5月30日(水) 鷹有大砲、クッキーを作る
5月30日、水曜日。
僕も部活入りたいなあって言ったら入れてもらえるかなあ、なんて思ってみたり。鷹有大砲です。僕には一緒にお弁当を食べる友達なんていませんよ、秀さんと違ってね。
「クエ」
「ちゅん、ちゅん」
ああ、ごめんごめん。インコもスズメも立派な友達だったね、これは失言。
今は水曜日のお昼休憩。いつものように誰もいない教室で鳥さん達とお昼ご飯を食べようとしているところです。手を合わせていただきます。
君達にお弁当をおすそ分けしたいのはやまやまだけど、今日のお弁当は鶏肉の炊き込みご飯に卵焼き、鳥の唐揚げに鳥皮ポン酢の鳥づくしなんだ。君達には食べさせられないよ。そして君達の持ってきたミミズも食べられないよ。
『このおーぞらーにー』
携帯電話が鳴る。神音からメールが来たようだ。翼が欲しいよ本当に。
『そうそう、今日は珍しく自分でお弁当作ったんだぜ。どうよ、美味しそうだろ?』
メールには添付ファイルとしてお弁当の写真があった。
…あまり美味しそうに見えない。今まで料理なんて全然してこなかったのだろう。
まずお米からしてベチャベチャじゃないか、ちゃんと蒸らしてないな?
そしておかずは全部冷凍食品と見た。冷凍食品を使うなら使うで色合いを良くしないと、お肉にコロッケにキノコに…茶色づくしじゃないか。
『すごくまずそうだね』
メールを送信。すぐに返ってくる。
『な?だったらお前のを見せてみろよ!』
やれやれ、仕方がない。お弁当を最高の角度で撮ると添付して送りつけてやる。ちょっとななめに撮るのがコツだ。
メールは返ってこなかった。返す言葉もないのだろうか。
今日の5、6時間目は家庭科で調理実習がある。今日はクッキーを作るみたいだ。
「おい鷹有、眼帯つけて料理できるのかよ」
哀れにも僕と一緒の班になってしまった男子生徒がお小言を言う。
哀れなのは僕の方なのか、彼等の方なのか、どうなんだろうね。
「ご心配なく。料理は得意なんだ」
班員なんか気にしない、自分のペースで自己中に調理を開始。こういうところが嫌われるのだろうか。まるでお菓子作りが趣味な女の子のように鼻歌を歌いながらクッキーの生地を作っていると、
「何あいつ…男の癖にクッキー作って喜んでる」
「きんもっ」
どこからかクラスメイトの女子の陰口が聞こえてきた。
どうせ君達だってイケメンが楽しそうにクッキーを作っていれば手のひらを返すように濡れて股を開く癖に、俗物が。
ああ、余計な事を考えてしまってはクッキーがまずくなってしまう。食べてもらう人の事を考えて作るんだ。…食べてもらう人?
「私クッキー作ったら彼氏に食べてもらうんだ♪」
「アタシは憧れの先輩にあげる♪」
ウキウキとそんな事をしゃべっている女子生徒の会話を聞いて、僕は校内に食べてもらう人なんていないと気づく。
ま、何も食べてもらう人は校内でなくてもいいじゃないか。神音にキツネさん、ガラハちゃんだっている。彼女達の事を考えながらチョコチップクッキーは無事に完成した。いくつかの小袋にラッピングしてそれを自分のカバンにしまい、他の班員の分まで後片付けをする。
クラスに漂うクッキーの甘い香り。何故だかわからないけど、その匂いが僕を不快にさせた。
不快にさせるのはクッキーの香りなのか、クッキーを作って楽しそうに話すクラスメイトなのか。どこかで『食べさせる人もいないのにウキウキであいつクッキー作ってたぜ』だの、『自分で食べるんじゃないの?』だの、『かわいそー』だの聞こえてくる。ああ、真に僕を不快にさせるのはこれか。帰りのホームルームが終わると僕は吐き気をこらえながら教室を飛び出す。
「いてっ」
前方不注意、僕は誰かにぶつかってしまったようだ。
「いたた…ちょっと、どこ見て歩いて…げ、眼帯野郎…」
顔を上げるとそこにはひきつりながら僕を見る秀さん。ぶつかった相手が秀さんだったのが不幸中の幸いなのか?いい機会だ、ちゃんと謝ろう。
「この間はごめんよ秀さん。少しやりすぎちゃったよ、というわけでクッキーあげる」
「は?あ、ああ、どうも」
僕は何だかんだいって断れない性格の秀さんにクッキーを受け取らせると、ちょっと照れながらその場を後にする。
向こうも照れていただろうか、いけないなあ不倫だなあ。
『な!?すごく美味しいじゃない…意外ね』というテレパシーを聞いて少し心が救われた。やはり自分で作ったものを美味しいと言われるのはいいね。不審者と思われようと気にせずスキップしながらバイト先へと向かっていると、
「なーお」
いつもの猫ちゃんが僕にすり寄ってくる。
「ごめんよ猫ちゃん、猫にチョコレートとかはあげちゃいけないんだよ。だからお家にお帰り」
「なー…」
猫は寂しそうに去っていく。本当にごめんよ。今度猫でも食べれるものを作ってカバンに入れておこう。
オキツネ魔法具店へ。例によって誰もいない。20分くらい掃除しながら時間を潰していると神音がやってきた。
「とーぅ!逆襲の小田垣神音マーク2セカンド!」
「恥ずかしくないのか…?」
神音は僕に詰め寄ると、カバンから袋を取り出して僕に押し付ける。
「…クッキー?」
「ふふふ、今日家庭科で調理実習があってな、確かにお弁当対決ではアタシは負けた。それは認めざるを得ない。だが負けたままじゃ女がすたる!というわけで本気出して作ったんだ、さあ、食べてあまりの美味しさにむせび泣くがいい!」
そっちの高校でもクッキーを使っていたのか、やはり運命を感じるね。とりあえず神音から受け取ったそれを口に含んでみる。
…まずい。あまりにもパサパサしているし砂糖とかの分量も酷い。
しかし僕だって空気を読む能力くらいはある。貰ったそれを全て物凄い勢いで口に入れてよく咀嚼し、飲みこむ。
「うん、すごい美味しかったよ」
口の中がパッサパサだ、水が飲みたい。だが表情には出さない、今まで他人に虐げられようと平気な顔していたんだ、このくらい造作もないね!
「え?味見したけどすげえまずかったぞ?お前味覚障害か何かか?」
こ、この糞アマあああああああああ!人が気を遣ってやったってのにふざけんな!
僕は自分のカバンからクッキーの袋を取り出し、袋を開けて一枚強引に神音の口にねじ込んだ。
「んぐっ…もぐ…!な、何だこれ!?すっげー美味しい!お前が作ったのか?」
「ああそうだよ、いかにお前の作ったパッサパサクッキーが生ゴミかよくわかっただろが!」
ついつい口調を荒げてしまう。見ると神音は涙を浮かべていた。まずい、言い過ぎた。
「…ひっく。そりゃさあ、確かに自分で食べてもまずかったよ、眼帯のに比べたらまずいよ、でも生ごみだなんて、アタシだって一生懸命作ったのに、お前を見返してやろうって思ったのにさ。馬鹿みたいじゃんアタシ、調理実習張り切って、友達に作り方とか教えてもらって」
「わ、悪かったって。だから泣くなよ、ほ、ほら、僕が手ほどきしてやるからさ」
あまり現実世界の女性と関わってないのもあるが、泣かれると僕はすごく弱い。
「まあ嘘泣きなんだけどね」
「……」
こ、この糞アマ…何だか秀さんの口調がうつってしまったような。
「で、手ほどきしてくれるんだって?」
「…はぁ、わかったよ」
そんな訳でバイトもサボってキツネさんの台所と材料勝手に使って課外調理実習だ。
「初心者は素直にレシピ通りの分量で作ればいいんだよ」
思った通り神音はオリジナリティを出そうとしてレシピに従わなかったようだ。
そういうのはまず基礎ができてからやるものだろう。
僕の監督の下、クッキーが焼きあがる。神音は熱々のクッキーを口に運び大はしゃぎ。
僕も1つ食べてみるが、さっきとは大違いだ。ちゃんとクッキークッキーしてる。
「すげえ!これ本当にアタシが作ったのか?美味しい、美味しいぞ!」
「よかったな神音、しばらくはちゃんとレシピ通りに作るんだぞ」
作ったクッキーを二人で食べ終えて、僕達は歓喜のハイタッチ。いやあ、めでたしめでたし。ハッピーエンドだね。
「アルバイトもせずに人の台所使って何やってるのかしらねえ?しかも私の分のクッキー残ってないみたいなんだけど?」
いつのまにか狐ではなく鬼の形相のキツネさん。バッドエンドですね。
普段怒らない人が怒ると怖いって本当だったんだね、キツネさんは怒らせないようにしようと胸に誓い、アパートへ。そう言えばカバンに僕製クッキーが1袋残っていた、あれをキツネさんにあげればよかったな。
「ただいま、ガラハちゃん。クッキー作ったんだけど、食べる?」
自室に戻り、テレビを見ていたガラハちゃんにクッキーを差し出す。
『ありがとうございます、ご主人。そろそろ恩返しができそうです?』
そう言うとガラハちゃんは美味しそうにクッキーを啄む。恩返し?何のことやら。