6月4日(月) 彼岸優、相合傘
6月4日、月曜日。
私、彼岸優が朝目覚めると、外からザーザーと音がする。
ああ、今日は雨か。梅雨だもんね。
着替えて顔を洗ってリビングに行き、既にテレビの前にいた秀と共にニュースを見る。
『今日は一日中激しい雨になるでしょう』
この分だと今日の体育は体育館でバレーボールかな。
「それじゃ、いってきます」
お弁当と傘を持って、家を出る。既に家の前で金切君が傘をさしていた。
「おはよう、金切君。今日は雨だね」
「おはよう優、可愛い傘だな。この分だと部活は休みだろうな、今日はおとなしく帰って家で筋トレでもするかな」
「金切君トレーニングばっかだね」
「来月には地区大会もあるしな」
他愛のない会話をしながら、傘をさして学校へと歩き出す。
「あ、紫陽花だよ。金切君知ってる?紫陽花って英語でハイドレンジアって言うんだよ。良い響きだよね」
「へえそうなのか、優は物知りだな」
学校への道のりの中、綺麗な紫陽花を発見。
6月は全体的に雨が多くて憂鬱だけど、紫陽花は綺麗だから好きだなと近くで眺める。
ゲコと声がしたかと思うと私の額にカエルがぴょんと飛び乗った。
「か……か……金切君……取って、これ取って!」
女の子はカエルが苦手。慌てて手に持っていた傘を放り投げてしまう。
「わかったから落ち着けって……ほら、カエル取ってやったぞ」
金切君が私の額にへばりついていたカエルを取って、紫陽花の中に帰してやる。
「えへへ……ありがと、金切君」
「……お、おうよ。それより、は、早く傘させって」
何だか金切君の顔が赤い、一体どうしたのだろう。
と、ここで私は自分の状況を確認する。さっき傘を放り投げてしまったため雨にかなり打たれて、しかも今日はブレザーを着てこなかったためいい感じに服が透けてしまっており……
「わ、私家に帰って着替えてくる!またね!」
学校につけばジャージに着替える事もできるが、そもそもこんな恥ずかしい状態で金切君と一緒に学校まで行けない。私は来た道を戻って自分の家へ。
「どうした糞姉、そんな痴女痴女しい格好して」
家の扉を開けると、今まさに秀が家を出ようとしている所だった。
「雨に濡れちゃってね……」
「その格好で金切良平を誘惑すればよかったじゃない」
「そ、そんな事できるわけないでしょ!?」
秀はケラケラと笑うと家を出て行く。なんだか悔しいから秀にありったけの怨念をこめて底野君と登校中に水浸しになりますようにと呪ってみたが、ブレザーを着こんでいてスカートの下にジャージも着用している秀が水浸しになったところで私のように恥ずかしい思いはしないだろう、残念だ。
予備の制服に着替えて家を出て再び学校に向かう。
教室でヒナに朝の一件を伝えると、
「その格好で金切君を誘惑すればよかったじゃん」
と秀と同じ事を言われてしまった。
さて、予想通り今日の体育の授業は体育館でバレーボールだ。
バレーボールはあんまり好きじゃない。特にサーブが苦手だったりする。
そうだ、これを逆手に取って。
「ねえねえ金切君、私サーブ苦手なんだ。やり方教えてよ」
金切君の元に歩み寄って、両手を合わせてウインクしてお願いしてみる。ちょっとあざと過ぎたかな?
「ああいいぜ。まずは体をこんな感じにして……っと悪い、くっつきすぎか」
「う、ううん、別に気にしてないよ」
無事に金切君にサーブの手ほどきをしてもらうことに成功。体が密着してドキドキする。
他の皆はどうしてるかなと周りと見渡すと、
「小田君体大きいのになんだいそのへっぴり腰は!なっとらん!こうやるんだよこう!」
「わ、わかりました、こうですね!」
小田君とヒナの方は立場が逆になっている。向こうも順調そうだ。
「秀さん、何で、さっきから、執拗に、俺の顔に、殺人サーブ打つの」
「レシーブの特訓をしてあげてるんですよ」
秀と底野君は……まあ、順調そうだ。
その後行った試合では、金切君の手ほどきの甲斐あって見事なサーブを決めてやり、敵チームの秀のアタックを顔面に受けるなどハプニングもあったけど、金切君のバレーする姿も見れたし、かなり充実した体育の授業となった。
6時間目の授業を終えて帰りの会までの休憩時間、教室で私はいまだにザーザーと雨の降る外を見ながら昨日ネットの恋する学生が集う掲示板にあった書き込みを思い出していた。
なんでも好きな子と相合傘がしたいからとその子の傘を盗んだそうだ。そのトピックを立てた人は酷く叩かれていたが、この作戦は使えるのでは。
「金切君、今日部活休みなんだよね?一緒に帰ろう?」
隣の席の金切君に声をかける。
「ああ、構わないぜ。俺は掃除があるからちょっと待っててくれ」
直後に担任の教師が教室へ入ってきて帰りの会。
さよならという号令の後、教室を飛び出して私は下駄箱へ駆けて行く。
下駄箱の傘立てにある自分の傘を取り出して、さてどうしようかと悩んでいると、
「あ、秀に底野君。今から部活?」
丁度部室棟へ向かう二人を発見する。
「どうも優さん。バレー活躍してましたね、自分は全然だったので羨ましいです」
「全然どころかサーブも打てませんでしたよね……何か用か?」
私は自分の傘を無理矢理秀に持たせる。
「悪いんだけど、これ預かっといて。帰る時に一緒に持って帰ってくれればいいから」
「はぁ?」
「それじゃあね」
二人に手を振って、教室の掃除をしている金切君の所へ戻る。丁度掃除が終わった所だった。
「お、優。たった今掃除終わったところだ。それじゃ、帰るか」
金切君と一緒に下駄箱へ。傘立てから金切君は自分の傘を取り出す。私も傘を探すフリをするが、傘は見つからない。さっき秀に預けたからね。
「あれ、傘がない……誰か間違えて持っていったのかな……」
「確か優の傘は水玉のだったよな……うーん、確かに見当たらないな」
「どうしよう……」
わざとらしく私はおろおろする。
「よ、よかったら、入ってくか?どうせ家が隣なんだしさ」
金切君は照れ臭そうに、頭をかきながら自分の大きな傘を開く。
「え、でも、金切君誤解されちゃうんじゃ」
「俺は別に構わないけど……優さえよければ」
「それじゃ、お言葉に甘えちゃうかな」
私は金切君の傘にお邪魔する。どこからかヒューヒューと茶化す声が聞こえる。
頭が沸騰しそうになって、家に着くまでどんな事を話したか覚えていないけど、最高だった。




