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6月11日(月) 彼岸優、水泳

 6月11日、月曜日。

「いってきまーす」

「優、朝ご飯食べないの?お弁当も忘れてるわよー」

 朝ご飯もお弁当も食べるつもりはない。何と言っても今日は水泳の授業があるのだ。ご飯食べてお腹が出てたら、恥ずかしいじゃない。私、彼岸優はカバンに水着袋を入れて家を出る。

「おはよう、金切君」

「おはよう優。今日から水泳だな」

 いつものように、隣の家に住む金切君と一緒に学校へ。

「金切君は、水泳得意なの?」

「うーん、実はあんまり得意じゃないんだよね。恥ずかしながら、水の中で目を開けるのが怖くて怖くて」

 金切君にもそういうところあったんだ、もっと好きになりました。昨日の野球の話などをしながら学校へ行き、5時間目を楽しみに授業を受ける。



『ぎゅるるるる…』

「優、いつからご飯食べてないの?」

「昨日の晩から…」

 お昼休憩、ヒナと一緒にお弁当(私は食べないけど)を食べていると、お腹を出したくないがために昨日の晩から今まで何も食べていない私のお腹から情けない音が聞こえてくる。

「そんな音出す方がお腹出るよりも恥ずかしいと思うなあ、少しは食べないと駄目だよ。ほら、これあげるから」

「かたじけない…」

 結局ヒナにお弁当を少し分けてもらう。やっぱり無茶なダイエットとかは駄目だね。

 ふと金切君の方を見ると、こちらを見て笑っていた。ひょっとしてお腹の音聞かれたのだろうか、恥ずかしい。

 その後水着を持って、プールの側の女子用更衣室で着替える。

「ほほーう、健康的な体つきしてますなあ」

 ヒナが私の水着姿を見て、おっさんみたいな口調になる。

「ヒナの水着、可愛いね。私もそういうのにすればよかったかな」

 私は結局柄も何もない、普通のスクール水着にしたがヒナのそれは花の模様がちらほらとついている。露出という点では私と変わらないし、教師の注意を受けることもないだろう。

「いやいや、優みたいなのはそういう普通のやつの方が映えるよ」

 そういうものなのだろうか。周りの女子を見ると、きっちりと健全なスクール水着を着ている人間は8割くらい。ヒナのようにそれなりに冒険してる人や、競泳水着を着た水泳部も。

 その中に、私とうり二つな姿を見つけた。隣のクラスとの合同体育なので一緒に水泳の授業を行う秀だ。

「あら秀、あんた水泳の授業参加しないんじゃなかったの?」

「…今日は熱いからな」

 そんな事言って、本当は底野君に水着姿見せたいくせにぃ。

 更衣室から出て屋外プールに行くと、既に水着姿の男子が準備体操をしていた。

 その中の一人、金切君に声をかける。

「金切君の体、引き締まってるね、うわ、腹筋すごい…」

「そ、そんなに見ないでくれよ、恥ずかしいな、さ、触らないでくれ、く、くすぐったいんだ…優の水着、似合ってるな」

 金切君の割れた腹筋をつんつんとつつくと、金切君が赤面する。

 私よりも金切君の方が恥ずかしがってるのはどうなんだろうか。

 しかしプロのスカウトが熱心に視察するだけのことはある。あまりそういうのに詳しくない私でもわかる、金切君の肉体はすごい。制服や野球部のユニフォームを着た状態ではわからなかったが、普段から懸命に練習している賜物なのだろう、見事に割れた腹筋もそうだが、右腕の筋肉もすごい。何度も投げ込みをしたんだろうなという背景が見て取れる。

「ひゃー、小田君すっごい体してるねー」

「い、稲妻さんの水着、すごく似合ってます!」

 ヒナと小田君の声が聞こえたので振り返ると、小田君がヒナに肉体を褒められてデレデレしていた。うわ、小田君もすごいな。元々金切君よりも体は大きいと思っていたけど、ムキムキだ。

「…貧相な体ね」

「秀さんの方が腕が太そうだねってぐぎゃあ!」

 底野君は秀に体の貧相さを指摘されて、禁句を言って鳩尾を殴られた。駄目だぞ、女の子にそんな事を言ったら。

 教師が号令をかけたので集まる。準備運動をして、とりあえずはどれくらい泳げるかでグループ分けをするらしい。

 25m泳ぐことができない初心者組と、泳げる中級者組。タイムも早い上級者組だ。

 1組から出席番号順に皆が泳ぎ始める。ヒナはすいすいとクロールで泳いで中級、小田君はヒナに良いところを見せたかったのか全力バタフライで張り切って泳いでしまい、上級組に入れられてしまう。馬鹿だなあ、手を抜いて中級にすればヒナと一緒にワイワイと水泳の授業楽しめたのに。

 そして次は金切君の番。プールに浸かった金切君は笛が鳴ると共に勢いよく壁を蹴って…あ、あれ?い、犬かき?しかも15mくらいで脚をつけてしまう。

「何だ金切、お前にも苦手なスポーツはあったんだな。初心者組だ」

 体育教師がそう告げる。金切君はしょんぼりしながら、まだ誰もいない初心者組のスペースへ。

 まさか金切君がかなづちだなんて知らなかった。でもそういう所も…うーん、どうだろう。流石にかなづちはマイナスポイントかなぁ…

 金切君と一緒に水泳したいという理由で25m泳がないというのは流石に不自然だろう、私は普通に泳いで中級組。続いて2組も計測をし、底野君と秀は中級になった。

 どう考えても秀は手を抜いて泳いでいた。底野君と一緒に水泳の授業がしたいということですかな、ふふふ。



 その後は組に分かれてそれに応じたメニューをこなす。

 実はクロールとバタ足しかできないので、バラフライの練習をしつつ初心者組の方を見ると、金切君が水の中で息を止める練習をしていた。そこからなのか。

 1組と2組の生徒の合計が80名。女子の欠席者を考慮すると大体70名くらいだろうか。その中で初心者組にいるのは金切君を含めてたったの4人。しかも金切君以外は全員女の子と来たもんだ。目に見えて落ち込んでいる金切君を初心者組の1人、花菱さんが一緒に頑張ろうと慰める。か、金切君を誘惑するなぁ!

 上級者組の方を見ると、ヒナと離ればなれになってしまった小田君がやけくそになって泳いでいる。そんな小田君を、

「ほえー…小田君すごい速いんだね、野球部より水泳部の方が似合うんじゃない?」

 とヒナが褒め称えていた。良かったね、小田君。ばっちりアピールできてるじゃない。

 底野君と秀は何をしてるのかなと辺りを見渡す。底野君は友人達とシンクロの真似事をしていて教師に怒られていた。何やってんだか。秀はどこだろうと探すと、金網の向こうにいる誰かと話しているようだった。私が近づくと、金網の向こうにいるおじさんがそれに気づく。

「やあ、金切君の彼女さん。お久しぶりです」

 この人は確か金切君を視察しているプロのスカウトだ。水泳の授業まで視察するのか。しかしおっさんが女子高生もいるプールを眺めているというのは絵的に危ない。秀と話していなかったら、今にも通報されているだろう。もう少しこの人にはデリカシーを身に付けて欲しい。

「こんにちは。今日も金切君の視察ですか?」

「まあ、それもあるけどね。今日はどちらかというと、小田君の事が知りたくてね」

「小田君ですか」

 こないだの野球対決では金切君からホームランを打ったし、小田君も金切君に負けず劣らずの実力を持っていると秀や彼は考えているのだろう。私としては自慢の幼馴染である金切君を全面的に評価してほしいです、なんてね。

「ええ、投手に比べると捕手は地味なので今まであまり注目していなかったけれど、野球部の練習を見ているうちに彼のポテンシャルにも気が付いてね、彼も本格的に視察しようと考えて、今日は彼女に小田君の情報について聞いていたんだ」

「そ、それより南出選手のサインくれるんですよね、約束ですよ」

 どうやら秀はサインで釣られたらしい。現金な子だ。

 まあ、秀と彼の会話を聞いても私は多分わからないだろうし、水泳の授業に戻ろうと後ろを向く。プールの中の金切君がこちらを神妙そうな顔で見ていた。私に見られたことに気がついたのかわざとらしく泳ぎの練習をしだす。ひょっとして、今の会話を聞いていたのだろうか。



 水泳の授業が終わって、あのプールにしかないよくわからない噴水みたいな蛇口で目を洗って着替えて教室に戻る。程よく濡れた髪が気持ちいい。

 帰りの会も終えて、金切君と小田君はいつものように部活動を始める。私はヒナと一緒にお喋りしながらそれを教室で眺めていた。

 ミットを構える小田君に、金切君がボールを投げ込む。しかし今日の金切君はコントロールがかなり乱れているようで、小田君の手の届かないところにボールが飛んでいくことがしばしば。

 今日はスカウトの人も見に来ているはずなのに、これじゃアピールにならないよ。

「今日の水泳が尾を引いているのかなぁ。本人的には屈辱的だったんじゃない、小田君ともかなりの差が出たし」

 ヒナがそんな事を呟く。確かに金切君にとってみれば相当悔しかっただろう。小田君どころか、私にまで水泳で負けてしまったのだから。それをバネに頑張ってほしいけど、金切君だってまだ高校1年生の男子。そう簡単にはいかないんだろうな、と何だか背伸びした感想になってしまった。

「ねえねえ優。金切君の泳ぎの特訓をしてあげるってのはどう?それなら自然な流れでプールとかに誘えるんじゃない?」

「それだ!」

 ヒナの発案に私は手を叩く。なるほど、それはいいアイデアだ。金切君だって人並みに泳げたいだろうし、乗ってくれるんじゃなかろうか。

 金切君の部活が終わるまで待って、金切君と一緒に帰る途中に切り出してみる。

「ねえねえ金切君、たまには息抜きも必要だよ?良かったらさ、週末プール行かない?その、私で良ければ泳ぎ少しは教えてあげられるし」

「…そうだな。人並みに泳げないと、カッコ悪いもんな。週末は空いてるし、いいぜ」

 自嘲気味に笑う金切君。大丈夫、すぐに泳げるようになるからさ。


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