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6月2日(土) キツネ、共食いをする

 6月2日、土曜日。

 今日は第一土曜日なので学校がある。されど黒須の高校は毎週土曜日はお休みなので今日は俺、稲船さなぎは一人で電車に乗っている。

 窓の外に忍者を走らせようとするが、どうしても忍者が出てこない。

「おはよう、番長」

「底野か」

 他の車両から移動してきたのか底野が声をかけてくる。そう言えば底野も同じ駅から乗ってたな、一人でも俺は体が自然といつもの場所に乗るように出来ている。慣れって怖いよな。

「なあ底野、窓の外に忍者って見えるか?」

「何言ってんの番長?」

「なんでもねえよ」

 聞いた俺が馬鹿だった、というか本当に馬鹿だろ。頭のおかしい人間だと思われても仕方がないぞ今の聞き方は。

 底野と他愛のない話をしながら電車に揺られ、高校近くの駅で降りて、駅で待っていた桃子と合流して、彼岸秀を待つ底野と別れ、高校へ。今日もまた学校が始まる。



「んー、やっと今日の授業終わりか、疲れたぁ」

 4時間目が終わり、大あくびをする桃子。

「そういや桃子、今日は一度も授業中寝てなかったよな」

 桃子と言えばとにかく授業中に寝る。そして可愛いので起こしてもらえない。

 そんな桃子だったが今日は頑張って起きていた。数学の授業は危うく寝そうになるも、手にシャーペンを突き刺してまで起きていた。

「えへへ、なぎさちゃんが私のために女装してくれることになって。だから私も頑張ろうって思って」

 どういう経緯でそうなったのかは知らないが良い心がけだ。授業中ゲームと携帯ばかりやっている俺も見習わないといけないのだろうか。でも俺は授業はちゃんと聞いているしノートだって取っている。両立ができるならゲームしたって携帯いじったっていいよね?

「それじゃ、また来週」

「おう」

 桃子と別れ、俺は適当に学校をぶらつく。暇だし学校で普段行っていないところとかを探検してみよう。俺は敷地内にある花壇へ。あまり花とかには詳しくないが、かなり手入れが行き届いているように思える。しかしそれにしてはこの花壇、かなり目立たない場所にある。もっと正門くぐってすぐとかそういう場所に設置すればいいのにと考えていると、

「キャウーン、キャウーン」

 一匹の狐が花壇を荒らしていた。狐って犬みたいな鳴き声なんだな。

 花を食べるのに夢中でこちらに気づいてない狐に忍び寄り、首根っこを掴み上げる。

「おいこら、園芸部員様が大事に手入れした花壇荒らすんじゃねーよ、毛皮にすんぞ」

「…!キュン、キュン!」

 毛皮という単語に反応したのか狐は暴れだすも、がっしりと俺に捕まえられているので逃げ出せない。

「そういえば狐って美味しいのかな」

「キューン!キューン!」

 人間の言葉がわかるのか知らないが、狐はさっきからしきりにもがいている。

「もう花壇荒らさないか?」

「キュン」

 コクリとうなずく狐。しょうがないな、と俺は狐を解放してやる。狐は茂みの中に走り去って行った。やれやれ、荒らされた花壇を何とか修復してみるかと俺が悪戦苦闘していると、

「こんにちは。お手伝いしましょうか?」

 金髪の和服美女に声をかけられた。確かいつだったかの土曜日、眼帯野郎と一緒にいた女性だ。大人の女って感じがして同じ金髪キャラとしては正直嫉妬してしまう。

「こんにちは。頼んますわ」

 美女と二人で花壇を修復する。花壇を修復しながらも美女は花を美味しそうに眺めてよだれを垂らしていた。10分程で何とか花壇は元通り。食べられた花は元には戻らないけど。

「サンキュー、あんたのおかげで捗ったぜ」

 美女に感謝をすると、美女はちょっと後ろめたそうな顔をする。

「いいのよ、まあ、自作自演みたいなもんだし」

「自作自演?」

「な、なんでもないのよ?」

 しまった、という表情でうろたえる美女。自作自演とは一体どういうことであろうか。この人が花壇を荒らしたという意味か?…ん?

「ひょっとして、あんた狐の妖怪か何か?」

 そうだ、この人さっき捕まえた狐にそっくりな気がする。何となくだが匂いも同じ気がする。

 何よりこの人の服についているひっつきもっつきは、狐が走り去って行った茂みのものだ。

「な!?ななななな、そんなわけないでしょ!?」

 明らかに動揺してうろたえる美女。まずます怪しい。

「怪しいなぁ…よし、捕まえて尋問しよう」

「ひぃっ!」

 結構オカルトとかも好きな俺としては、この人が本当に狐の妖怪なのか確かめたい。

 危険を感じ取ったのか美女はその場から逃げ出す。逃がすものかよ!



 ◆ ◆ ◆



 俺、十里なぎさは放課後、適当に学校をぶらぶらしていた。

 普段行っていない所とかを探検しようと思っていたのだ。

 告白や喧嘩の定番、体育館の裏は外の道路を隔てる金網があるのでかなり狭く、そういう行為をするには向いていない。

 この学校で好きな子を体育館の裏に呼び出してはいけない、という事を覚えただけでも今日は収穫だっただろうか。

「きゃっ!」

 体育館の裏から戻ろうとすると曲がり道でむぎゅっ、という音がして俺は視界を遮られる。

 何かにぶつかってしまったようだ。顔をあげるとたわわな二つの果実、そしてその持ち主の金髪の和服美女がいた。どうやらこの人と衝突して胸に顔をうずめてしまったらしい、役得か。

「か、かわい……あ、ご、ごめんなさい!急いでいて」

 何かから逃げているのか怯えている美女。

「こちらこそ申し訳ない、ご婦人。誰かに追われているのですか?残念ながらこの先はガスボンベなどで通れませんよ」

「そ、そんな…お願いします、助けてください!危ない人に追われていて…」

「わかりました」

 即答する。美女に頼まれたら断るわけにはいかない、男はそういう生き物だ。

 それに何だか恋愛物っぽいじゃん?謎の追われる美女を助けてラブロマンスが始まるかもしれないじゃん?それくらい妄想させてくれよ。

 追手と見られる人の足音が聞こえる。どうやら一人のようだ。一人なら何とかなるかもしれない。俺はさながら外国のお姫様を守る騎士。美女の前に立ちふさがり、追手と対峙する。

「ふはは!そっちの方向は通れないぜ、勘忍するんだな化け狐!ってお兄ちゃんじゃねえか!」

 さなぎかよ。

「さなぎ…お前何やってるんだ…」

「え?え?兄妹?」

 美女はうろたえる。そりゃそうだろう、自分を助けてくれると言った人が自分を追ってくる人の兄なのだ。俺だってうろたえているよ。

「お兄ちゃん、丁度いい、その女を捕まえてくれ!そいつ狐の妖怪なんだ」

「何わけのわからない事を言っているんだ。アホな事言ってないで帰れ。人様に迷惑かけるな」

「ぐっ…お兄ちゃんを味方につけるとは卑怯だぞ!あれだろ、怪しい妖術とかでお兄ちゃんを操ってるんだろ!お兄ちゃんもお兄ちゃんだぜ桃子がいながら簡単に他の女に尻尾を振りやがって!胸が大きければいいのかよ!」

 確かに胸に顔をうずめてしまった俺は誘惑されているのかもしれないが、最早そんなことはどうでもいいだろう。

「さなぎ、お前もいい加減大人になれよ。妖精はいないし窓の外の忍者だって存在しない、狐の妖怪だっていないんだよ。いたとして、全部お前の妄想の産物なんだ。現実世界にそれを巻き込むんじゃない」

「うう…俺は…俺は…」

 観念したのかさなぎはとぼとぼとその場を去って行った。

 さなぎは超常現象とかを信じたがっているが、それと同時にそんなものはあるはずがない、とも思っている。だから超常現象とかを否定してやると素直にそれに同調してしまうのだ。

「ありがとうございます!助かりました!」

 美女が俺に抱きついてくる。甘い匂いがする。我ながら都合のいい展開だぜ、全く。

「いえいえ、妹が迷惑をかけたみたいで申し訳ない。お詫びにどうです、食事でも。美味しいねずみの天ぷらのお店、知っているんですよ」

「ねずみの天ぷら!?」

 美女が血相を変えて、キラキラとした目つきになり涎を垂らしはじめるも、すぐに素に戻り、

「あ、あはは。ね、ねずみの天ぷらなんて食べるわけないじゃない」

 そう言うもかなり動揺しているようだ。もう少し遊んでみるか。

「あはは、そうですよね。狐や狸じゃあるまいし、ねずみの天ぷらなんて食べるわけありませんよね。ところで…」



「耳と尻尾が隠れてませんよ?」

 俺がそう言うと、美女は慌てて頭とお尻のあたりを確認し始める。しかしそこに耳と尻尾なんてものは存在しない。

「ちょっと、お姉さんをあまりからかっちゃだめよ。ちゃんと耳も尻尾も隠れてるじゃない」

「そうですね、でも間抜けな狐の妖怪は見つかったみたいですね」

「……」

  しまった、という感じに美女の顔色が青ざめる。一度こういう押し問答やってみたかったけど、まさか本当に引っかかるとは。

 さなぎと違って俺は超常現象を信じるどころか不思議なカメラ等で体験している。だから目の前の女性が狐の妖怪だろうと特に驚きはしない。

「誰にも言い触らしたりはしませんよ。それでは」

 良い暇つぶしになったな、とその場を立ち去ろうとするも、

「待って」

 美女に呼び止められる。まさか記憶を消すとかそういう物騒な事をされるのではと思っていたが、

「美味しいねずみの天ぷらのお店教えて頂戴」

 それより食い気が勝ったようだ。



 美女を引き連れて学校から歩くこと数分、クラブハウスの地下にあるゲテモノ専門店へ。

「アイコトバ、イウ」

「怠け者のなまもの」

 店の前に立つ黒人に合言葉を行って店内へ。ちょっと危ない食材を使っているので簡単には店の中には入れないのだ。

「勘定は俺が持ちますから遠慮なく注文してください。店員さん、俺はナメクジのステーキと蛙の唐揚げ、みみずうどん」

「私はねずみの天ぷらときつねうどんを」

 料理を作る間に会話でもしてみるか。

「そういえば名前を聞いてませんでしたね、俺は十里なぎさです」

「名前ねえ…特にないのよね、周りはキツネって呼んでるけど」

 動物と言うのは自分の名前に拘りを持たなかったりするのだろうか。

「学校にはどうして?」

「暇だし知り合いにでも会おうと思って来たついでに狐になって花を食べてたらあなたの妹に捕まってね、その後逃げて人間状態に変身したはいいけど見破られちゃって、解剖する!とか物騒な事を言ってたから逃げてたの」

「なるほど。それは災難でしたねえ。知り合いって?」

「眼帯つけてる男の子なんだけどね、経営してるお店でバイトとして雇ってるの」

「ああ、彼ですか」

 先週哀れにもさなぎにぶん殴られてしまった子だ。鷹有大砲と言ったか。

「大砲ちゃん、学校ではうまくやれていないみたいなのよね、その分バイトに生き甲斐感じちゃってるみたいで。やっぱり学校も楽しんで欲しいのだけど」

 それからキツネさんは鷹有大砲の事情を話し始める。人間に嫌われること、キツネさんを初めとする人外に好かれることなどを。

「大変なんですね、彼も」

「そうなのよ、ここで逢ったのも何かの縁、大砲ちゃんの助けになってあげられないかしら」

 助けねえ…さなぎとは敵対してしまっている感があるし、難しそうだ。

 俺ですら彼を見た時は嫌悪感を露にしてしまう。

「ま、努力はしてみましょうか」

 いつだったか、彼が彼岸妹と普通に会話していたのを見たことがある。

 彼岸妹が彼とまともに話ができるという事は、彼岸妹は人間ではないのだろうか。

 確かにそんな気がしてきた。底野君には悪いが、彼の学校生活のためにも彼岸妹ともう少し仲良くさせてみるべきか。

「オマタセシマシタ」

 そうこう言っているうちに料理が運ばれてきた。うんうん、ナメクジに蛙にミミズ、グロテスク。美味しくもない珍味を有難がって高い金払うのは金持ちの特権だ。

「きゃー、美味しそうなねずみね。あら、きつねうどん頼んだのに肉うどんが出てきたわ」

 キツネさんはそう言うが、それは紛れもないきつねうどんだ。

 …きつねの肉を使った。知らぬが仏、キツネさんは不審がりながらも仲間を食す。



 お店から出た後、ついでなのでキツネさんを家まで送る。

 デート慣れしてるのねえと言われてしまった、こないだ要さんにがっかりされたのが悔しくていろいろ調べただけなのだが。

 微妙な立地にあるオキツネ魔法具店という胡散臭い店が彼女の家らしい。

「それじゃ、今日はご馳走ありがとうね。デート楽しかったわ。機会があったら、お店に寄っていってね。平日しかやってないけど」

「それにしてもこんな立地で人が来るんですか?」

「そうなのよねえ、昔住んでいた家に久々に戻ったら、後ろにお城みたいな家が建ってるし。この家のせいで完全に日陰になるし、注目があの家に行くし、どこのお金持ちか知らないけど悪趣味よねえ」

「まったくですね、それではさようなら」

 彼女に別れを告げ、俺も自分の家に帰ることにする。



 後ろの悪趣味な、お城みたいな家に。

 まさかご近所さんとはね。俺の家がでかすぎるせいで距離的にはご近所さんなのかはわからないが。


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