5月26日(土) 十里なぎさ、パーティーへ
5月26日、土曜日。
「なぎさ、行くぞ」
「へーい」
俺、十里なぎさは父親である十里凪の所持する高級車に乗り込む。
今日は朝から用事で出かけないといけないのだ。
「なあ親父、折角の高級車なのに律儀に法定速度守らないでくれよ、恥ずかしい」
この車は確かものすごく速い車じゃなかったか、なのに親父はビビリなので60km以上出すことができない、高速道路も乗れやしない、こんなんで間に合うのだろうか。
「お前も車を運転する年になったらわかる、運転は怖い」
「だったら運転手でも雇えばいいじゃん…」
「運転は怖いが、ドライブは楽しい」
さいですか。
親父のノロノロ運転で2時間、何とか間に合ったようだ。
セレブ御用達の高級ホテル、そこのパーティー会場へと向かう。
『憂ノ宮薔薇太様 誕生日記念パーティー』
会場の外の看板にはそう書かれていた。
そう、今日は誕生日会へ来たのだ。
お金持ちにはお金持ちなりの苦労があるが、その1つがこういう社交界だろう。
貪欲に上を目指す成金などはこういう誕生日会で、よりセレブな人達とお近づきになれるように苦労するのだ。そんなに苦労して一体何になるのだか。
まあ社交辞令というやつだ、招待されたからにはどうしても外せない用事がない限りは行くのが道理。だからこうして親子共々来たというわけだ。
それに、今日の誕生日の主役は一応友人でもある。
「皆さん、今日はウチの息子の誕生日会にわざわざ出向いてくれて感謝感激雨あられ。折角これだけ各界の著名人が集まったのです、息子の誕生日などこの際置いといて皆さん楽しみましょう」
薔薇太の親父さんがそう言って誕生日パーティーはスタート。
「薔薇太様!誕生日おめでとうございます!」
「薔薇太様!私と踊ってくださいませ!」
招待されたどこかのお嬢様だろうか、彼女達が主役である薔薇太に群がる。
…昨日、要さんに女なんて金持ちだとわかるや否や目の色変えるよみたいな事を言ってしまい引かれてしまったが、こういう風景を見るとあながち俺の考えは間違いでもないのではないだろうか、俺が捻くれて考えすぎているだけか。
「あら、なぎさちゃんごきげんよう。いつみても成長してませんわね」
声をかけられて振り向くと、そこには一人の女の子が。
「やあグロリア。酷いな、去年よりも0.2センチ伸びたんだよ」
昼顔グロリア。ロシアのハーフで、銀髪のせいで老けて見えるのが悩みだという昼顔財閥のお嬢様だ。年も近く(確か2つ下だったはずだ)、住んでいる場所も近いのでこういう社交の場ではほとんど一緒に参加しており子供の頃から自然とつるんでいる。
そしてつるんでいるのは彼女だけではない。
「やあやあなぎさちゃんにグロリアちゃん。今日は僕の誕生日パーティーに来てくれてありがとう。君達が来てくれて嬉しいよ」
今日の誕生日会の主役、1つ上の憂ノ宮薔薇太もその仲間だ。
「まあ一応おめでとうございますと言っておきますわ、はいこれ誕生日プレゼント。よくわからない呪い人形ですわ」
グロリアは薔薇太に人形…確かトロール人形を手渡す。ウチの部室に5体も飾っているあれだ。
「ありがとうグロリアちゃん、すぐに焼いて供養するよ」
「それじゃあ俺からも誕生日プレゼントだ、ハッピーバースデー」
俺も用意していたプレゼントを手渡す。
「うわあありがとうなぎさちゃん。何かな何かな…『筋肉もりもりのおっさんがとにかく喘ぐぜ180分スペシャル!』ははは、ホモビデオじゃないか。死ねよ」
「去年の俺の誕生日にスカトロのAVを寄越したのはどこのどいつだい?」
「あなた達毎年くだらないことしてますわね…」
こんなんでも仲がいいのだ、俺達は。
「ところで、海女お姉さまが見当たらないようですけど」
グロリアは会場を見渡してその人物を探す。
山野海女。つるんでいた仲間達の1人で、年長者ということもありかなり親切にしてもらった記憶がある。しかし今日は彼女は来ない。というより、もうこういう場には来ないだろう。
「グロリア、知らなかったのか?海女ねえは結婚して海外に行ったんだ。もうすぐママになるだろうよ」
俺がそう言うと、グロリアが残念そうな顔をする。
「そう…寂しくなりますわね」
そう、海女ねえは結婚してしまった。政略結婚だったのかちゃんとした愛する人との結婚だったのかは知らないが、欧州のどこかの国の王族みたいな人と結婚してその国へ行ったのだ。
「ほとんど政略結婚だって聞いたよ。山野家は昔からそういうことをしているしね。僕は結婚式に参加したけど、海女の姉貴はあんまり嬉しそうじゃなかったなあ」
薔薇太もそう言って落胆する。海女ねえの旦那さんが良い人ならいいのだけど。
「政略結婚…私も結婚させられてしまうのでしょうか」
グロリアが更に落ち込む。どうなんだろうか、昼顔財閥は別に政略結婚なんてしなくても普通にやっていける程大きなグループだとは思うが。しかし、
「無理矢理結婚させられることはないだろうけど、金持ちの結婚相手じゃないと許してくれないかもねえ」
やれやれ、と薔薇太が肩をすくめる。そう、愛があれば地位なんて関係ないとは言えど、それでは納得してくれない人が世の中にはたくさんいるのだ。
「はぁ…実は私、執事の人とお付き合いしてますの。でもバレるわけには行かないからお父様にもお母様にも内緒ですわ。私とあの方が結ばれる日は来るのでしょうか?」
お嬢様と執事の恋。個人的には応援したいが現実は邪魔する人の方が多いだろう。
それに、応援しておいてなんだがこういうケースは上手く行かない事が実に多い。
お金持ちは同じくらいのお金持ちと結婚した方が、結局は上手く行くのだ。
現に、俺の家族という失敗例がある。
俺の母親である稲船佐奈はどこにでもいる可愛い女性だったそうだが、それに親父である十里凪が一目惚れして交際を申し込む。母親は相手が大金持ちだと知り委縮してしまうが、親父の熱意に負けたそうだ。その後二人はめでたくゴールインして、俺とさなぎを産みました。
でも結局上手く行かなくて喧嘩ばっかりして子供を離ればなれにして離婚しました。
金持ちとか関係なく両親の性格が合わなかっただけなのかもしれないが、やはり自分の家族でそういう事を味わっているだけに、お金持ちと一般人の恋を身勝手に応援はできない。
俺は将来どうなるのだろうか。親父は別に俺に政略結婚をさせようなんて事は考えていない、結婚相手は自由にしろと言ってくれているし最大限援助すると言ってくれている。ありがたい話だとは思う。
脳裏に要さんの姿が浮かんだ。要さんは実に可愛いし、中身だっていい子だと思う。
金持ちというだけで目の色を変えるような女でもないだろう、やはり結ばれるならそういう人の方がいい。
ただ、要さんは俺と同じような事を考えている。自分が可愛すぎるので、周りの人間が外見だけで自分に好意を寄せていると思っている。俺もそうだ、自分が金持ちすぎるので、周りの人間が金持ちというだけで好意を寄せていると思っている。同じくらい金持ちの人なら、そういう邪推をする必要もない。やはり美女は美男と、金持ちは金持ちと結婚するべきなのだろうか。
「なあグロリア、もし政略結婚させられるとしたら、俺と薔薇太どっちがいい?」
「どちらの変態とも絶対にいやですわ、そうなるくらいなら執事と夜逃げしますわ」
試しに聞いてみたが即答されてしまった、グロリアと俺が結ばれる事はないようだ。
「僕は結婚するなら10歳くらいの女の子がいいね!」
「薔薇太…10歳の子と結婚しても10年後には20歳なんだぞ」
「あああああああ!やはり駄目だ、僕は三次元と恋愛できないいいいい」
二次元しか愛せない薔薇太は一生独身貴族になるのだろうか。
「そうそう、さなぎ…俺の妹なんだけど覚えてるか?小6の時まで一緒にいた」
「勿論覚えてますわ、いつもなぎさちゃんにくっついて半泣き状態の子でしたわね、離婚された時に離ればなれになったと聞きましたけど」
「小学校4年生くらいの彼女は最高だったなあ…今は何をしてるんだい?」
俺はポケットから現在のさなぎの写真を取り出して見せてやる。
「…こうなっています」
二人とも絶句している。無理もないだろうなあ…
「こ、これがあのさなぎちゃんですの?どう見ても別人ですわ!?」
「信じられない!小さくて可愛かったさなぎちゃんを返せ!」
「ロリコンは黙ってろ。まあ知っての通り離婚して金持ちのお嬢様から母子家庭の娘として育った結果こうなりまして、なんというかすごく人生楽しそうなんだよなあ、あいつ」
金持ちのしがらみから外れたのはさなぎにとっては良い事だったのかもしれない。
「そんなわけでグロリア、お前もお嬢様辞めて、執事と駆け落ちでもしてみたら案外上手く行くのかもな、無責任な話だけど」
「本当に無責任ですわね…でも私はお嬢様生活に慣れ過ぎてしまってますの、今更庶民の暮らしをしろと言われても多分体が受け付けませんわ、あの人と結ばれるためならそんなもの我慢するべきなのかもしれませんけど、どうなんでしょうね?」
「僕もだよ。等身大の美少女フィギュアを大量に買ったり、ギャルゲーやエロゲーを買いそろえたり、高級ダッチワイフを大量に買ったり…そういう生活ができなくなるなんて耐えられないよ、可愛いメイドとの駆け落ちなんて所詮は夢物語だね」
いや薔薇太、お前は結婚できないだろそんなんじゃ。つうか結婚してもすぐ離婚されるだろ。
「でもなぎさちゃんならできるんじゃありませんこと?なぎさちゃんは結構庶民派気取ってるみたいですし」
「庶民派気取ってるって…つうか別に駆け落ちする必要なんてないだろうし」
「ま、先の事はわからんよ。今はただ豪華なパーティーを楽しもうじゃないか」
薔薇太の言うとおりだな、さっきから話してばかりで飯を食っていない。
俺達は食事に手を伸ばす。そうしてそれなりに誕生日パーティーを楽しんだ。




