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6月7日(木) 稲船さなぎ、生徒会へ殴りこむ

 6月7日、木曜日。

 俺、稲船さなぎと彼氏の片木黒須は、今日も電車で四方山話。

 忘れた頃にやってくる、と窓の外を覗いてみるが、ポツポツと降る雨の中に忍者はいない。

「そういえば、生徒会に誘われたんだよね」

 俺につられて窓の外を見た黒須が苦笑いしながらそんな事を言う。

「生徒会だあ?」

 生徒会と言えば不良の対極に位置する存在だ。そんな連中に引き抜きを持ちかけられるとは、黒須もなかなかやるな。

「そうなんだよ。ちょっとカツアゲにあってたやつがいたから助けたらさ、それを見てたらしい生徒会の人にスカウトされちゃって」

 俺の知らない所でカツアゲ犯を〆るとは、流石は黒須。しかし許せないのは生徒会だ。

「つまり、その生徒会の奴はカツアゲを黙って見てたってことかよ、仮にも風紀を守る連中が。そんな奴等の誘いなんかに乗るんじゃねえよ、どうせ揉め事の解決要員が欲しいだけだ」

「手厳しいねえ」

「ま、黒須をスカウトするセンスは褒めてやってもいいけどな、それじゃ」

 駅についたので、俺は黒須に別れを告げて電車を降りる。

 しかし、生徒会か…



「というわけで、生徒会に殴り込みに行こうと思います」

 その日の放課後、我らが部室に部員が全員いる事を確認した俺は高らかに宣言。

「…漫画か何かに影響されたのか」

 お兄ちゃんがため息を漏らす。ため息をすると幸せが逃げるらしいぞ?

「生徒会と敵対する組織って、いいね。青春っぽい」

「わかります!定番ですよね!」

 底野と桃子はわかってくれたようだ。だよな、青春だよな、定番だよな。

「まあ待て、ただ殴り込みに行くわけじゃない。ちゃんとした理由も今考える。えーと…そう、部費だ。部活を作ったんだから部費をもらう権利があるはずだろ?なのに1円も入ってこない、だから生徒会に交渉にいくんだ。善は急げだ、さあ皆行くぞ」

「くだらないわね、私は行かないわ」

「俺もパス。ちょっと生徒会には行きたくないんだよ」

 立ち上がって生徒会室に向かおうとするが、彼岸秀とお兄ちゃんは乗り気でないようだ。

 しかし交渉に行くのだから彼岸秀はともかくお兄ちゃんは必要だ、桃子にお願いさせて無理矢理連れて行く。

 4人で生徒会室へ。コンコン、と生徒会室の扉をノックする。事実上交渉だ、礼儀正しくしておくに越したことはないだろう。

「は~い、はいってますよ~」

 中から間の抜けた声がする。俺が扉を開けると、中には一人の女性が立っていた。

 身長は160くらいだろうか、青髪碧眼でおっとりとした雰囲気を醸し出す、俗に言うところの姉キャラという感じの女性だ。

「1年4組、稲船さなぎです。先日設立した部活動の予算について話があります」

「2年1組、生徒会会計の栗毛素直よ。…なぎさちゃん、隠れていても無駄よ」

「うう…お久しぶりです、ゲスさん」

 何故か俺の後ろに隠れていたお兄ちゃんがひょっこりと前に出て、バツが悪そうに挨拶する。ゲスさんと呼ばれた彼女はお兄ちゃんの腕を掴むと、

「いたいいたたいたいたい!」

「ゲスさんって呼ぶの辞めなさいって、何度もこうして体で覚えさせてるのに、なぎさちゃんやっぱりマゾなのねえ」

 アームロックをかます。解放されたお兄ちゃんはその場にへたり込むが、何だかうれしそうだ。お兄ちゃんやっぱりマゾなのか。

「お兄ちゃんの知り合いなのか?」

「お前…ゲスさん覚えてないのか?小さい頃によく遊んでもらっただろ?ギブギブギブ」

 学習しないのかマゾなのか、お兄ちゃんはまたアームロックをかけられる。アームロックをかけながら彼女は俺を眺めると、

「え?あなたさなぎちゃんなの?大きくなったわね…」

 口に手をあてて驚く。どうやらこの人は俺とお兄ちゃんの幼少期によく遊んでもらった人らしいが、俺はほとんど昔の事を覚えていないので思い出せない。

「改めまして、栗毛素直よ。なぎさちゃんとの関係は…元カノかしらね」

 栗毛は桃子をチラッと見た後、くすくすと笑いながらそんな事を言い放つ。…元カノ?

「「えええええええっ!?」」

 俺と桃子が見事にハモり、底野はへえ…と感心する。お兄ちゃんは何だかんだ言ってモテるし、恋愛経験あると思っていたけどやっぱり元カノ、という響きは色々想像をかきたててしまう。

「まったくもう、なぎさちゃん高校に入学しても挨拶に来ないもん、酷い男よね。で、部活の予算の件だっけ?何部かしら」

 関節技をかけられすぎてぐったりしているお兄ちゃんを床に放置して、本題に入りだす。お兄ちゃんとの関係について色々聞きたいけど、それはお兄ちゃんに聞けという事なのだろう。

「えーと…名前はないんですけど」

「名前がない?活動場所は?」

「元・アマチュア無線部の部室を」

 ふむふむ、と栗毛は何やら名簿をめくりだす。その間に俺と桃子はお兄ちゃんに詰め寄る。

「お兄ちゃん!どこまで進んだんだ?Aなのか?Bなのか?もっとなのか?」

「な、なぎさちゃんの癖に恋愛経験あるとか詐欺ですよ!ふざけてるんですか!?」

「も、黙秘権を使用します…あ、用事があるからもう俺帰るね、ははははは」

 お兄ちゃんは脱兎のごとく生徒会室から逃げて行った。

 気になるなあ、お兄ちゃんと彼女の関係が。やっぱりエッチなこともしたのかなあ、お兄ちゃんが野獣のように栗毛を求めるシーンを想像する。野獣というかじゃれる子犬としか思えない。

「あらあらゆっくりしていけばいいのに…あったあった、確かにアマチュア無線部部室を使ってる、部員5名の部活があるわね。名前も活動内容も書いてないからリストから見落としてたわ、ごめんなさい。で、何をする部活なの?」

 名簿に俺達の部活があったらしく活動内容を聞いてくる。これで実は俺が申請用紙出し忘れて部活そのものがありませんでしたとかいうオチだったら恥ずかしかったが、ちゃんと申請用紙出しててよかった。

「…何をする部活なんだ?」

「ネトゲーばっかりしてるね、ここんとこ。因みに俺の中学にあったネトゲー部の活動内容は、インターネットゲームを通じて世界各国の人間と交流するとかそんな感じだったよ」

 俺も活動内容がわからないので底野に聞いてみると、ヘラヘラと笑いながらそんな事を言いだす。なるほど、建前は意外とそれっぽい。

「ふむふむ、活動内容がそんな感じ…と。参考までに少年、その君のいたネトゲー部の部費はいくらくらいだった?」

 栗毛は底野の下の名前が正念だと知らずに少年と言っているのだろうけど、底野からすればいきなり下の名前で呼ばれてびっくりしてるんじゃなかろうか。

「0ですね、基本学校の備品のパソコンあれば大丈夫ですし」

「じゃあ0で。というわけで予算は渡せません。仕事があるから帰った帰った」

 パン、と名簿を閉じると栗毛は俺達に帰るように促す。

「おおい!てめえ底野!嘘でもいいから高く答えろよ!」

 底野が馬鹿正直に答えたせいで予算が貰えないじゃねえか!

 それとお兄ちゃんが逃げた時ゆっくりしていけばいいとか言ってなかったか?贔屓だ贔屓だ!

「栗毛先輩お願いしますよ、お兄ちゃんあげますから」

「うーん、それじゃあ1980円で」

「安いな!?」

 駄目だ、なんだかこの人のペースに乗せられている。流石はお兄ちゃんの元カノと言ったところか。仕方がない、部費がなくて困らないのは事実だし、大人しく引き下がろう。俺達3人は生徒会室を後にして部室へと戻る。



「おかえり」

 部室では彼岸秀が一人寂しくネトゲーをプレイしていた。まあネットの向こうの誰かとやっているなら一人寂しくという表現はおかしいかもしれないけど。そういえば、彼岸秀はお兄ちゃんと同じ中学だったな。

「なあ彼岸秀、生徒会室にお兄ちゃんの元カノがいたんだけど、情報教えてくれよ」

「さあ?私があいつと知り合ったの中学3年の時だし、その時にはもう別れてたらしいからあまり知らないわ。あまりそういうことに首を突っ込まない方がいいわよ」

 珍しく彼岸秀が親身になって答えてくる。他人の恋愛事情に首を突っ込んで後悔した経験でもあるのだろうか。

「二人のあの反応を見るに、多分栗毛さんが高校生になったから自然消滅するような形だったんじゃないかな。結構聞くよ、学校でいちゃつくカップル程学校が違ったらあっさり別れるって。つまり同じ学校になった今、いつヨリが戻ってもおかしくないと思うなあ」

「底野、それは黒須と別の高校になった俺に喧嘩を売ってるのか?」

「ははは、とんでもない」

 うう…確かに最近黒須との距離を感じるんだよな。しかし俺は信じている、俺と黒須の絆は例え学校が違えど揺るがないと。

「本当に付き合ってたんですか?さっきの人、何だか他人を弄びそうな人っぽかったですし。実はちょっと交流のある先輩後輩くらいの関係だったり。それでなぎさちゃんは勘違いしてて。だって信じられませんよ、なぎさちゃんが恋愛経験あるだなんて」

 桃子はお兄ちゃんに元カノがいたことを到底信じられないようだ。

 ひょっとしてあれかな、桃子はお兄ちゃんに気があるのかな。それでお兄ちゃんの初めてになりたいと、向こうも恋愛経験ないと思ってたからショックだったのかな。

「中学の頃のなぎさは、それなりに女子の人気はあったわね、まあ、あのショタ体型に童顔だもんね。ただ弟にしたい!って声はちらほらあったけど彼氏にしたい!ってのは聞かなかったわ。ま、どうでもいいけどね」

「どうせなぎさちゃんお金持ちですから、それで女が群がったんですよ、そうに決まってます」

「自分が金持ちであることは極力隠してたわ、ほとんどの人は知らなかったでしょうね」

 ムキー!と桃子は歯ぎしりする。先を越されて悔しかったのか。しかしお兄ちゃんの女子人気以上に桃子の男子人気の方が凄いのに、今まで何人もの告白を断ってきた桃子が恋愛経験のあるお兄ちゃんを僻むってのは何だかおかしい気もするなあ。桃子も自分の感情がよくわかっていないのだろう、俺は恋じゃないかと思うのだが。

 ま、彼岸秀の言うとおりあまり口を出すことではないのだろう、人を呪わば穴二つ。あれ、何か違う?



 下校時間になって、俺は部員に別れの挨拶をすませて駅へとダッシュし、黒須と一緒の電車に乗る。今日の底野の言葉が反芻する。

 今はこうして一緒に電車に乗って登下校ができているが、いずれできなくなるかもしれない。そうしたら自然消滅してしまうのだろうか。嫌だ、嫌だよそんなの。

「黒須!俺はお前が朝練とかで早く学校に行くことになっても、一緒の電車に乗るからな!」

「どうした、急に。まあ、嬉しいよ」

 そうだ、登下校の時間を合わせることもできないようなカップルなんて、自然消滅して当たり前。俺と黒須はそうなるもんかよ!

「そうそう、俺結局生徒会入ることにしたんだ」

「なっ!?」

 決意を固めた矢先に黒須が爆弾発言。生徒会に?入った?俺達ヤンキーと敵対する生徒会に?つまり、黒須は俺を裏切った?

「ふふふふふざけんじゃねーぞ黒須!お前まさか美人の生徒会長に誘惑されて犬みたいに生徒会入りましたとか言うんじゃねーだろうな!」

 こないだ読んだ漫画がそんな感じだった。早くもカップル崩壊の危機なのか、ああ、目の前が真っ暗になる。そりゃそうだよな、黒須だって同じ学校の女の方がいいよな、ははは…

「いやいやそんなんじゃないって…単純に、やりがいがあると思ったからだよ。大体ウチの学校の生徒会、男しかいねえし」

 なーんだ、それなら良かった…いや、男しかいないってのも何だか不安だ、黒須は多分男にもモテるんじゃないだろうか。

 そうだ、神音に黒須の学校での身辺調査をしてもらおう。探偵みたいな事が好きな奴だし、快く引き受けてくれるだろう。

 ああ、でももしそれで本当に黒須が浮気していたらどうする、俺はどうすればいい。

 嫌だ、そんなの嫌だ。そんな事、わかりたくない。

 俺は神音に送ろうとしたメールを削除して携帯電話を閉じ、

「ったく、俺は生徒会と敵対しようと思ってるのに…疲れたから少し甘えさせろ」

 黒須にぴったりと寄り添うのだった。


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