6月9日(土) 水着を買いに行こう
6月9日、土曜日。
来週から水泳の授業が始まる。私、彼岸優は朝起きて自室で去年も使っていたスクール水着を試着してみたのだが…
「き、きつい…」
そう、成長したんだ。決して太ったとかそういうわけではない。
ただでさえ、今年ようやく私は金切君と一緒に水泳の授業ができるのだ。
今までクラスが一度も同じになった事がなかったので金切君に水着姿をお披露目する機会なんてなかった。幼稚園の頃、金切君の家でビニールプールで一緒に遊んだ、そのくらいまで遡ってしまう。
だからこそ、失敗は許されない!きつきつの水着を来て授業中に破けでもしたら一生の恥だ。
いや、ラブコメ的には美味しい展開かもしれないけど、自分の身は犠牲にできない。
「秀!そんなわけで水着を買いに行くわよ!」
「何がそんなわけなんだ」
リビングに降りてテレビでドラマを見ている秀に事情を説明する。
双子だし、前買ったのはサイズが同じだから私がきついということは秀もきついはずだ。
「私は糞姉と違って自己管理をきちんとしているから。大体私は水泳の授業に出ない」
「なっ、サボりは許しません!底野君だってがっかりするじゃない、そこまで言うなら着てみなさいよ、ほら」
私がさっきまで着ようとしていた水着を秀に手渡す。はぁ…面倒くさいと言いながら秀はお風呂場に出向いて着替えだす。
「…あれ?いや、そんなはずは…」
お風呂場のドアの向こうから、そんな声が聞こえる。やっぱり秀もきついじゃないか。
「わ、私はどうせ水泳の授業出ないし」
「買いに行きましょう?」
言い訳をする秀を、無理矢理外に連れ出す。
どうせなら市内まで行っていい水着が買いたい、秀も今日はもともと昼に野球の試合を見に行く予定だったので駅に向かう。
「あ、こんちゃす」
駅までの道のりで女子学生に声をかけられる。確か、以前行った怪しいお店の店員だ。
「こんにちは」
「姉妹揃ってお出かけっすか、仲睦まじくていいことで。あ、二人ともまだ御守りカバンにつけてくれてるんすね。それから目つき鋭い方、ウチの馬鹿が詐欺ってごめんな」
店員さんは私達のカバンを見て嬉しそうに語る。
察するに、どうやら秀もあの店に行ったようだ。
「水着を買いにね。来週から水泳の授業なんだけど、去年まで使ってたのがきつくて」
私がそう説明すると、店員さんは急に下を向いてプルプルと震えだす。
「ふ、ふふふ…そうですか、そうですか。お二人とも結構胸大きいですもんね、アタシみたいに中1の時の水着がまだ着れるとか、そういうのありませんもんね。ふふ、ふふふ…」
触れてはいけないものに触れてしまったようで、店員さんはチクショーと叫びながらその場をダッシュで去って行った。悪いことをしたなあ。
駅について電車に乗って、『あ、双子だ』といった周囲の視線を浴びながら市内へ。
駅から歩いてすぐ、女性向けのファッションが豊富で女子学生のメッカであるデパートへ。
ランドセルや制服等、学校用の服を売っているフロアに、スクール水着のコーナーもあった。
「うーん…それにしてもスクール水着って地味じゃない?」
スクール水着最高だ!と言っている人もたまにいるが、私はいまいちスクール水着の良さがわからない。色合いも地味だし。
「だったら露出の多いビキニでも来て水泳の授業参加して、かなきりく~んって猫なで声出して悩殺してみろよ、ドン引きされる上に教師から注意を食らうから」
「あ、あはは…」
秀が謎の裏声でかなきりく~んと言うのがシュールだったが、実際その通りだろう。
でもいつか金切君と一緒に海とかプールとかに行って、そういう水着で悩殺してみたい。
今年の夏あたり、できないものだろうか。
「俺は中学の頃、実際に水泳の授業で彼氏相手にそれをやって笑いものになったぞ!」
と、私達の会話に割り込んできたのは秀の友人?の稲船さなぎさん。彼女も水着を買いにきていたようだ。
「こんにちは稲船さん。私もそれくらいバカップルになりたいわ」
「ちっ、嫌な奴にあっちまった」
「随分なご挨拶だなあ彼岸秀。俺は来年あたり、お前と底野が同じような事をやってくれると思ってるんだが。しかし、露出の多いビキニも確かにいいが、スクール水着だって負けてないとついさっき思うようになった」
稲船さんはそう言うとずかずかとカーテンの閉められている試着室に向かい、カーテンを剥ぐ。
「ひぇあ!?ま、まだ開けないでください!」
そこにはスクール水着に身を包んだ要桃子さんが、着替え途中だったのか慌てていた。
「…反則ね」
「まったくだわ」
姉妹共々感嘆の声をあげる。要さんが着れば、スクール水着もこんな破壊力抜群の兵器と化してしまうということか。露出の大きいビキニよりも、露出は少ないがピチピチで、幼さを表現するスクール水着の方が要さんには似合う。ていうか胸のあたり今にもはち切れそうじゃない。
「今日は桃子と水着買うついでに遊びに来たんだ。それがさー、桃子背はあんまり高くないのにこのメロンだから、ここの水着じゃサイズが合わないんだよね、贅沢な悩みだと思わね?」
「うう…いいんです、私どうせ水泳の授業参加しませんし!」
秀のサボりは良くないと思うが、要さんのサボりは仕方がないのかもしれない。こんなのがいたら男子は授業にならないだろうし、本心だって周りの視線に耐えられないだろう。要さんと体育の授業が同じでなくてよかった、金切君だってこんな要さんのスクール水着姿を見れば鼻の下を伸ばすに決まっている、そんな姿は見たくない。
その後は私達もサイズに合った水着を買って、稲船さん達と別れ、駅前でこれから野球を見に行く秀とも別れようとするが、
「お、優に秀さんじゃないか、奇遇だな」
丁度その時、駅から金切君が出てきた。頭には赤い帽子。ひょっとして…
「こ、こんにちは金切君。野球見に行くの?」
「ああ、今月ピンチだから安い内野の自由席だけどな」
私は秀に耳打ちをする。
「秀、あんたのチケットは?」
「…内野の自由だよ。ほら、やるから耳元で喋るな」
秀は私に自分のチケットを寄越すと、今日買った私の水着が入っている紙袋をぶんどって、さっさと駅の中に消えて行った。
秀が私のために野球の試合を諦めるなんて、どういう風の吹き回しだろう。
高校生活に入って色んな人と出会って、秀はかなり変わったようだ。
「偶然だね!私も今日実は野球見に行くつもりだったの、ほら」
秀に感謝しつつ、私は秀から貰ったチケットを金切君に見せる。
「へえ、優も野球に興味持つようになったのか、何だか嬉しいな」
その後二人で球場まで歩いて、試合を見る。
饒舌そうに野球を語る金切君、知的で素敵。
地元のチームも勝って、最高な野球デートになった。
このままの勢いで、明後日スクール水着で金切君を悩殺してやる!なんて、肉食系女子みたいな事を考えちゃったり。