6月13日(水) 鷹有大砲、理想の姿に
6月13日、水曜日。
秀さんは今週末プールか、楽しんできてください。
水曜日は僕、鷹有大砲の所属する1年3組の水泳の授業があるが僕は参加するつもりはない。
クラスメイトがプールで泳ぐのを、最早僕専用となっている空き教室の窓から眺める。
しかし、この間の神音とのプールは楽しめたな。
一人でもいいから味方がいれば、耐えられるということか。
1、2組と合同だったらな。秀さんがいるし、僕の一方的な親近感ながらプールの授業にも出れたかもしれないのに。
学校を終えた後、いつものようにバイト先であるオキツネ魔法具店へ。
今日はキツネさんが外出していなかったようで、椅子に座ってうちわを扇いでいる。
「あら、大砲ちゃんいらっしゃい。まだ6月だってのに暑いわね、今年は…」
「こんにちは、キツネさん。僕が扇ぎますよ」
キツネさんをうちわでパタパタと扇いでやる。少し火照ったキツネさんの顔が、なんとも艶めかしい。キツネさんは暑いからと着物を脱ごうとするが、それは色々まずいですからやめてくださいと全力二刀流でうちわを扇ぐ。
「あー…こんちゃす…」
しばらくすると、店の中に神音が入ってきた。新しい能力も手に入れることができてここんとこテンションが高かったが、今日はかなり落ち込んでいる。
「どうしたんだい神音、やけに落ち込んでるけど。暑いのかい?」
うちわを片方神音に向けても扇いでやるが、神音は別に暑くてだれているわけではないようだ。
「…今日、ウチの高校で水泳の授業があったんだ。そしたら皆さ…うふふ、あはは…」
そう言うと、神音は店の中をふらふらと徘徊する。
「一体どうしたのかしら、神音ちゃん」
「(多分、他の女子に比べて自分の胸がないことで改めてショックを受けているんですよ)」
そんな神音を心配そうに見るキツネさんに、僕は推論を耳打ちする。
「聞こえてんぞ眼帯…ああそうだよ、クラスで一番の貧乳だよアタシは!だけど、だけどな、貧乳だって価値はあるんだよ!お前より、ずっとずっと、うっ、うっ、うわああん」
神音はお店の隅っこに座ってめそめそと泣きだした。男でいうならば、銭湯とかに行った際自分のそれが周りに比べて非常に小さかったとかそういう悲しみなのだろうか。
「大丈夫よ神音ちゃん、すぐに神音ちゃんも大きくなるわ、私だって昔は小さかったもの」
キツネさんはそう言って神音を慰めるが、神音には逆効果なようで余計に落ち込まれる。そもそもキツネさんの昔って何だ、動物の頃の話なのか。
「キツネさん、胸の大きくなる薬とか、ないんですか?」
仮にも魔法の道具を扱ってる店なのだ、そういう薬があってもおかしくないはずだが。
「残念ながらそういうのはないわねえ…あ、そうだわ」
キツネさんは店の奥にある物置へ行き、やがて1つの薬を取ってくる。なんだか毒々しい、紫色の液体だ。
「最近手に入れた薬なんだけど、これを飲むと一定時間理想の姿になれるらしいのよね。姿形が変わってしまうような薬は売り物としては危ないと思ってお店には出さないつもりだったんだけど…神音ちゃん、これ飲んでみる?」
神音はキツネさんから薬を奪い取ると躊躇いなく一気飲み。余程まずかったようでかなり渋い顔をしておられる。
「くくく…これで、これでボン・キュッ・ボンのアタシになれるんだ、ふはははは!」
高笑いする神音からやがて煙が噴出される。お店中が煙に包まれて僕とキツネさんがゲホゴホと咳き込む。そして煙が晴れた時そこにいたのは…
「…何も変わってないじゃん」
先程と全く変わらない神音の姿。胸が大きくなったわけでも背が伸びたわけでもない。
「そ、そんな馬鹿な…アタシちゃんとボン・キュッ、ボンな理想の姿をイメージして飲んだのに…店長、この薬偽物ですよ」
鏡を見て自分の姿が変わっていないことを確認しうなだれる神音。
「偽物なのかしらねえ…大砲ちゃん、もう1本あるから飲んでみる?」
キツネさんはもう1つ持っていた薬の瓶を僕に差し出す。わかりました、と僕はそれを一気飲み。腐った牛乳のような味だ。やがて僕も神音と同じく煙を噴出し、自分の身体がスライムのように溶けて行くような感覚に一瞬気を失ってしまう。煙が晴れた時、僕は目線に違和感を感じる。自分よりも背の高いはずのキツネさんの顔が下にあるのだ。
「か、か、かっこいいわぁ!しゃ、写真撮らなきゃ」
キツネさんがキャーキャーと歓声をあげて、携帯電話でパシャパシャと僕を撮影しだす。
鏡を見ると、僕の身長はさっきよりかなり伸びており、顔つきも男前になっていた。恐らくこれが僕の理想の姿で、モデルはあの眼帯をつけた武将だろう。
「な、何でお前だけそんなかっこいい姿になってんだよ!」
神音も顔を赤らめながら僕を恨めしがる。どうやら薬の効果は本物で、しかし神音には通用しなかった、一体どういう事なのだろうか。
「僕の推測だけど、神音は心の底では自分に絶対的な自信を持ってるんじゃないかな」
どうやら声まで男前になってしまったようで、渋い声で僕は告げる。神音は僕と違って、自分大好き人間なのだろう。だから理想の自分なんてない、常に今の自分が完成形だと思っている。
「そ、そんな…」
がっくりとうなだれる神音。だが心の底ではやっぱり今のままでいいと思っているのだろう、人間の心というのは難しい。
「…で、この薬の効果はどれくらいで元に戻るんですかね。急に背が伸びたから制服がピチピチでこのままじゃ伸びてしまいます」
「大体半日くらいらしいわよ。今日寝て明日の朝には元に戻ってるんじゃないかしら、私としてはずっとそのままでいて欲しいけど」
写真撮影だけじゃ飽きたらず僕の身体をべたべたと触りながらキツネさんは言う。何だか俳優やアイドルのおっかけをするおばさんみたいだな、と言ってしまったら流石に怒られるか。
しかし今日一日はこのままか…まあ仕方がない、身体に違和感を感じながらもきちんとアルバイトに励みますか。
「お、父高プール日曜に水着コンテストやるのか。商品は…な、怪忍クナイのBDに出演者の直筆サインだと!?ほ、欲しい…み、水着コンテスト…胸が強調される…うふふ」
何とか立ち直り、バイト中なのにずっと携帯でネットをしている神音は水着コンテストの話題でまた鬱状態となってしまう。
「プールねぇ…ちょっと時期が早い気もするけど、暑いし私もたまには泳ごうかしら」
僕にベタベタとくっつきながらキツネさんがそう言う。
「店長、だったら私の代わりに水着コンテストに出てクナイのBDとサインゲットしてきてくださいよ」
「水着コンテストとか、恥ずかしいのよね…私も年だし。神音ちゃんも出場してくれるならいいけど」
「あ、アタシが出たら晒し者に…ま、まあどうせ予選とか事前審査で落ちるだろうしな…」
神音らしくない自分の卑下っぷりだ、何だかいいねえ、こういうの…とゾクゾクする。
「それじゃあ、日曜日はプールね。勿論大砲ちゃんも来るわよね?新しい水着買わなきゃ」
キツネさんと神音は何時に行くとか集合場所はどこだとか勝手に話を決めていく。
それにしても、この間の野球の時といい、また秀さん達と同じイベントに行くことになるのか。
というか先月も神音と共にプールに行ったし、今月も行って、多分夏休みあたりにも海に行こうとかそういう話になる気がする。水泳部を舞台にしたギャルゲーかよ。
アルバイトも終わり、理想の姿のままアパートに戻る。
「おかえりなさいま…せ…?あ、あの、ご主人のお兄様でしょうか?」
僕を出迎えてくれたガラハちゃんだが、僕の変わりっぷりに親族か何かだと勘違いしてしまったようでキツネさんのように顔を赤らめる。
「いやいや僕だよガラハちゃん。僕も一時的に変身しちゃってね、明日の朝には戻るらしいんだけど、どうもこれが僕の理想の姿らしい」
「そ、そうなんですか。か、かっこいいですね…」
何だか複雑な気分だなあ。今の僕は僕であって僕でないのだ、いやキツネさんもガラハちゃんも普段から僕に好意を寄せているのはわかっているけど、姿が変わっただけでここまで反応が変わるというのは何だかなあ、ただでさえ好意を寄せているのは能力によるものなのに。要さんの気持ちが少しだけわかったような気がしたが、それで要さんに同情できるかと言われれば答えはNOだ。
ガラハちゃんの作ってくれた夕食を頂きながら、なんだか意地悪がしたくなった僕はプールの件をガラハちゃんに伝えてみることに。
「ところでガラハちゃん、僕日曜にバイト先の知り合いとプールに行くんだよね。良かったらガラハちゃんも行く?」
「プ、プール!?行きた…いや、む、無理です!あんな恐ろしい所!」
ガラハちゃんが水が苦手なのを理解した上での発言、なかなかサドだろう?
「そっかー残念だなーガラハちゃんの水着で泳ぐところ見たかったんだけどなー、水が苦手ならしょうがないよね、ていうかそもそもガラハちゃんまだ長時間変身できないし、翼を隠せないもんね。うんうん残念残念。それじゃあ僕一人で水着美女と遊んでくるよ」
ノリノリでそんな事を言いながらガラハちゃんの顔色を窺うと、涙目でプルプル震えていた。やりすぎちゃったかな、ごめんごめん。
「うっ、うっ、ご主人は、意地悪ですね」
「ごめんごめん、言いすぎたよ」
いいねえ、可愛い女の子に涙目で睨まれるってのは。人間になってからガラハちゃんは何だかデレデレだったけど、僕としてはツンツンしている状態を屈服させる方が好きなんだ。
「お詫びに今日もお風呂で洗ってください」
「えっそれは…」
今度は僕の顔が赤くなる。確かに日曜日にお風呂に入れてからもう水曜日になったし、そろそろまたお風呂に入らせようとは思っていたけれど。
結局僕が折れる形で、再び水着でお風呂。男前になった僕に洗われて、ガラハちゃんはこの間より嬉しそうだ。