6月3日(日) 鷹有大砲、女装する
6月3日、日曜日。
昨日学校から帰ろうとした際に、
「ひぃーっ!」
「おらおら待てや化け狐!解剖してやる!」
キツネさんが僕、鷹有大砲にも気づかずに目の前を走り去って行き、その後を金髪の少女、この間僕をぶん殴った女が追いかける。何やってるんですかキツネさん…
その後しばらくキツネさんを探し回っていたが、そういえば携帯持ってたなとキツネさんにメールを送る。返ってきた文章は、
『危ない子に追われてたら、すごく可愛い男の子に助けて貰っちゃったけど正体ばれちゃって、ご馳走してもらったの。楽しかったわ♪』
後半の文脈が繋がっておらず意味がわからない。心配して損した。
まあいい、土日はギャルゲーに費やすと決めているんだ。
今回やるギャルゲーはこちら、日本の昔話をパロった作品だ。
助けた鶴やら亀やらが美少女になって押しかけてきたり、お腹を空かした犬や雉や猿に団子をあげたらやはり美少女になって押しかけてきたり、うんうん、馬鹿っぽくていいね。
土曜日の夜から徹夜でプレイし、メインヒロインである鶴のルートが終わった所で寝落ちした。
そして今目が覚めたのだが、
「おはようございます、ご主人。朝食の用意ができています」
目が覚めると何故か朝食の準備ができており、僕の制服を着て微笑む黒髪の美少女が僕の部屋にいる。一体彼女は何者なんだ!?
…って、引っ張る必要もないよね。
「おはようガラハちゃん、一晩で随分と成長したんだね」
「…もう少し驚いて欲しかったのですが」
こちとら既に化け狐が知り合いにいるしねぇ、ガラハちゃんが人間に変身したくらいじゃあなあ。これが実はガラハちゃんは男でムキムキマッチョなお兄さんだったらそりゃ驚くけど。
「とりあえずいただきます」
ガラハちゃんの作ってくれた朝食を頂くことにしよう。ご飯に味噌汁に卵焼き。
「そ、その、料理は初めてなのですが、どうでしょうか」
ガラハちゃんがもじもじしながら聞いてくる。
「うん、すごく美味しいよ」
「ありがとうございます。多めに作ってしまったので、おかわりも是非どうぞ」
制服で隠れているが、ガラハちゃんの脇腹のあたりにある何かがピクピク動く。恐らくは翼だろう、キツネさんも感情が高ぶると耳と尻尾が生えてきてピクピク動く。
機嫌のいい証なのだろうか。
しかしお世辞抜きで美味しい。味噌汁は煮干しの出汁が効いているし、卵焼きは程よく半熟で隠し味の塩の分量も絶妙だ。基礎である味噌汁と卵焼きを初めてでこれだけ上手に作れるのだから、彼女の料理の才能は高いのだろう。
勧められるままおかわりをして、朝から満腹だ。
「ごちそうさま。すごく美味しかったよ」
「お粗末様でした」
ガラハちゃんは食器を片づける。いつも僕がやっていたので落ち着かないなあ。
さて、それはともかくギャルゲーやるか。次は誰のルートでやろうかなぁとつけっぱなしのテレビとゲーム機を前に考えていると、
「……」
後ろから視線を感じる。チラっと後ろを見ると、ガラハちゃんが不機嫌そうだ。
「どうしたのガラハちゃん」
「…もっとこう、質問とか、ツッコミとか、そういうのないのですか」
しょうがないなあ、と僕の顔が自然とにやつく。最近焦らしプレイの良さに気付いた。
「何で僕の制服着てるの?」
ガラハちゃんは僕が普段学校に着ていくワイシャツとズボンを着用している。普段の毒舌なイメージ通りガラハちゃんはボーイッシュな顔立ちをしているため傍から見れば男に見えなくもないが、胸はそこそこあるようでそこはばっちり女の子だ。
ガラハちゃんは顔を赤くして、
「そ、それは、その…服が無くて」
なるほど。つまりガラハちゃんは人間に変身したはいいが丸裸の状態だったので急遽僕の服を着たと。でもキツネさんとかは動物から人間になる際にも服は着てたよなあ、どう言う事だろう。
「まだ擬人術は慣れてないので、衣服までイメージできないのです。ついでに言うと、」
突然ボン、とガラハちゃんの姿が煙に包まれる。後には脱げた僕の服と、いつものカラスなガラハちゃん。ガラハちゃんはペンと紙を取ってきていつものように筆談しだす。
『まだ長時間変身することもできないのです、なので今は朝食作る程度しか。すみませんが力を使い果たしてしまったようなのでお休みさせていただきます』
そう言って眠りだす。ようするに変身レベルが低いということなのだろう。
とりあえずガラハちゃんの服でも買ってきてあげよう。…と思ったけど、女物の服なんて買えないよなあ。サングラスをつければ大分能力は無効化できるけど、サングラスつけた男が女物の服を買いに行くなんて、能力関係なく警察呼ばれる。…そうだ。
「いやあ、珍しくお前の方からメール来てきたから何だと思ったら、まさか女物の服を買いたいから付き合って欲しいだなんてな。しょうがないなあまったく」
最寄りの駅の前へ行くと、既に神音がニヤニヤしながら待っていた。
そう、神音がいるではないか。神音はファッションセンスもいいし、ガラハちゃんに似合う服を買うのに役に立ってくれるはずだと連絡して服選びのヘルプを要請し、暇だからいいよと承諾されて今に至るわけだ。
「服ってどこで買えばいいのかな」
いつもネットの通販で服を買っているので、いざ服を買いにいくとなるとどこへ行けばいいかわからない。疑問を神音にぶつけると、再びニヤニヤしだす。ムカつくがこっちはお願いしている立場なのだ。
「まーこの辺りでもそれなりのは買えるけど、市内まで行った方が良いのは買えるね。…ところで眼帯、お前そもそも何で女物の服を買う必要があるんだ」
なんと説明すればいいのか。仮にも同年代の女の子に、飼っていたペットのカラスが女の子に変身したので服を買ってあげようと思ったと馬鹿正直に言うべきではないだろう。
僕が言葉を濁していると、
「わかった。女装したいんだろ。この間友達からメール送られてきたんだけどさ、顔はすごく可愛いけどスネ毛が濃い男の子の女装写真が添付してあって、授業中に噴きだしちゃって先生にすんげー怒られたんだよね。しかもそれ、そいつのお兄ちゃんなんだってさ。しかしお前が女装に目覚めるとはなぁ…うん、でも結構似合うと思うぞ?眼帯で怪しさ満点だけど整った顔立ちしてるし。そんなわけで縦川に行くぞ、お前に似合う服、見繕ってやる」
一人で勝手に納得して駅の中へ。まあ、それでいいや。うん。
「つうかサングラス外せよ、一緒にいるアタシが恥ずかしいじゃないか」
「結構気に入ってるんだけどなあ」
電車の中で神音にお小言を言われてしまう。能力は軽減できるし、サングラスかけた僕って結構かっこよくない?とこの間お風呂上りにサングラスをかけて鏡の前でポーズをかけた時思っていたのだが、残念ながらそれは大分補正がかかっていたようだ。仕方なくサングラスを外す。
「うんうん、やっぱ眼帯は眼帯じゃないとな。グラサンとかやだよ」
神音は僕からサングラスを取り上げると自分に装着。
「どうどう?サングラスかけたアタシって結構かっこよくない?」
「…もうあげるよ、それ」
なんで同じ事を考えているんだ、こいつは。
やってきました縦川へ。日曜日の縦川はリア充うごめく魔境。こんな所一秒だっていたくはないのが本音だ。
「さて、とりあえず…映画を見よう」
駅前の噴水で、映画館を指差してポーズを決める神音。実に馬鹿っぽい。
「何を言ってるんだい君は」
服を買ってさっさと帰りたいのに、こいつは本当に僕の気持ちを汲み取れないな。
「んだよ、服買うの助けてやるんだからちったあアタシに付き合えって」
それを言われると素直に従うしかない、駅前の映画館で神音はしばらくどれを見るか悩んでいたようだが、ようやく決まったようで一つのポスターを指差す。
「高校生になったし、これにしよう」
「スプラッタ物じゃないか…」
いわゆる、15禁というものだ。進んで見ようとは思わない作品だが、映画は基本的にテレビで再放送を見るという僕にとっては、地上波ではやらないであろうこの作品、今日くらいしか見る時がないだろう。いい機会だ、見てみるか。
チケットとコーラ、ポップコーンを買ってシアターの中に入る。
「すごく面白かったな」
映画を見た後、近くのラーメン屋で上機嫌そうにチャーシュー麺をすする神音。食べ方汚いな。
「すごくつまらなかったね」
あんなスプラッタ物見た後によくチャーシューなんて食べれるものだ、僕は食事が喉を通らず、水だけ頼んでいるというのに。
「えー、スプラッタって言っても全体的にギャグっぽかったし、笑えたけどなあ」
僕が映画を見ながら吐きそうになっている横で、こいつはゲラゲラと大笑い。
他の客もちょっとドン引きしていたのではないだろうか。
「悪趣味だなぁ…とにかく映画も見たし飯も食った、服買いにいこう」
「へいへい。んじゃ、ついてこい。こっちだ」
ラーメン屋を出て、神音に連れられてやってきたその店は、『ごすろりっ』なるゴスロリ専門店。
お店の前のボードには、先ほど神音が話題にも出していた、可愛いけどスネ毛ボーボーの女装男子の写真が拡大されて貼られており、『これからの時代はゴスロリMEN!』というキャッチフレーズがつけられていた。
「なんでもこいつの写真をここに載せてから、男の客がかなり増えたらしいぞ?ゴスロリ男ブームが始まるかもな。そんなわけで、どの服が似合うかなー」
言うや否や神音は僕に着せるための服を選定しだす。
しかし、ゴスロリか。カラスのガラハちゃんとゴスロリって、イメージ的にばっちりなんじゃないだろうか。この後女装させられることを思うと胃が痛いが、少なくともこの店にやってきたのは正解だろう。
「おーい眼帯、これ着てみろよ、似合うぞきっと」
そうこう考えているうちに神音は僕に着せる服を選んだようだ。仕方がない、腹をくくるかと僕はその服を受け取って更衣室へ。
更衣室で一人で着替えると言ってもやはり女装は恥ずかしい。顔を赤くしながら手渡された上の服とスカートに着替え、カーテンを開ける。
「うーん、微妙だなあ、やっぱ眼帯が駄目だな。だけど眼帯外したら大変なことになるしなあ」
「武将みたいな眼帯つけてるから駄目なんですよ、ガーゼみたいな眼帯にすれば、かなりそれっぽいです。丁度この店でアクセサリーとして売ってますよ、ファッション用のおもちゃみたいなやつですけど」
更衣室の前で待ち構えていた二人は女装にダメ出しをする。…二人?
「…要さん、だよね?何で君がここにいるのかな?」
赤いメガネにデニムファッションと学校で見かける姿ではないが、その特徴的な髪色と胸の大きさでバレバレだ。
「ちょっとウィンドウショッピングしにここに来たらお二人の会話を聞いてしまいまして、女装と聞いたらこれは見るしかありませんねと思ったわけです。それでは失礼します、デートの邪魔してごめんなさい」
なるべく僕の目を見ないように明後日の方向を向きながらそう言うと、要さんは去って行った。
「…いやー、それにしてもさっきの子は反則だろ。可愛すぎでしょ。あんなのが近くにいたらアタシ劣等感で引きこもっちゃうよ。アタシの勘だけど、彼女友達少ないんじゃない?」
「そうだね。中学が一緒だったけど、僕と同じく彼女も孤独を感じていたらしくて僕に同情の視線を送ってきてむかついてたよ。今は友達もいるみたいだし、確か店の前の女装男子だったかな、そういう男友達もできたみたい」
「何だお前、あの子に嫉妬してんの?」
「まさか。さて、この服を買って帰ろう」
着替えて服を2着分、ついでにおもちゃの眼帯も買って駅へ行き、電車に乗って帰路につく。
電車の中では自分の学校生活とか、そんなとりとめのない話をした。
最寄りの駅について、別れ道まで歩く。
「なあ眼帯、その服、誰かにあげるんだろ」
「…気づいてたのかよ」
「眼帯が女装趣味に目覚めたなんて思ってねえし。女装させたのはお遊びだよ。誰にあげるんだ?キツネさん?この間店に来た目つきの悪い子?それともまさかさっきのすごく可愛い子?」
「君の知らない子だよ」
「ふうん…眼帯にもそういう相手がいるのか。…それじゃあね」
別れ道、少し不機嫌そうに、寂しげに神音は手を振った。あいつでもあんな顔するんだな。
アパートに戻ると、香ばしいカレーの匂い。
「おかえりなさいませ、ご主人」
リビングではガラハちゃん人間モードが再び僕の制服を着て、夕飯を作っていたようだ。
「ただいま、ガラハちゃん。ガラハちゃん用に服買って来たんだけど」
ガラハちゃんにフリフリしたゴスロリ服を見せてやる。
「あ、ありがとうございます!い、今着替えていいですか?」
「…向こうで着替えてね」
興奮するあまり目の前で服を着替えられると青少年としてはちょっと困る。
リビングではなく、僕の部屋で着替えてもらうことに。衣擦れの音が僕を赤くする。
…今更だけど、これって女の子と同棲してるってことになるよね。
しかも相手は僕をご主人と慕い、明確な好意を寄せるペット。
まさか自分がやってきたギャルゲーのシチュエーションを自分で体験することになるとは。
「着替えました!ど、どうですか?似合いますか?」
「すごく似合ってるよ」
うん、やっぱりカラス娘とゴスロリは良く似合う。漆黒の翼に身を包んだガラハちゃんと白と黒のゴスロリが合わさることでビジュアル系のバンドにいる女ボーカルのような雰囲気を醸し出す。
「ありがとうございます、大切にします。…スースーしますね」
そういえば、下着を買っていなかった。つまりガラハちゃんのスカートの中は…
「それじゃ、ご飯にしようか」
下着は今度買うとして、とりあえずお腹も空いたしガラハちゃんの作ってくれたカレーを堪能することにしよう。…うん、美味しい。