6月14日(木) 頑張れお兄ちゃん
6月14日、木曜日。
「P!O!O!R!プール!」
ついにプールの授業がやってきた。俺、稲船さなぎはカッコいい柄のスクール水着に着替えてプールサイドではしゃぎ危うくこけそうになる。
「それだと貧乏だろうが…」
お兄ちゃんも更衣室から出てきて準備運動をしだす。お兄ちゃん女の子みたいな見た目してるな本当に、貧乳のボーイッシュな女の子だと言われても全く違和感がないぞ、スネ毛以外は。
…ところでお兄ちゃん、何だか背が縮んだ気がする。
「おうお兄ちゃん、何だか男共の雰囲気暗くないか?」
「そりゃお前…あれだろ」
お兄ちゃんが指差した先には、プールの隅っこ、制服で体育座りをしている桃子。
「ああ…なるほど。確かに桃子の水着姿見れない水泳の授業なんて、大玉の入っていない小梅だよな」
桃子は水泳の授業をふけたのだ、水着姿を男に見られたくないからと。並大抵の女なら自意識過剰だなあと怒ってやりたいが桃子だったら話は別だ。オリエンテーションの時、桃子の水着見てお兄ちゃんビンビンだったしな。あの時はまだ周りにいる人が少なかったが、今回は4組と5組の男子が計40名近くいるのだ、たまったものじゃないだろう。
「はん、いい機会だ。桃子ばかり見ている男共に俺の泳ぎを魅せてやるよ!」
俺はプールに飛び込んで思いきり…腹打ちをする。
「ああああああああ痛い痛い痛い…っ!あ、足つった!溺れる、溺れる!」
「アホかお前は!」
お兄ちゃんに無事に助けられて水泳の先生にすごく怒られました。
さて、仕切り直しだ。並んで準備運動をして、まずはどのくらい泳げるかをチェックして、初心者コースから上級者コースに分けられるそうだ。
「改めて、俺の華麗な泳ぎを魅せてやるよ!」
飛び込みは禁止なのでプールに浸かり、笛が鳴ると同時にもぐり、勢いよく壁を蹴る。そのまま魚雷のようにすいすいと潜水した後、俺はバタフライを決めてやる。今ここに、さなぎは蝶へと羽化したのだ。その生命の神秘に、皆はきっと釘づけだろう。すぐにゴールとなる25m地点が見えてきた、残念だなお前ら、俺の泳ぎが見れるのは一旦ここまでだ。だがすぐに上級者コースでもっと泳いでやるから安心しろ。
壁に手をつき、顔をあげる。
「36秒。中級者コース」
水泳の教師はそう告げると次の生徒に準備を促した。あれ?
「さなぎちゃんすごかったです、人魚みたいでしたよ」
他の生徒が計測する間に俺はプールの隅っこにいる桃子に会いに行く。桃子は時間という結果だけに惑わされずに俺の泳ぎを評価してくれた。
「さて、お兄ちゃんはどのくらい速いんだろうか」
次々と25mのスピードを計る生徒達を見ながらお兄ちゃんの泳ぎを想像する。あんまりお兄ちゃん水泳が得意そうには見えない。
「そもそも25mも泳げませんよ、犬かきして5mが限界です」
桃子がそう言って笑う。おいおい、いくら何でも高校生にもなって25m泳げない男なんているわけないだろ?
そうこうしているうちにお兄ちゃんの番がやってきた。
「なぎさちゃんプールの水深よりも身長低いと思ってたけどそうでもないんですね」
おいおい…ていうか桃子、お前お兄ちゃんと身長あまり変わらないだろ。
お兄ちゃんが笛の音と共に泳ぎだす。基本を忠実に守ったクロールだ。
「30秒、中級者コース」
お、俺よりも6秒速いだと…?
「ふう…平均よりも遅いくらいかな」
プールからあがったお兄ちゃんもこちらにやってくる。
「なぎさちゃんその汚いスネ毛剃ってくださいよ。目に毒です」
「酷いねえ要さん…」
立ち上がった桃子と言い合いをするお兄ちゃん。…うーん?
「お兄ちゃん、背が縮んでないか?」
俺がそう指摘すると、お兄ちゃんが冷や汗をかきだす。
「ソ、ソンナコトナイヨ?」
「いや、だっていつもは桃子よりちょっと高いくらいだった気がするのに、今は桃子よりも明らかに背が低くなってるじゃないか」
「あ、ほんとですね。確かにいつもよりなぎさちゃんの目が下に見えます」
今までを思い返してみると、今日だけではなくお兄ちゃんの家に遊びに行った時とかもお兄ちゃんの身長が縮んでいたような気がする。
「ふふふ、秘密を知りたい?」
ふと声がしたのでその方を見ると、金網の向こうに体操服姿の女性。この間生徒会室で出会ったお兄ちゃんの元カノらしき人間だ。名前は確か…栗毛だったか。
「ゲ、ゲスさん、秘密とか、俺には、ありませんよ」
元カノの登場に冷や汗をダラダラと流すお兄ちゃん。ちょっと不機嫌そうになる桃子。
「なぎさちゃんの身長の謎が知りたいなら、上履きか靴を調べてみることね」
栗毛はそう言うと、マラソンの途中だったのか走り去って行く。
「おーい双子、全員計測終わったから遊んでないで戻って来い」
水泳の教師に呼ばれて戻り、その後は中級者コースで泳ぎのスキルアップに励む。
「うーん、泳いだ泳いだ」
水泳の授業も終わり、更衣室で制服に着替える。
「さなぎちゃん、かっこよかったですよ」
桃子が俺の髪をドライヤーで乾かしながら俺の泳ぎを褒める。よせやい、照れるじゃねえか。
「そういえば、お兄ちゃんの上履きか靴を調べろって言ってたよな、ちょっと調べようぜ」
「えー、なぎさちゃんのとかすごく臭そう…」
髪を乾かした俺は桃子と共に下駄箱へ。お兄ちゃんはまだ更衣室で着替えているのか友人と喋っているのか、下駄箱には上履きが入っていた。俺はその上履きを取って調べてみる。
「どれどれ…こ、これは!」
「うわ…」
俺と桃子がお兄ちゃんの上履きに若干引いてると、
「お、お前ら、な、何やって」
着替え終わったのかお兄ちゃんがやってきて、上履きを取られてしまった。
「お兄ちゃん…」
「なぎさちゃん…」
「「シークレットシューズって…」」
「た、頼む、どうかこの事は秘密にしてくれ…」
お兄ちゃんは半泣き状態で秘密にしてくれと土下座をする。
そう、お兄ちゃんの上履きはシークレットシューズとして改造されており、履くと身長がが5cmも増える代物だったのだ。恐らく靴も同じ仕掛けだろう。
そして、お兄ちゃんの本当の身長は、桃子より低いというわけだ。
頑張れ、お兄ちゃん。負けるな、お兄ちゃん。