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6月6日(水) 小田垣神音、第二の能力に目覚める

 6月6日、水曜日。

 やってしまった。ついにネットゲームに手を出してしまった…と、愛パッチホークもとい僕、鷹有大砲はアルバイト先で昨日の出来事を思い返していた。

 警報が出て学校が休みになり、ガラハちゃんはまだ変身レベルが足りていないのか朝食を作った後カラスに戻って眠ってしまったし、さてギャルゲーやるかなと思っていたら楽しそうにネトゲーをプレイする秀さんの心の声が聞こえてくる。

 僕みたいなのがネトゲーを始めたら間違いなく廃人になってしまう、と今までずっと敬遠してきたが、ついつい僕も彼女達の輪に混ざりたくてキャラを作って彼女達と接触。ああ、ネットゲームはいいね、ネットの世界なら僕は誰にも嫌われないんだ。

 電話もいいよね、学校が休みになるという事を伝えるために連絡網が届いたけれど、声だけなら僕は相手に嫌われることなくスムーズに会話ができる。

 ネットゲームの心地よさを理解しているからこそ、僕はネットゲームは程々にしようと考えている。昨日4時にログアウトしてから、僕はログインをしていない。だって嫌じゃないか、現実世界でうまくいかないからネットの世界に逃げるなんて。現実世界でうまくいかないからギャルゲーばかりやっている男の言う台詞じゃないかもしれないけどさ。

 今日もガラハちゃんの作った朝食を食べて、学校に行って授業を受けて、終わった後にアルバイト先のオキツネ魔法具店へ。今日も雨が降っており、店内がしけっている。カビとかが生えないといいなあと掃除をしていると、オーブに神音の姿が映し出される。全速力でお店に向かって走っているようで、表情はこれ以上ないってくらい喜んでいる。

「ふはははははははは!」

 お店の中に入ってきた神音はよくわからないポーズを決める。前から馬鹿だと思っていたけど、ついに頭をやられてしまったのか。

「どうしたんだい神音、怪しいキノコでも食べたのかい」

「聞いてくれよ眼帯、ついに目覚めたんだ!」

 余程機嫌がいいのか辺りを飛び跳ねる。本当に怪しい薬で何かに目覚めてしまったのかと心配していると、突然僕の持っていたホウキが手を離れて神音の元へと飛んでいく。



「第二の能力にな…!」

 神音はそれをキャッチして、再びよくわからないポーズを取った。

「第二の能力?」

 そういえば随分前に新しい能力に目覚めたいと特訓をしていたな、やっとそれが実を結んだのか、おめでとう。

「ふふふ、知りたいか?土下座して教えてください神音様って言ったら教えてやるよ」

「いや、別にいいよ。どうせ物を引き寄せるとかそんな感じの能力だろ?この間野球観戦に行った時にホームランボールが不自然に曲がって神音の手に収まった時に疑問には思ってたんだよね、良かったじゃないか、でも本当に磁石みたいてえ!」

 土下座してまで聞きたくないので自分で推測をしてみると本当にそうだったようで神音の持っていたホウキが猛スピードでこちらに飛んできて顔面にぶつかる。

「て、てめえ…折角カッコいい説明の仕方とか考えてたのに…あと物を引き寄せるだけじゃない、今みたいに逆に物を引き離すことだってできるんだぜ」

 言うや否や神音は自分のカバンから取り出した教科書をその能力でこちらに飛ばしてくる。

 教科書の角が当たるとかなり痛いので避けようと考えたが、後ろにある壺にぶつかって壊れたらまたキツネさんに大目玉を食らうな、と何とかそれをキャッチする。

「危ないからお店の中でそんな能力乱用しないでね」

 ため息をつきながら神音に忠告する。

「便利だしいいじゃん、わざわざ動かなくても遠くの物が取れるよ。…滅茶苦茶疲れるけど。実は今ので体力使い果たした、もう駄目…何か飲み物頂戴」

 本当に体力を使い果たしてしまったようでその場にへたり込んでしまった。

「普通に取った方がいいでしょ…」

 キツネさんの冷蔵庫を勝手に開けて、中に入ったいちご牛乳500mlのパックを手渡してやる。グビグビとそれを一気飲みした後復活したのか高らかに立ち上がり、

「今はまだ軽い物しか扱えないけど、もっともっと練習してそのうちお前を驚かせてやるからな!覚悟しておけよ!」

 はいはい、頑張ってね。とりあえず今はアルバイトしましょうね。

 とはいえ、アルバイトしようと言ってもこんな天気じゃ人も来そうにない。繰り返し掃除や品物のチェックをする僕と、暇そうに携帯を弄る神音。まあ、日常ってやつだ。

「そういえばさ、眼帯ってネットゲームとかやってんの?」

 携帯を閉じた神音がそんな事を聞く。これまたタイムリーな話題だ。

「まあ、それなりに」

 昨日始めたとは何となく言いづらかったので適当に誤魔化す。

「ふうん…眼帯みたいに現実世界でうまくいってない人がネットゲームにはまって悲惨な人生を辿る、みたいなニュースやってたから心配になってさ。アタシもモバゲーやってるんだけど、結構ハマっちゃってさ。アタシですらこんなにハマるのに、眼帯だったらどんだけやばいことになるんだろうと思って」

 随分と失礼な物言いだが、僕が現実世界でうまくいっていないのは事実だろう。

「なんかさ、嫌じゃん。逃げてるみたいで。ネットゲームやってる人に失礼な話かもしれないけどさ。できるだけ足掻いてみようって思ってるんだよ」

 僕みたいな人間はネットゲームにハマろうと、ハマるまいと、結局は悲惨な人生を辿るのかもしれない。それでも、僕は悪あがきするように学校へと行く。キツネさんや神音と出会ったのは、秀さんの心の声が聞こえたのは、最後のチャンスなのかもしれない。僕が人間らしく生きるための。

「そっか。ま、頑張りなよ。アタシは応援してるし、協力するぜ。でも息抜きも必要だろ?アタシが今やってるモバゲー友達紹介キャンペーンやってるんだよね。そんな訳でお前も登録しろよ、今招待メール送ったからさ」

 ま、たまにやるくらいならいいよね。僕は携帯を開いて送られてきたメールのURLから流行りのモバゲーに登録するのだった。



 アルバイトを終えてアパートに戻ると、既に夕飯の準備ができていたようで香ばしい焼き魚の匂いが漂ってくる。

「おかえりなさいませ、ご主人。すぐにご飯になさいますか?」

 ゴスロリとエプロンに身を包んだガラハちゃんがこちらを向いて微笑む。

 ちなみに下着はちゃんと買い与えました。すごく買うの勇気が必要だったけど。

「ただいま、ガラハちゃん。そうさせてもらうかな」

 夕飯をいただきながら、そういえばまだガラハちゃんに聞いていないことがあったなと思い疑問をぶつけてみることに。

「ところでガラハちゃん、何で人間になってご飯作るようになったの?」

「…ご主人に恩返しをするためです」

「恩返し?ガラハちゃんに恩を売った事なんてあったっけ?」

 高校に入る前…春休みにこのアパートを借りて一人暮らしを始めて2日、僕の部屋に貴金属が置かれていた。不審に思った僕は夜中寝ているフリをしてみた所、ガラハちゃんが部屋の窓を器用に開けて中に入ってきた。カラスながら意思の疎通ができるとわかった僕は彼女を受け入れ、今に至るというわけだ。てっきり僕の能力に惹かれてやってきたと思っていたのだが。

「ご主人は覚えていないようですね、いや、きっと当時の事を忘れたいのでしょう。でしたら私は何も言いません」

「ふうん…なんでもいいけど無理はしないでね。ここ4日、朝食とお弁当作ってカラスに戻って寝て、帰ってきたら夕飯ができてて、その後すぐカラスに戻って寝ちゃうもん」

「変身の練習も兼ねてますから。お気遣いありがとうございます」

 ガラハちゃんはそう言うと、顔を赤らめて微笑んでくる。

 相手はカラスだぞ、と自分に言い聞かせても、やはり僕の心中はドキドキしていた。


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