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5月28日(月) 彼岸優、痴女になる

 5月28日、月曜日。

 私の予想は当たってしまったようだ。

 最近金切君がおかしい。練習しすぎなのだ。

 先週の火曜日の朝、私はいつものように金切君と学校に行こうといつもの時間に家を出た。

 大抵金切君が先に待っていてくれるのだが、その日は金切君がいない。

 数分待ってみるが家から出てこない。ひょっとして風邪をひいてしまったのだろうかと、私は金切家のチャイムを鳴らす。金切君のお母さんが出てきた。

「あらあら、優ちゃん。ひょっとして良平待ってたの?ごめんねえ、良平なら何だか朝の4時にランニングしてそのまま学校に行くとか言って、全く可愛い彼女をほったらかしにするなんて何考えてるのかしら」

 朝4時?以前から休みの日なんかは朝早く練習をしていて私もそれに付き合うことがあったが、平日、それも学校に行くついでになんてどういうつもりなのだろうか。大体学校は8時半から始まる。まさか4時間以上走りこむわけじゃないだろうか。

 久々に一人で学校へ。金切君は教室の自分の席で肩で息をしていた。

「か、金切君おはよう。ひょっとしてずっと走ってたの?」

「…ああ」

 それだけ言うと疲れてしまったのか机に突っ伏す。

 そして授業中もずっと寝ている。金切君はスポーツ少年だけど授業も真面目に受ける人だったのに。

 学校が終わるとすぐに部活動へ行ってしまう。私はいつものように部活が終わるまで教室でそれを眺めていたが、部活が終わっても金切君は居残ってずっと練習している。

「…金切の奴、0時まで居残るとか言ってる。優さん、今日は諦めて帰った方が良いよ」

 同じ野球部に所属している小田君が教室に入ってきて力なくそう言った。



 その日は諦めて帰ったが、まさか今日までずっと諦める羽目になるとは。

 土日も金切君はほとんど一日中練習をしていたらしい。

 今は月曜日の放課後の教室。私、ヒナ、小田君の3人。下校時刻も、部活の時間も過ぎている。

 だけど金切君はいまだにグラウンドで壁当てをしたり、筋トレをしたり。

 練習をする金切君は確かにかっこいいけど、今はそうも言っていられない。

「ホントにどうしちゃったんだろうねー、金切君」

 ヒナが困ったようにつぶやく。

「投手の練習なら俺も付き合うって言ったんだけどさ、一人でやるから、お前はいいからって言われてさ。どうしちまったんだよあいつ」

 小田君も相棒の変貌にかなり参っているようだ。

 折角ヒナと小田君の仲はうまいこと進展していたのに、今は金切君の件でムードもかなり悪い。

 今までやってきた事が無駄になった気分だ。

「金切君がおかしくなったのって火曜日からだよね。てことは月曜日に原因があるのかな」

 ヒナがそんな推測をする。確かに月曜日の野球の試合から金切君は様子がおかしかった。

「まさか原因は…いや、なんでもない。そろそろ帰りましょう、暗くなります」

 小田君は意味深な事を言う。原因について心当たりがあるのだろうか。

 結局この日も金切君と一緒に帰る事は出来なかった。



 自分の家に帰る。ああ、元気が出ない。金切君分が足りないのだ。

 ご飯も美味しくない、お風呂も楽しくない。

 今の私は秀よりも死んだ目をしているのではないだろうか、秀に失礼な話だが。

「ねえ秀、なんでこうなっちゃったのかな」

 お風呂上りにリビングでニュースを見ている秀に問いかけるも、

「知るかよ。本人に聞けばいいだろ、チキンが」

 冷たくあしらわれる。

「な…自分の恋愛が上手く行ってるからって…!」

「黙れよ糞姉。1週間も金切良平の変貌に怖くて近寄ることもできないのはどこのどいつだ。何のためにお前の口や足はあるんだ。行動するためじゃないか。…私はああなった理由がなんとなくわかるよ、お前には教えないけどな」

 そう言うと秀は家を出て行こうとする。

「ちょっと、こんな時間にどこ行くの」

「コンビニだ」

 バァン!と物凄い勢いで秀は家のドアを開けて閉める。

 …確かに秀の言うとおりかもしれない。金切君に話しかけるチャンスなんていくらでもあったはずなのに、変わってしまった金切君が怖くて私は何もできなかった。

 もう寝ようと自分の部屋へ行こうとすると、カチャッと家のドアが開く音。秀が帰ってきたようだ、えらく早くないか?ここからコンビニまではそれなりに距離があるのに、まだ2分も経っていない。

 両親は家にいる。秀ではなく別人がチャイムも鳴らさずに家に侵入してきた可能性もある。

 私はひょっとして金切君が私に会いに来たのかなと願望を込めて玄関に行くと、なんと本当に金切君がやってきた。

「……はぁ」

 秀に担がれて。



 とりあえず金切君をリビングのソファーに寝かせる。

 かなり顔色が悪い。お姫様のキスで元に戻るかなあと馬鹿な事を考えてしまうが、それより先に聞くべきことがある。

「秀、私にもわかるように状況を話して」

「コンビニに行く途中でこいつがランニングしてたから、いい加減にしろよと声を掛けようとしたんだがな、手遅れだったみたいで気を失いやがった。見殺しにすんのも寝覚めが悪いからな、本当なら隣のこいつの家に運ぶのが当たり前だけど、糞姉も色々聞きたいことがあるんだろう、聞ける時に聞いておけ」

 秀は気だるそうにそう話す。なんだかんだいって秀はすごく優しい。

「ありがと、秀。…ねえ、なんで金切君体壊すくらい練習するようになったのかな」

「…本人に聞くんだな。じゃ、今度こそ私はコンビニ行くから」

 秀は再び家のドアを開けて出て行った。

 さて、どうしようか。私は寝ている金切君の横に座り、金切君の顔をまじまじと見る。金切君はまだ目を覚まさない。キキキキキスしちゃおうかな?

 いやいや駄目だ、弱ってる相手に無理矢理なんて少女漫画のヒロインが男にされるパターンじゃん、私が男になっちゃ駄目じゃん。大体こんな顔色悪そうな金切君とキスしてもムードもへったくれもないよと私が暴走していると、

「うう…ここは…」

 金切君が目を覚ましたようだ。

「か、金切君!大丈夫なの?」

「…ここは優の家か。そうだ、俺は走ってる途中に優にあって、気を失ったんだな。運んでくれたのか、ありがとう」

 夜で暗いし、限界状態だった金切君には私と秀の区別がついていなかったようだ。でもまあ私が運んだことにしておこう。

 金切君はソファーから起き上がる。まだふらふらしているようだが大丈夫なのだろうか。

「ねえ金切君、なんで気を失うくらい練習するの?悩みがあるなら相談してよ」

 金切君に原因を聞くが、

「…悪い。恥ずかしくて言えない。つまんない理由なんだ。でも、やっぱりいきなり無理しすぎたな。授業も全然受けれなかったし、やっぱ駄目だよな。明日からまた、一緒に学校行ってくれるか?」

 教えてはくれなかった。私はまだ金切君の信用を得るには足らない存在なのだろうかと落ち込んでしまうも、金切君の方から一緒にまた学校行ってくれるか?と聞かれたことが物凄く嬉しい。

「も、勿論だよ!」

「…ありがとう。それじゃあ俺は、自分の家に帰ってゆっくり休むことにするよ。おやすみ」

「うん、また明日」

 金切君は私の家を出て行って、それから隣の家のドアの開閉する音がした。何だか金切君、顔がかなり赤かったけどどうしたんだろうか。熱でも出たのかな、大丈夫かな?



 また明日から、金切君と一緒に学校に行ける。一歩前進か。

 いや、元の状態に戻ったわけだからそうでもないのかな?むしろ金切君との間に溝ができちゃったような気がする、かなり後退しているんじゃ…

 家のドアが開く。秀が帰ってきたようだ。

「おかえり、秀。秀のおかげでまた明日から一緒に学校行けるようになったよ」

 秀が金切君をここに運んでこなかったら、明日もまた金切君と一緒に学校に行けず、私は金切君に問い詰めることもできずの悪循環となっていたことだろう。

 何だか私は運命の女神様に愛されている気がする。この先色々大変な事もあるかもしれないけど、なんとかなるんじゃないだろうか。

「金切は帰ったみたいだな…お前、ずっとその状態だったのか?とんだビッチだな」

 秀がニヤニヤと笑っている。その状態?

「何が?」

 私が問うと、秀は私の胸元を指でさす。見ると、パジャマの上がはだけていて下着が見えていた。そうだった、お風呂上りで暑かったから少しはだけさしたんだ…った…

「つつつつつつまり私は金切君に下着を見せてたことに」

「弱ってるところを誘惑するなんて、糞姉も手段選ばないんだな、見直したぜ」



 その夜、近隣一帯に叫び声が響き渡る。


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