでしたし…でもやっぱりなぎさちゃんに見られるってだけでも恥ずかしいですね。この前のオリエンテーションの時は、遊びに夢中だったから意識はしませんでしたけど、あの時なぎさちゃんに嫌らしい目で見られていたと思うとぞっとします。そんなわけでレディだけに恥ずかしい思いさせるのは良くないと思うんですよね、なぎさちゃんも恥ずかしい思いをしてくれるならいいですよ、具体的にはスクール水着ですね」

 要さんは悩んだ末に再び俺にスクール水着を強要してきた。何が彼女をそうさせるのだろうか。

「オッケーオッケー、お兄ちゃん、桃子と一緒にプールで泳げるんだから、スクール水着くらい着れるよな?」

「え、いや流石にスクール水着は」

 女装はまだ笑えるがスクール水着は笑えないって。

「スクール水着を着て桃子とプールを楽しむか、学校中にお兄ちゃんの本当の身長がばらされるか、どっちがいいと思う?」

「お前兄を脅迫すんじゃねえよ!ああわかりましたよ着てやるよ!」

 スクール水着は恥ずかしいが身長がばれるのはもっと恥ずかしい。俺はそういう男なんだ。

「やったー!なぎさちゃん、男に二言はありませんよ?今日のうちに水着買ってくださいね」

 要さんは目を輝かせて上機嫌になる。まあ、この笑顔が見れるなら安い…のか?



「んじゃお兄ちゃんまた明日」

「また明日」

「おう、二人とも気をつけて帰れよ」

 下校時間になり、図書委員の仕事を終えて正門で二人を別れる。

 しかし家にあるプール、しばらく使ってないから掃除が大変そうだ。

 まあ水は完全に抜いてあるし、屋内だからそんなに汚くはないだろう、今日のうちに多分準備はできるはず。

 それよりも問題は水着だ。スクール水着を売っているお店ならここの近くにもあったが、流石に男がそこでスクール水着買うなんてもう憤死物。

 男でも気兼ねなくスクール水着が買える場所…そうだ。



「いらっしゃい。お、兄ちゃん流行りの男装っ娘かい。いいねいいね、何売りにきたの?」

「…俺は男です。スクール水着を買いに来ました」

 俺がやってきたのはブルセラショップ。ここなら男でも気兼ねなくスクール水着が買えるだろう。人目なんて気にならないね、人としては終わるかもしれないけれど。

「可愛い顔してとんだ変態だな兄ちゃん、よしそれじゃあサイズを測るからこっちに来なさい。大丈夫、お兄さんノンケだから」

 胡散臭い店長にサイズを測ってもらい、丁度いいサイズのスクール水着を手渡される。

 試しに試着してみたところ、きちんと着れた。サイズ的にはこれで問題ない、ただ…

「これって、女の子の着用した後の…ですよね」

「おうよ兄ちゃん、何なら売りに来た子の写真見るか?」

「いえ、いいです…」

 問題はこのスクール水着が女の子のお古ということだ。もうこれ完全に変態だ。

 自分の水着をこんな所に売りに来るような人に申し訳なく思うのはおかしいのだろうけど、名も知らない持ち主にごめんなさいと心の中で謝りながら、スクール水着を購入して店を後に。



「…え?」

「…ゲ、ゲスさん」

 お店を出ると、通りを歩いていたゲスさんと鉢合わせ。

「なぎさちゃん、確か今出てきたお店って…うん、大丈夫、誰にも言わないから。でもなぎさちゃんにそんな趣味があったなんてびっくりしたわ、良かったら私のあげようか?」

 いつも通り俺をからかおうとするが、流石にゲスさんもかなり引いているようで笑顔がひきつっている。俺は顔を真っ赤にして、自分の家へ向かって逃げ出した。


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